mission13-14 医者とオアシス



 照りつける太陽が沈み始め、日が暮れそうになった頃。


 前方に小さな湖が見えてきた。オアシスだ。湖面は陽射しを反射してきらきらと輝き、エメラルドのような色をたたえており、湖畔には小さな家がぽつりと建てられている。あそこがクロードの診療所のようだ。辺り一面砂ばかりであった茫洋たる砂漠の中で、そこには唯一命の営みがあった。湖を取り囲むように背の高いヤシの木や草が生い茂っていて、時折鳥が羽ばたく姿も見られる。


「ここまでの人数で移動するのは初めてだったが、無事日が暮れる前にたどり着いてよかった」


 クロードはそう言ってルカたちを見やった。


 鍛えられた肉体の持ち主でも、長時間太陽が照りつける灼熱の砂漠にい続けるのはかなりの体力を消費する。クロードの冷感クリームのおかげで幾分かましではあったが、それでも身体中の水分が奪われて今にも干からびそうだし、皮膚は軽い火傷を負ったかのようにちりちりと痛い。


 それでも日が暮れる前に目的地に着いたのは幸運と言えるだろう。夜になればこれまでの暑さは何処へやら、急激に気温が下がり、目印一つない暗闇の中を彷徨さまようことになる。ランプを点ければ破壊の眷属たちの格好の的となってしまい、砂漠の地に慣れた交易商人たちでもそれが原因で命を落とした者が何人もいるという。


 クロードに案内され、ルカたちは診療所の中へと入った。誰もいない。しんとしていて、ほんのり薬草のつんとした臭いがする。


「普段はサマルの集落の者たちが出入りしているんだがな。あいにく今はそんな状況ではない」


 クロードは窓の外を見つめながら言った。オアシスの向こうには灰色の石を積み上げてできた巨大な遺跡が見えた。あれがサマル遺構群、ファシャルの民が住む集落があるという場所だ。


「なぁ、そろそろはっきり教えてくれないか。あんたがおれたちに頼みたいことって何なんだ?」


 ルカが尋ねると、クロードは視線を部屋の中に戻した。


「ある程度察していたかもしれないが、サマルの民が襲撃を受けている。彼らを助けてやってほしいのだ」


「襲撃っていうのは、いったい誰に……?」


 ファシャルの民は神血イコルを引く上級種族。実際に彼らと生活していたことのあるアイラの話によれば、人間と見た目は同じだが身体能力が総じて高く、捕食のための鋭い牙や爪を隠し持っているという。そう簡単にやられる種族ではなさそうだが。


 クロードはぎゅっと拳を握りしめ、苦い表情を浮かべる。


「ここに来る途中でも見た、漆黒のものたちだ」


「っ! それって……!」


 ソニアの屍兵しかばねへいだ。


「ただ、砂漠をうろついているものたちとは明らかに違う。軍の一部隊のように統率が取れていて、倒しても倒しても復活するのだ。サマルの集落にいるファシャルたちの中にも戦える者はいるが、神血イコルを持つとはいえ体力を消耗しないわけではない。時間がかかればかかるほど不利になってしまう」


 それで、見かねたクロードはルツの街まで助けを求めにやってきたのだ。


(ソニアがサマルの集落を襲撃させる……?)


 アイラは腕を抱えて考え込む。確かに彼もアイラと同じくファシャルに恨みを持っていてもおかしくはないが、今この状況でわざわざ屍兵を仕向ける理由はないはずだ。屍兵を動かせば動かすほど彼も体力を消耗するはず。ただでさえ傷が癒えず満身創痍のままだった彼が取るべき選択肢ではない。


「何か心当たりはない?」


「分からん。なにせ突然のことだったからな。彼らは内戦の頃からずっと中立を保っているし、人間に対して攻撃的でもない。……ただ、もし狙われる理由があるとすれば一つだ」


 誰か地図を持っているか、とクロードが尋ねる。ミハエルは手持ちの地図を取り出し彼に手渡した。それを受け取ると、彼は自分たちが今いる場所を指差し、南東に少しなぞった。サマル遺構群の位置だ。そこから大きく飛躍して、クロードの指先はスヴェルト大陸東部、ヤハンナム大砂漠の中央からやや東に進んだところにある位置を指した。


「サマル遺構群には各遺跡への一方通行の転送術式がある。……と言っても、内戦の折にほとんど破壊されてしまったがな。唯一残っているのが、このマウト旧市街に繋がる術式だ。ヤハンナム大砂漠の中央に近いところまで一瞬で移動できる」


「まさか、『近道』っていうのは……!?」


「そう。この転送術式のことだ。サマルの民を救ってくれれば、この転送術式を使えるよう私からかけあおう。君たちがなぜわざわざこんな危険な場所に行きたがっているのかは知らないが、悪い話ではあるまい」


 確かに、自分たちの足で砂漠を渡るよりはよほど安全な近道だ。


「……ま、それ以前におれたちは義賊だけどね」


 ルカの言葉に、仲間たちもそれぞれ頷いた。困っている人たちがいるなら助けて当然だ。それがたとえ、ファシャルの民と呼ばれる人喰いの一族だとしても。アイラのように個人的に気が乗らないメンバーもいるかもしれないが、彼女だってブラック・クロスの信条をその胸に持っている。


「一つ、聞かせてくれないかしら」


「なんだね」


 アイラは自らを落ち着けるように深呼吸すると、クロードに問う。


「あなたがそこまでファシャルに肩入れする理由は何? 民族解放軍のような、私欲のためというわけではなさそうだけど」


 クロードはふっと鼻で笑う。


「医者に命を救う理由を尋ねるのか? ……と言いたいところだが、あいにく私はそう立派な人間ではない」


 彼はルカたちに背を向けて、再び窓の外に思いを馳せる。


「本当のところを言えば、罪悪感ゆえに、だろうな」


「罪悪感?」


 クロードはそれ以上多くを語らなかった。サマル救出は明日の早朝から、それまで休んでいるように、とだけ告げて自室にこもってしまった。



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