mission13-18 開かれた匣



 案内役の名を持つ女・ギドは、ルカたちを遺跡の奥へと案内する道すがらサマル遺構群についての成り立ちについて話をしてくれた。


 この場所が創世期においては天空の神ウラノスの居住地であったと伝わっていること、そしての神はこの地を足掛かりにスヴェルト大陸が発展するよう、各地へつながる転送術式を残したということ。


「けど、そのほとんどは内戦で破壊されちゃったんだろ?」


 ルカの問いに、ギドはこくりと頷いた。


「転送術式の中には一瞬のうちに北から南へと移動できるものがあった。南のツヒ族にとっては脅威でしかない。ゆえに彼らが最初に狙ったのはこの遺跡だった」


「抵抗、しなかったのか?」


 人間相手であればファシャルの民が遅れをとる理由はない。遺跡を守ることだってできたはずだ。にも関わらず転送術式が破壊されてしまったということは。


「……私たちは受け入れた。人間とは争わない、それがサマルの一族の矜持だから」


 淡々とした口調でそう答えるギドに、アイラは「変わってるわね」と呟く。人を襲わない・報復をしない、平和主義のファシャルの民。アイラが知っている人喰いの民としての彼らと同じ血が流れているとはにわかには信じがたい。


「変わってなどいない。私たちはただ創世期の神の意志に従っているだけだ。ファシャルがつくられたのは、世界の終焉を阻むため。神でも人でもないできそこないの私たちに与えられた役目は、人との争いではなく悪しき者の手に神石が渡らないようにすることだ」


 話を聞いていたウラノスは黙って自らの左胸を押さえる。この遺跡に祀られていた神石は、今はここにある。どういう経緯でこの神石がアランの手に渡り、ウラノスの『プシュケーのはこ』の原動力として使われることになったのかは分からない。ただこの地に住む人々が自分を歓迎する理由はなんとなく分かってきた。ウラノスがここへ戻ってきたことで、彼らはようやく取り戻すことができたのだ。神石を守るという、自分たちの存在意義を。


 遺跡の内部は相変わらず複雑な構造で方角や高低の感覚を掴みづらかったが、ギドがかなり奥の方を目指していることは伝わった。階段を数十段は下り、壁の中に隠されていた扉の先にある通路を進み、道は徐々に細く狭くなっていく。


 やがて通路の先に青白い光が見えた。


「もうすぐだ」


 ギドはそれまで手に持っていたランプの火を消し、光が見える方へと進む。それまで人一人が通るので精一杯の狭さだった通路は急に広くなり、両脇にはいくつもの石碑が並び立っている。


「これは……?」


「歴代のクァリファとリフィルの墓だ」


 確かに、よく見るとかなり古いものから最近のものと思われるものまで様々だ。石碑には名前はなく、ただ数字だけが彫られている。おそらく彼らの生まれた年と亡くなった年が刻まれているのだろう。


 ウラノスはその中でもひときわ新しい「九五八−九八〇」と書かれた石碑の前に立った。


「ねぇ、これってもしかして……僕の元になったっていう、リフィルのお墓なの?」


 九八〇年といえば今から十六年前にあたる。


 だが、ギドは首を横に振って否定した。


「これは先代クァリファの墓。短命だったのです。幼い頃から病を患っていて、先が長くないことは分かっていました。だから早々にを選ぶことになったのです」


「リフィルとなる、人間……?」


「ようやく来たか」


 話の途中で通路の先からクロードが現れた。彼はルカたちに向かって手招きをする。


「こっちだ。ついて来なさい」






 クロードについていくと、ドーム状の丸い空間に出た。その中心、床には羅針盤のような模様が描かれており、青白い光を淡く放っている。ウラノスが神石を使う時のものとよく似ていた。


「これって……」


「マウト旧市街に繋がる転送術式だ」


 つまりヤハンナム大砂漠の中央へ、一気に近づくことのできる。その先にはソニアが、そして破壊神がいる。


 ごくりと唾を飲むルカたちであったが、クロードは「そう急くな」と言ってギドの方を見やる。ギドは頷き、転送術式の側に跪いた。術式の上を掌で撫でると青白い光がぼうっと強さを増していく。


