mission13-8 サンド二号組の聞き込み



 ルツの街、中央市場。


 街の中央、二本の大通りが十字に交わる地域を中心に多くの露店が立ち並び、客を呼び込む声、あるいは値段交渉する声があちこちを飛び交っている。


 並んでいる商品の数は圧巻だ。色とりどりの食材、器に山盛りに積まれたスパイス、煌びやかな金細工のアクセサリー、鮮やかな色で織られた幾何学模様の織物。どれも他の地域では見ない珍しいものばかりである。


「ねぇルカ、これ見て!」


 ユナが手に取ったのは小瓶の中に色をつけた砂を入れて描かれた砂絵だった。砂の層で描かれているとは思えない線の繊細さに思わず魅入ってしまう。砂漠を歩くラクダの絵や、遺跡の絵が多く、この地域のお土産として売られているもののようだ。


「すごいな……! どうやって作っているんだろう」


 ルカが興味津々に瓶を眺めていると、売り手の男は得意げな様子で売り物の二回りほど大きな瓶を取り出し、ルカたちの前で実演してみせた。漏斗を使って丁寧に砂を注いでいき、積もった砂によって徐々に絵が出来上がっていく。やがてそれがアイラの抱えているサンド二号だと分かり、二人は思わず感嘆の声をあげた。


「でも、ちょっと何か物足りない感じ?」


「だよなぁ、ツギハギがないとらしくないというか」


「せやろせやろー、実物の方が数倍はイケメン」


「はいはい、あなたは黙ってましょうね」


 ルカとユナの会話に割って入ろうとするサンド二号の口を塞ぐ。ようやく二人が二人らしく笑い合えるようになった時間を、アイラは少しでも長く取ってやりたかったのだ。


 昨晩、時の島の真実を聞いてからユナはかなりショックを受けていたが、それでも彼がルカでいられる可能性がきっとあるはずだと思い直し、こうして立ち直ろうとしている。ルカはルカで、昨日皆に溜め込んでいた想いを吐き出したことでずいぶんと憑き物が落ちたような様子だ。


 多少任務から逸れてはしゃいでいようが、誰も責めはしないだろう。


 それに、アイラ自身もまたこの時間にほっと胸の支えが降りていくような心地でいた。思い返せばこの三人で行動するのはずいぶんと久しぶりだ。色んな土地で仲間と出会い、そして別れて……。アイラにとっても色々なことがあった。まさかソニアを追って再びこの地に戻ってくることになろうとは、改めて考えてみると感慨深いものがある。


「そういえばアイラ、ずっと気になってたことがあるんだけど」


「なにかしら」


「ここに来てから、やけに着込んでないか……?」


 ルカは苦笑いしながらアイラの全身を眺めた。


 普段コートを羽織る以外は薄手の服を好む彼女だが、今はやけにもっさりとしている。一切の露出のない長袖のローブを着て、えんじ色の髪もフードの中にすっかり収めてしまい、サングラスまでしている。


 この辺りは砂漠の気候がゆえにとにかく日差しが強く、じりじりと焼けるような暑さだ。そんなに着込んでいては体温が上がって倒れてしまいそうだが。


「逆よ。砂漠では肌をさらさない方がいいわ。日差しを浴びて皮膚が火傷すると大変よ。長袖の方が日影を作れるし、空気が乾燥しているから意外と中に熱がこもらないの」


「へー、そういうものなのか」


「あとは、昔滞在したことのある街だから、顔が割れてるかもしれないっていうのもあるけどね」


 アイラはそう言って警戒するようにぐるりと辺りを見回す。彼女がかつて各地を巡るキャラバン隊の踊り子として”砂漠の蝶”の名を馳せていた時代、多くの人を虜にした反面、戦場という環境もあってスパイと疑われて命を狙われたこともあった。もう七年以上も前の話といえど、この地を歩く時はつい身が引き締まる。見知らぬ土地よりもかえって故郷の方が緊張感があるというのは皮肉な話だ。


「さ、そろそろリュウから連絡のあった砂上二輪の整備工場に行ってみましょうか。この通りを進んだ先にあるはずよ」






 砂上二輪の整備工場はメインストリートから一本内側に入った場所にあった。先ほどまでの賑やかさはどこへやら、急にあたりはしんとして工場から聞こえてくる整備の音だけが通りに響く。


「あれ? なんか地下に続く階段みたいなものがある」


 それは通り沿いにぽっかり空いた穴のようで、階段で下へと続いているようだが中は薄暗くてよく見えない。


「そこには入らない方がいいわよ。二度と出られなくなるから」


「え」


 すでに一歩踏み入れかけていたルカは慌てて足を引く。


「ふふ、賢明ね」


「二度と出られなくなるって、一体何があるんだ?」


「どんな堅物も快楽に堕ちると言われる花の地下街……搾りに搾り取られて、気づいた時にはあらゆる財産を失い下着一枚になってしまう恐ろしい楽園よ」


「そ、そういうことか。おどかすなよ……」


 アイラはくすくすと笑うが、ユナからの視線が痛い。


 地下街への階段がある場所を超えて先へ進むと、整備工場が見えてきた。開かれた大きなガレージのような形だ。中には整然と砂上二輪が並んでいて、整備工たちが忙しなく動き回っている。


 ルカたちはしばらく離れた場所で様子を窺ってみたが、整備工たち以外に出入りする人はほとんどいなかった。ラクダの代わりの便利な乗り物ができたとはいえ、一般の人々は破壊の眷属が蔓延はびこる砂漠に出ることは滅多にない。ゆえに砂上二輪を利用しようとするのはヴァルトロ兵か、砂漠に点在する小さな集落を行き来する商人くらいなものなのだろう。今のところソニアらしき姿は見当たらない。ただ、一台の砂上二輪は貸し出し中になっているようだ。


「もしかしてもうここにはいないのかな?」


「分からないな。でも、整備工の人たちに聞いてみれば行き先が分かるかも」


「そうね。話を聞いてみましょう」


「いや、ちょっと待って。何か様子が変だ」


 ルカがそう言ったのとほぼ同時、工場の奥で悲鳴が上がった。


「み、民族解放軍だーっ!!」


 叫ぶ声がしたかと思うと、工場の中で爆発が起こった。濁った色の爆煙がガレージから漏れ出し、中にいた人たちが這い出てくる。ルカたちはすぐさま駆け寄り、彼らの脱出を手伝った。けがをしている人にはユナの歌で傷を塞ぐ。


「あんたたち、は……?」


「通りすがりの旅人です。一体なにがあったんですか?」


「裏口から、突然民族解放軍の奴らが入ってきたんだ……。もしかしたら、砂上二輪を狙って……クソッ、工場長が、まだ中に……!」


 話を聞くと、多くの整備工たちは民族解放軍の三日月印を見て一斉に逃げ出したが、工場長だけは砂上二輪を守るためにその場から離れようとしなかったらしい。


 ユナはルカとアイラの方を見やる。二人は迷わず頷いた。


「その人を助けに行こう!」


「ええ!」


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