mission13-16 サマル救出作戦



 翌朝、ルカたちは朝日が出る前にオアシスを後にして、すぐ近くに見えるサマル遺構群へと急いだ。自力で持ち堪えていたファシャルたちの体力もいよいよ限界に達し、遺跡の内部に繋がる門が陥落寸前であることを告げる角笛の音が鳴り響いたからだ。


 サマル遺構群とはその名の通りいくつかの遺跡が集まっている一帯である。最も大きな四角錐の遺跡を中心に一つの街のようになっている。主に襲撃に遭っているのはその四角錐の遺跡で、近くまで来ると一つしかない内部へ続く門の周りに黒い集団がうじゃうじゃと集まっているのが見えた。屍兵しかばねへいたちだ。門の入り口では五人のファシャルが立って彼らを中へ入れさせまいと戦っているが、どう見ても敵の兵の勢いの方が勝っており前線がどんどん中へ押し込まれてしまっている。


 門の外でも十数人のファシャルたちが屍兵と戦っているが、いずれも苦戦していた。彼らの戦闘スタイルは主には自らの肉体による物理攻撃。人間を襲わない意志を示すためにも火薬や銃器はほとんど持ち合わせがなく、呪術を扱える者もこの集落にはいない。だが、物理攻撃では屍兵を破壊することはできても倒すことはできない。ファシャルたちが必死に敵の骨と皮だけの身体を破壊しても、やがて復活してしまうのできりがないのだ。


 まずは呪術や神石の力で敵の数を減らす必要がある。ミハエルを後ろに乗せて砂上二輪を走らせるターニャは、サマル遺構群の正面に来たところでアクセルレバーを強く踏んだ。車体は砂を巻き上げながら一気に加速する。


「ミハエル、頼むよ!」


「はい!」


 ミハエルは神器である光明の石版を抱え、その表面に指で術式を書いていく。


「”火を司る眷属よ。たけきその御霊みたまに問う! 汝のほむら酷冷こくれいの前にしずむものか? 是か非か! 我ミハエル・エリィの魂を糧に汝のこたえを示したまえ”!」


 ミハエルが詠唱を終えると、遺跡に群がっている屍兵たちの足元から炎が沸き起こった。炎はたちまちに敵を飲み込み、もうもうと黒煙を上げだした。後方からの急襲に、統率の取れていた屍兵たちの動きが乱れていく。


「すごいね、ミハエル! こんな大技使えるようになってたなんて!」


 ターニャが感心したように言った。


 今彼が使った呪術は、以前凱旋峠の山頂で八つ首の竜王と対峙した際にクレイジーが使った上級呪術と同じものだ。ただ、クレイジーにはエルメから分け与えられた触媒ありきで一度きりしか使えなかったのに対し、ミハエルはその高い神通力で触媒すら使わずに術を放ってみせたのだ。もちろんその分体力の消費は激しいが、まだ余力はある。非力な牢獄塔の看守だった少年も、旅を続ける中でめきめきと成長していたのだ。


「さぁ、今のうちに!」


 ミハエルは後方に続く仲間たちに合図をする。皆それぞれに砂上二輪を加速させてターニャとミハエルの後に続いた。


 真っ暗だった地平線の向こう側に光が漏れだし、空が白み始めている。朝だ。


「追い風が来てるね。行くよ!」


「はい!」


 一行は砂上二輪から飛び降り、遺跡の前で繰り広げられている戦いの中に身を投じた。


 クロードがサマルの集落の救出に向かうのを翌朝にしたのは理由があった。移動で疲労していたルカたちを休ませて全力で戦わせるためだけじゃない。屍兵たちの戦力が最も低下するタイミングを選んだのだ。


 屍兵たちは本来は闇の中の住人。夜は目が利く上に力も増すが、太陽が出ている間は動きが緩慢になる。つまり、一気に形勢を変えるのに最適な時間帯。


 ミハエルの呪術と太陽の光にひるんでいる隙に、ルカたちは次々に敵を撃破していった。遺跡の包囲網が崩れ、屍兵たちは遺跡の侵攻からルカたち襲撃者へと標的を変える。だが、同時にサマルの民の体力も限界を迎えたのだろう、門を守っていたうちの一人が倒れ、そこにできた穴に三体の屍兵が押し寄せる。