「二国間大戦が始まって十二年以上、この術式は使われていない。好んでヤハンナム大砂漠の中心に行きたがる者などいなかったからな。だから術式の活性化に少し時間がかかる」


 とはいえほんの数十分、ここに住むファシャルの民が念を込めれば済む話らしい。自力で砂漠を越えるよりはどう考えても早い。


「待っている間、先ほどの君たちの問いに答えるとしよう」


 クロードは天井を見上げると、ゆっくりと話し始めた。彼の罪と、このサマルの地から失われたものについての話を……。





***






 十五年前——


「だーかーらー! あんたはどうしてこう頭が固いんだ!」


 オアシスのほとりの診療所で、苛立つ青年の声が鳴り響く。


「『プシュケーの匣』理論は完璧だ! あんただって納得してただろ!?」


 相手が不快に思っているかどうかなど意に介さず感情のままに喚く青年。彼の名はアラン=スペリウス。ガルダストリアを拠点に勢力を増す傭兵ギルド「ヴァルトロ」に、腕利きの技術者がいるというから共同研究者として雇った男だ。まだ二十代手前の若者で不安定の性分の持ち主。初めこそは彼を雇ったことを悔いたものだったが、性格に反して彼の作る義肢や機械は驚くほど精巧に組み上げられていて、確かに技術力はずば抜けていた。三年共に過ごすうちに彼の癇癪にも慣れてしまったドクトル・クロードは、普段と変わらぬ調子で言い返す。


「何度も言わせるな、馬鹿め。机上の空論という言葉を知っているか? 『プシュケーの匣』はまさしくそれだ。理論は正しくともそれを試す術が無いのではどうしようもない」


「試す方法ならある!」


「実験台として一人の命を犠牲にすれば、の話だろう。私は医者だ、そんな危険な臨床試験には賛成しかねる」


 ぴしゃりと拒絶されたのが悔しいのか、アランは唇を噛んで唸る。


 『プシュケーの匣』。造られた肉体と人間の精神、別々のものを神通力を媒介に繋ぐ装置のこと。クロードの医学知識とアランの技術力を組み合わせて築き上げた生体連動機械工学の極致と言ってもいい。これが実現すればファシャル化が進行した人を新たな肉体で生まれ変わらせることができるし、さらには無限の延命措置、つまるところ不老不死ですら成し得る未来が見えてくる。


 ただ、それは現時点ではあくまで可能性の話にすぎない。精神だけを肉体から切り離して保存した後の人格維持、移植先の肉体との拒絶反応の防止、そして術後のケア。課題は山積みで、いずれもやってみなければ分からないものばかりだ。臨床試験をしないことには前に進まないが、その被験体はおそらく高確率で死に至るだろう。移植先が、でもない限りは。


 その時、研究室の扉がガチャリと開いた。


「も〜、またケンカしてるの?」


 黒髪の少女が扉の向こうから顔を出し、呆れたように笑った。


「そろそろ診察始めないと、患者さんたちみんな待ってるよ」


「リフィル、君の診察は明日のはずだが」


「私はアランに会いに来たの!」


 彼女はそう言うと、ぎゅーっとアランの腕にしがみついた。アランは鬱陶しそうな表情を浮かべてはいるものの、本心はまんざらでもないことをクロードは知っていた。


 サマル遺構群に住む少女、リフィル。神石ウラノスの共鳴者候補という立場だが、十七歳の年頃の少女らしく無邪気で人懐っこい性格をしており、他のファシャルたちからの人望が厚い。そんな彼女がどうしてだか知らないが、アランのことを気に入ってこうして頻繁に診療所を出入りしている。アランは自分の口から言い出そうとはしなかったが、誰がどう見てもリフィルと恋人同士の仲であることは疑いようがなかった。


「全く暑苦しい。べたつくなら外でやってくれ」


 クロードはリフィルとアランを部屋から追い出しながら、アランにだけ聞こえるように小声で言った。


「……少し頭を冷やしてこい。彼女を救うには『プシュケーの匣』の他にもやり方があるはずだ」


 アランは返事の代わりに舌打ちをすると、リフィルとともに外へ出て行った。



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