二話 闘技場の吸血鬼 その九 問答
「なに、時間は取らせん、得物を見せてくれればそれでいい」
男性騎士は、店内客席側の中心に立つと、高らかに言った。
男性騎士の言葉とほぼ同時に、女性騎士は戸をピシャリと閉めた。そして、口を真一文字に結び、腕組みをして、戸の前に仁王立ちしている。それはさながら門番。いや、役割的には門番そのものだろう。女性騎士は調査を終えるまでここから猫の子一匹出すつもりはない。店内の誰の目から見ても、そんなふうに見える。
「得物、と申されましても、当店にそのようなものは……」
「いやいや、ご主人」
男性騎士が手と声で遮った。
「当方はご主人を疑ってなどいない。つい一時間ほど前、人を刺殺した人間が何食わぬ顔で麺を打っているとは思わん」
「あ、つい一時間ほど前なら、私はここにおり、今と変わらず麺を打っておりました」
「そうだろう。アレは喧嘩にしてもある程度慣れた人間の仕業だ。麺屋のご主人とその奥方はハナから疑っておらん。私が気になるのは……」
男性騎士は言葉を切ると、首を曲げ、店の主人から視線をサッと移した。視線の先には六人の男たちがいた。男たちと騎士の目が合った。まるで犯人はお前たちだ、と言わんばかりの騎士の目に、もっとも色黒の男の眉が吊り上がった。
「おうおう、その目はどういう意味だッ!」
もっとも色黒の男が叫んだ。固く握った拳をテーブルに、ガンッ! と強く叩きつけた。テーブル上の色んな物が跳ねたり揺れたりした。拍子に、酒が少しばかり溢れた。
怒っているのはもちろん彼だけではない。その仲間たち五人も怒りの目を騎士に向けている。
「思い当たるフシでもあるのか?」
男性騎士が馬鹿にしたようにフッと鼻で笑う。
それがますます男たちの怒りを煽る。
「ない! ないからこそ、そうやって犯人と決めてかかられるのがムカつくんだよッ!」
「ふむ。確かに、見に覚えのないことを疑われるのはいい気分ではあるまい」
「おう! せっかく人が気持ちよく酔ってたのに最低の気分だぜ! どう落とし前をつけてくれるんだ?」
「それは君たちが身の潔白を証明してからだ。咎人に頭を下げるバカはいないからな」
「ほう、潔白を証明ねぇ、どうすりゃそれが証明できるってんだ? まさか俺たちに犯人を捕まえさせようってんじゃあるまいな?」
「そんな面倒なことはしない。簡単だ。たった一つだけ私の言うことをきいてくれればいい」
「無茶な願いはきけないぜ」
「つい先ほども言ったが、得物を抜いて見せてくれればいい。な? 簡単だろう?」
「見せるのは良いが、理由を聞きたいな」
「詳しくは言えないが、証拠となるものが得物に付着している可能性がある。これでいいか?」
「なるほど、つまり得物を持つ人間が疑わしいというわけだ」
「そういうことだ」
「なら、俺たちだけってのは筋が通らねぇ。あの嬢ちゃんにも同じことをしてくれないとな」
そう言って、もっとも色黒の男は親指で少女を指し示した。
ここまで傍観者に徹し、かつ、騎士と男たちがモメたのを見てから自分に類が及ばないだろうと思い、彼らのやり取りをBGMに、麺を美味しくすすっていた少女は、突如矛先が自分に向いたことに少しばかり驚き、フォークを持つ手が一瞬止まった。止まったのはわずかに一秒満たない時間で、すぐさま少女は残りを胃に収めようと食事を再開した。
店内のすべての視線は、少女に集中している。
「なるほど」
少女の腰の得物を見て、男性騎士は呟き頷いた。
「もちろん、彼女にも協力を仰ごう。しかし君、早とちりはいけない。私は最初から、ここにいる得物を持つ全員を調べるつもりでいたんだよ」
「へっ、どうだかな」
もっとも色黒の男はさっきの目のお返しといわんばかりに男性騎士を睨みつけた。