「まずい、中には戦える者がほとんど残っていないぞ!」


 クロードの言葉にルカがいち早く反応した。


「おれが行く! グレン、ユナ、一緒に行けるか?」


「ああ!」


「うん、もちろん!」


 ルカは二人の手を取り、瞬間移動で一気に遺跡の中へ。


 遺跡の内側はまるで洞窟のようにほの暗く、砂漠の中にあるとは思えないほどひんやりと涼しかった。壁沿いに篝火かがりびを灯す台が等間隔に並んでいるものの、敵の侵攻に備えているためだろうか、今は火を落とされているようだ。


 一本道の階段を下りていくと、やがて開けた空間にたどり着いた。奥の方から物音が聞こえる。屍兵の咆哮と、誰かが戦っている音だ。


「ちっ、光があれば……」


 弓を構え、水の矢をつがえながらグレンが小声で呟く。この暗さでは屍兵と戦っている誰かに命中してしまう可能性もある。


「私の歌で二人とも眠らせることができるかもしれない。ルカ、やってみていい?」


 ユナの提案に、ルカは頷いた。


「うん、頼む!」




晴れて 曇るか 雨降るか

咲きて 枯れるか 種子たねなるか

うれうも笑うも一時ぞ

らばわずらうべきことか




 ユナが歌い上げると、剣戟けんげきの音が静まり、どさりと二人分床に崩れ落ちる音がした。


 駆け寄ってみると、この集落の住民の一人と屍兵がその場で眠っていた。グレンは屍兵をサラスヴァティーの水流で仕留め、眠っているファシャルの民を壁にもたれるような座り姿勢に変えてやった。ユナのポリュムニアの歌の効果だ、しばらくは目を覚まさないだろう。


「それにしても、本当に、その、こいつらは……」


 グレンは揺さぶらないよう、恐る恐るファシャルの民から離れる。見た目は人間そのものだが、屍兵と戦うために歯や爪が伸びており、筋肉の盛り上がった腕からは血管が浮き出ている。屍兵から負った傷口から流れているのは確かに青い血だ。


「油断しないで行こう。中に入り込んだ屍兵はあと二体いるはず」


 ルカがそう言う間にも、どこからか悲鳴が上がった。ここからさらに奥へ行った場所のようだ。


「どこだ……?」


 悲鳴は同じ階ではなく下の方から聞こえるのだが、すぐ近くに階段はない。ルカたちが今いる場所からは正面、右、左と通路が三つに分かれていて、そのどれかを選んで進むしかないようだ。


 方角的には正面の通路のはずだった。だが少し進んでみてかえって悲鳴が聞こえるところから離れてしまっていることに気づく。


「どういうことだ……?」


 途中、分岐路がいくつもあったが、迷わないようにと三人はひたすらまっすぐ進んだ。……そう、まっすぐに進んでいたはずなのだが。


「あれ? ここって」


 広い空間に、眠っているファシャルが一人。


 元の場所に戻ってきてしまったのだ。先ほど選ばなかった右側の通路から入ってくる形になっている。


 今度は左側の通路を進んでみることにした。右手に見えてきた階段を下り、そこから左に曲がってまっすぐ正面へ進んで、T字路にぶつかってしまったので、うっすら明るい左手に進んでみる。すると……また同じ空間に出た。今度は初めに選んだ正面の通路に戻る形で。


「階段、上らなかったよな?」


 グレンは腕を組んで首をかしげる。いつの間に上の階に戻ってきてしまったのだろうか。まるで迷宮だ。


 こうしている間にも屍兵が侵攻を続ける。焦りを覚え始めたルカたちの元に、一人の小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。


「僕が案内するよ」


「え……!?」


 ルカたちは目を疑う。そこにいたのはウラノスだった。


 なぜここに彼女がいるのだろうか。クロードの診療所を出発する頃はどこか具合が悪そうで、戦いの場に連れて行くのは危険だからとドーハと共に診療所に残してきたはずだった。


