mission13-38 ウーズレイの記憶
***
「”水を司る眷属よ。
ミハエルの唱えた呪術がひなびた砂の大地から豪流を噴き出させ、エルロンド王と彼に使役される破壊の眷属たちを呑み込んだ。
体力は大幅に削ってしまうが、これでしばらく敵を拘束できる。態勢を立て直して畳み掛けるには絶好の機会だ。敵から距離を取り、砂山の陰に身を隠す。ターニャは味方の士気を高めるヴァルキリーの力を練りながら、隣で敵の動向を伺うウーズレイに声をかけた。
「そう言えばちゃんと聞いたことなかったけどさ。戦場で君が見たライアンはどういう奴だったの?」
同じガルダストリア陣営で戦っていたとはいえ、ライアンとウーズレイが前線に立たされたのはちょうどターニャと入れ違いの時期であった。先ほど過去の幻影を見せられるまで、ターニャは破壊神になる前のライアンを見たことがなかったのだ。
「君が友人だなんて言うくらいだから、よほど良い奴だったんでしょ」
ほんの少し棘のある口調でそう言って、ターニャはウーズレイの脇を肘で小突いた。
正直、少し嫉妬している。自分が必死の想いをしてエルロンドへ戻った時、ウーズレイは戦場に赴いていて、知らない間に自分以外の人間に信頼を寄せていたというのだから。ずいぶんと醜い感情だとはわかっていつつも、ついつい悪態をつきたくなってしまう自分の小ささをターニャは胸の内で素直に認める。
そんなターニャの内心を察してか否かは分からないが、ウーズレイは敵から視線を逸らさないまま口元を緩めた。
「実を言うと、彼にはバレてしまったんです」
「バレたって、まさか」
「ええ。私が本物の第一王子じゃないってことを、彼はひと目で見抜いたんです。……まぁ、当時の私はそれまでまともに外に出たことなんてなかった囚われの身でしたから、どこか様子がおかしいことは皆気づいていたはずです。ただ、あの人を除いて真偽を問おうとする人はいなかった」
ウーズレイの正体を疑うということは、彼を第一王子として戦場に送り出してきたエルロンド王を疑うということになる。ただでさえいつ命が失われるか分からない戦場にいるのだから、好んでエルロンド王に目をつけられるような行動を取る者はいなかったのだ。
「それで、君の正体を知ったライアンは何て?」
ターニャの問いに、ウーズレイはふっと笑う。
「ただ黙って剣を抜いたんですよ」
「はぁ?」
思わずターニャの声が裏返る。そんなことをするような青年には見えなかったが。
「私も驚きましたよ。言い訳も聞かずに斬り捨てるなんて、さすがヴァルトロの人だなぁって感心すら覚えたくらいです。でもライアンがその剣でやったのは、私を斬ることじゃなかった」
ウーズレイはどこか遠くを見つめながら言葉を続ける。
「とても不思議な感覚でした。なんと言えばいいのか分からないのですが……彼の剣を見ていると、心が穏やかになっていくのです。父母への恨みも、戦争への恐怖も、ターニャと会えないことへの焦燥も、一瞬でどうでも良くなってしまうような感覚というか。気づけば私は涙を流していました。それを見てライアンは剣を鞘に収めると、『辛かったね』と悲しげな顔で言いました」
ターニャとミハエルは顔を見合わせる。同じような光景をつい先ほど目の当たりにしている。喧嘩していた兵士たちがあっという間に態度を変えた時と同じだ。
「ウーズレイさん、あなたはライアンさんに厭世の念を吸収されたのかもしれません」
「え? そんなことができるんですか」
「うん、たぶんね。でもその力には限界がある……いや、君とライアンが出会った時にはすでに限界を飛び越えていたかもしれない、ってのがミハエルの仮説なんだ」
そうだよね、とターニャが言うと、ミハエルはこくりと頷いた。
「ウーズレイさん。ライアンさんが破壊神になった時のこと……聞いてもいいですか?」
ウーズレイは考え込むように顎に手をやり少し俯く。
「もう七年も前なので、記憶が曖昧な部分もあるのですが……」
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