二話 闘技場の吸血鬼 その十三 シンカの推理

 テーブルを挟み、差し向かいのリィンとシンカ。


 シンカは腕を組み、足を組み、その双眸はリィンを隈なく捉えている。つま先から頭の毛の先まで吟味している風だ。


 シンカは、美人ではあるがキツイ顔立ちをしている。猛禽のように鋭い、エメラルドグリーンの瞳が、リィンを見つめる。


 場所も場所なら、シンカのその視線も、リィンにとっては不快だった。ジロジロ見つめられて気持ちのいいはずはない。だからこそ、リィンは真っ向からその視線を受け止めた。腰掛けた椅子には背もたれがなかったが、大きく背を反らし胸を張った。目を見開き、シンカの目を射抜くような鋭さで見つめた。


 シンカはすぐそれに気がついた。彼女もまたリィンの瞳を見つめる。


 二人は互いに見つめ合う。もはや睨み合いと言っても過言ではない。一種の真剣勝負だった。視線は拳、視線は剣だった。視線の剣戟。二人は視線で斬り合い、互いを推し量っている。


「いい目をしているわ」


 シンカが言った。言葉が発せられたからといって、そこで何かが途切れたわけではない。応酬は今なお継続中だ。


「まだ若いのに、修羅場をくぐってきたようね」


 リィンは何も言わない。ただ見つめるだけだ。


「あなた、何処の出身なの?」


 これは明確な問いかけだった。これには何かしら答えるべきだった。リィンは目を閉じ、少しばかり考えた。『余計なことは喋るな』というカランの言葉があったからだ。『余計なこと』というのが、リィンの中では非常に曖昧なものだから、出身地を答えることは、果たして良いのか悪いのか、彼女はその判断に手間取った。


「当ててあげましょうか。あなた、エタイトの出身でしょう?」


 見事に言い当てられ、リィンは目を見開き、驚愕した。出身国ではなく、出身都市を当てられるとは思っても見なかった。何故当てられたのか、それすら見当がつかない。


「その様子だと図星のようね」


 シンカが微笑んだ。


「我が国は優れた軍事力とそれに伴う諜報網を持っているわ。一般的にはエタイトで起こったクーデター未遂事件の詳細な概要も掴んでいるのよ。あの事件で誰が得して、誰が損をしたか、そういったことを知っておかなければ外交は難しいものね。で、我々治安維持部隊の任務はその名の通り、治安を維持すること。治安を維持するためには近隣国の情勢を知らなければならないの。あの事件を境に、エタイトからの流入者が増えているわ。その中には、あの事件で不利益を被ったあなたのような騎士も多いわ」


 リィンの心臓はドキリと高く跳ねた。何もかも見透かされているような恐ろしさがあった。リィンは肯定も否定もするつもりはなかった。しかしその顔にはまざまざと驚きの表情が浮かんでいた。


「そんなに驚かなくてもいいわ。別にあなた個人のことを調べているわけじゃないし、取って食おうというわけでもないわ。あなたのことを知ったのはあの麺屋が初めて。あなたはそこで自らの多くのことを私に教えてくれたわ。言葉ではなく行動で。女でありながら剣を扱う。それも見事な剣さばき、ときたら、貴族であり騎士でしょう。普通の女は剣なんて遣わないから、きっと私と同じような事情があるんでしょうね。この国の騎士なら、いかなるときも騎士の紋章を身に着けておくのだけれど、あなたにはそれがない。ということは異国の騎士。異国の騎士がなぜこの街にいるのか。異国の騎士がここを訪れる理由はいくつかある。観光、名物のバトロンに参加しにきた、そしてスパイ行為」


 最後の一言はやけにねっとりと強調されていた。


 リィンは身を固くした。密偵と疑われている、彼女はそう感じた。だからこそ、鉄扉の取調室なのだ。そう考えると合点がいく。リィンは思わず椅子から立ち上がり、机を掌で強く叩いた。音は密室に強く響いた。


「違う! 私は密偵などではない!」


 リィンが叫んだ。


 シンカはきょとんとしていた。それからちょっぴり噴き出したように笑った。


「あはは、あなたが密偵なんて微塵も思っていないわ。その前に言ったでしょう、あなたはあの事件で不利益を被った騎士だと。あなたは観光、バトロンの参加者、密偵、どれとも違うのは既に証明済みよ。観光にきたには、こう言っちゃ悪いけどみすぼらしい格好をしているし、馬車の中でバトロンを知らないと言ったのも嘘をついているようにはみえなかった。そして麺屋での大立ち回り、密偵ならそんな目立つことはしないものね。観光でもなく、バトロンの参加者でもなく、密偵でもない、では何か? みすぼらしい格好をしつつも、優れた剣術の持ち主であり、一挙手一投足には気品が見られる。これらのことから今は零落した騎士であることが伺える、そしてエタイトの出身、そしてそれを語りたがらなかったことから、あの事件で追い落とされた哀れな身、と考えるのが良いんじゃないかしら? どう? 当たってる?」


 リィンはその見事な推理に衝撃を受けた。感動すら覚えた。細かな点は間違っているが、そこから導き出された結論は、ピタリと彼女の境遇を言い当てていた。騎士たるもの、優れたものは素直に賞賛するものだ。リィンはゆっくりと椅子に座ると、コクリと頷いた。


 直後、リィンの背後の鉄扉が開いた。ウィルだった。その手には書類の束があった。


「いや、待たせたね」

「そうでもないわ。いい暇つぶしもできたことだし、ね?」


 言って、シンカはリィンに悪戯ぽく笑った。目尻がふにゃりと下がり、キツめの美人顔がとても愛らしくなった。リィンはその変化に思わず笑った。


「ええそうね」


 リィンは笑って言った。

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