「おどろかせてごめんね。勝手に抜け出してきちゃったんだ。神石の力、ちょっとだけ復活したみたいだし」


 彼女はそう言って手を自分の身体の前にかざしてみせた。青白い羅針盤の模様が浮き出る。以前見たことのあるものよりはずいぶん小さいが。どうやら近距離の移動くらいしかできないようだ。


「でも、案内ってどうやって……? ここには初めて来たんじゃないの?」


「うん、はね。でも僕の精神こころは違うみたい」


 ユナの問いに微笑みながら答えた後、ウラノスはすたすたと先頭切って歩き出した。彼女が選んだのは正面の道だ。


「この遺跡はね、もともとは神石を守るための要塞。悪い人が簡単に入ってこれないように、アリの巣みたいに複雑な迷路になっているんだよ。まっすぐ進んでいると思ったら右側に大きく曲がっていたり、階段を下りたつもりでもその先の道が緩やかな上り坂だったり。そうやって方向感覚がぐちゃぐちゃになっていくうちに、だんだん『正しい道を選ばなきゃ』っていう気持ちになってくる。でもね、それこそがこの遺跡の罠なんだよ」


 ウラノスはやがて何でもない場所で立ち止まると、トントンと足で床を鳴らした。もう一歩進んで再び足を鳴らしてみる。すると今度はカツカツと別の音が響いた。


「ここだけ音が違う……?」


「そ。道はね、選ぶものじゃなくて作るものなんだ」


 彼女はその場でぴょんと飛び跳ねた。彼女が着地すると同時、ガコンと音がして床石が凹んだ。すると周囲の石壁がぐるぐると回り出し、様相を変えていく。まるで立体のパズルのように、遺跡の内部が組み替えられているのだ。


「はい、ストップ!」


 ウラノスが再び跳ねると、凹んでいた床石が元に戻って目の前に階段が現れた。


「ま、これはいくつもある道の中でもとびきり上級な近道みたいだけど」


 すぐ下で屍兵の叫ぶ声が聞こえた。また誰かが戦っている音がする。


 ウラノスには色々聞きたいことが山積みだったが、ルカたちはひとまず階下の戦いに合流した。そこは二体の屍兵と、一人のファシャルの女がいた。ファシャルの女の方はすでにぼろぼろで、肩で息をしている。


「なんだ、お前たちは……!」


 彼女は鋭い牙をむき出しにルカたちを睨む。


「安心して! おれたちはクロードに頼まれてあなたたちを助けに来ただけだ!」


 クロードの名前を聞いて、彼女は目を見開く。


「クロードが? そうか、私たちのために……」


 安堵したのだろうか、彼女はふらりとよろめいてその場に崩れ落ちそうになった。慌ててユナが支え、クレイオの歌で彼女の傷を塞いでやる。ルカたちが駆けつけるまで一人で屍兵の相手をしていたのだろう、全身傷だらけの状態で今にも意識を失いそうだ。


「ユナ、その人のことを頼む! グレン、俺たちは屍兵をやるぞ!」


「ああ、任せろ!」


 ルカはクロノスの力で自らの速度を上げ、屍兵たちの動きを先取ると、彼らの関節部分に大鎌の打撃を食らわせ、動きを鈍らせていく。照準定めやすくなったところで、グレンの水流をまとった矢が敵を射抜く。二体倒すのにそこまで長い時間はかからなかった。


「終わった、かな?」


 ウラノスがそーっと階段を下りてきた。


 彼女を見るなり、ユナの手当てを受けていたファシャルの女がびくりと肩を震わせる。


「そんな……まさか……!?」


 彼女はユナの手を振り払ってウラノスの元へと這うようにして駆け寄った。


「え、え、え、なに?」


 うろたえる少女をよそに、女はその場にひれ伏した。小刻みに震える肩。かすかに聞こえる嗚咽。泣いている。彼女は額を床につけたまま、くぐもった声で言った。


「ずっと……ずっと、あなた様のことをお待ちしておりました……! よくぞお帰りなさいました、リフィル様……!」



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