男性騎士の方はそんな男の目を意にも介さずかわし、少女の方へと再び目を向けた。
「そこの君、聞いたとおりだ、素直に協力してくれると助かる」
少女の麺を食す手が止まった。しかし、今度は呼ばれたから止まったわけではなかった。麺の盛り付け皿は既に空で、升の中にももう麺はない。麺は、少女の口の中の分で終わりだ。少女はゆっくりと、そしてしっかりと咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。麺を完食すると、カウンターに置かれた水の入ったピッチャーを手に取り、自らのコップに注ぐと、その水も一気に飲み干した。全てが終わってようやく少女は男性騎士の方へと振り向いた。
「もちろん協力しよう、剣を見せればいいのだな?」
そこはかとなく漂う男性騎士の尊大さに対抗してか、少女の方も尊大な口調になった。
少女は立ち上がり、腰の得物に手をかけた。
「貸してくれると助かるのだがね」
「左の方はいいが、右は困る。右はさる高貴な方からお預かりした大切な品物。これを傷つけたり、失くしてしまったりすると私は祖国に戻れない。私とて普段は抜かないものなのだ。むろん、見せびらかすこともない」
「そこを曲げてくれ。でなければ調べられない」
「私としても貴君に協力したいのだが、『後悔先に立たず』、という言葉もあるだろう? もし万が一のことがあっては、私が困るのよ」
「私は絶対に君のものを盗んだりはしないし、私の手にあるうちは責任をもってこれを保護する。傷もつけないし、つけさせない、他人には指一本触れさせない」
「さて、どうかしら……」
「私が信用出来ないというのか?」
「ええ、その通り」
「何ッ!?」
騎士たるもの、流石に信用出来ないと言われてはカチンとくるものがあった。男性騎士の目に厳しい色が加わった。
「何者だかわからない人を信用できるはずがないわ。貴方は出会ったばかりの見ず知らずの人間に愛剣を安々と預けられるかしら?」
少女と男性騎士のやり取りを聞いていた、もっとも色黒の男がニヤリと笑った。彼だけではない、彼の仲間五人は皆、一様に笑みを浮かべている。この国のエリート騎士が少女に口で圧されている。彼らにとってこれほど愉快なことはない。
「騎士さんよぉ、どうやらあの子は、その肩の紋章を知らないらしい」
もっとも色黒の男が控えめに男性騎士の制服の二の腕部分を指差して言った。そこには『盾に一角獣』の紋章があった。戸の前に立ちふさがる女性騎士の制服にも同様の紋章がある。
「さもあらん。彼女はこの国の者でないらしいからな。だが、彼女が求めているのは私の肩書だけでは不十分だろう。そうだな?」
「私は大切な剣をつかの間とはいえ、貴方に預ける。なら、貴方にはそれなりのものを示して欲しいわ」
男性騎士は短く苦笑いを浮かべた後、襟を正し、一回だけ、小さく深呼吸をした。たったそれだけの動作で、彼の顔も身体も、先ほどとは比べ物にならないくらい引き締まって見えた。
「我はトゥーグラス=ディ・クレスランの臣下にして忠実なる騎士、ウィル・コーダー。この町の治安維持部隊員である。ある事件を捜査している。職務遂行のため、貴女には速やかなる協力を願いたい」
男性騎士、ウィル・コーダーが名乗りを上げた。すると、少女は頭を下げ、腰を折り、ウィルに深々とお辞儀をした。
「分かりました、どうぞお調べください」
言うなり、少女は腰の得物を鞘ごと外すと、カウンターの上に二本とも置いた。
「ご協力感謝する」
言って、ウィルはつかつかと少女の方へと歩み寄り、一瞬少女を睨みつけてからカウンターに置かれた剣、右の腰にあった方をそっと手にとった。
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