mission11-51 約束を果たす時



 ヒルダから送られてきた座標を頼りに、ルカたちを乗せた飛空艇はニヴル雪原の南方に着陸した。


 もともと連合軍の本部が置かれていたそこは、ヴァルトロ軍との戦いや屍兵による襲撃でボロボロになっていたが、仲間たちは健在だった。今は仮設の治療所として、ヴァルトロの兵士も含め負傷者の手当てを行なっているらしく、動ける者たちはせわしなく走り回っている。


 ノワールはルカたちの顔を見るなり、その長い腕で皆をぎゅっと抱き締めた。


「お前ら、よく無事で……!」


 ノワールの黒く長い髪は煤けて乱れており、着ている服は穴だらけで汚れている。連合軍の統率を任されていた彼も自ら武器を手に取り戦っていたことの証だろう。


 ひとしきり再会を喜んだ後、ルカは自信なさげにマティスが血判を押した公文書を見せた。


「おれたち、任務は果たしたよ。けど……」


 ルカの言葉の途中で、ノワールは全て言う必要はない、と首を横に振った。


「さっきヒルダっていうヴァルトロ軍の人が来て、だいたいの事情を教えてくれた。マティスとの戦いの途中でソニア・グラシールが離反して、敵味方関係なく屍兵たちをけしかけた、ってな。本当は破壊神鎮圧に向けてヴァルトロの協力を得られるのが理想だったんだが……仕方ないさ。そんなこと言っていられる状況じゃない」


 ノワールは時折暴風が吹き荒ぶ雪原の北方を見やる。今のヴァルトロ軍は屍兵たちから国を守るので精一杯だ。スヴェルト大陸には連合軍の戦える者だけで向かうしかない。


「大丈夫だよ、今のボクたちならね」


 聞き慣れた声がして、ルカははっと顔を上げる。


 ノワールの背後から姿を現したのは、ラウリーに肩を借りながらふらふらと歩く仮面の男。


「クレイジー!!」


 ルカはいてもたってもいられず彼に向かって駆けだした。


「アハハ、かっこ悪いなァ。ボロボロ泣いちゃってサ」


「うるさい……っ! あんな無茶なことして……もう二度と会えないかと思ったんだからな……!」


 ずずっと鼻水をすすって、クレイジーの怪我をしていない方の腕を叩く。そんなルカを見つめるクレイジーの表情はどこか普段よりも柔らかかった。


「ごめんごめん。けど、安心してよ。どうやらまだリアのとこに行くのは許してもらえなさそうだからサ」


「ほーう。俺らが駆けつけなきゃ本当に死んでたかもしれないってのに強気なこった」


 ラウリーはあごひげを撫でながら呆れたように笑って、肘でクレイジーの脇腹を小突く。「いだい!」と叫び声を上げて身をよじる彼はまるで子どものようであった。


「ラウリー、ありがとう。クレイジーを助けてくれて」


「礼はいらんよ。もともとこの任務はうちの女王様が言い出したことだし。な?」


 ラウリーがそう言って足元を見つめると、雪原に落ちた黒い影がぬっと伸び上がって人の形を成した。


「ハリブル!? あんたも来てたのか」


 つい先日まで敵対していた気まずさゆえか、ハリブルは腕を組んでぷいと顔を背ける。


「か、勘違いしないでよねっ。あたしはただ、先輩がぽっと出のフリームスルス族なんかになぶり殺されるのがちっとも悲劇的じゃないなと思っただけで? なんだかんだ先輩がいなくなっちゃうとエルメ様が悲しまれるし? ラウリー先輩とシリーだけじゃ心配だから付いていっただけで?」


「ハハ、素直じゃないねェ」


「ハリブルもお前だけには言われたくないだろうよ」


「まったくその通りですっ!」


 三代の仮面舞踏会ヴェル・ムスケによって交わされるテンポのいい掛け合いが、疲れた身体に心地よく響く。


 あたりを見渡せば、グレンやジューダス、覇者の砦を目指す途中で別れた者たちは皆ここに集まっていた。怪我の程度は様々だが、今はひとまず生きて再び会えたことが何よりも嬉しい。


 胸のつかえがとれて、身体が軽い。


 ただもう一つ、ルカにはこの地でやり残したことがある。


 ルカはくるりと後ろを振り返った。ふと、ユナと目が合う。彼女はきょとんとしていたが、「あの約束」のことはもちろん忘れたわけではないだろう。


「ユナ。……それにみんな。話があるんだ。今夜飛空艇で……いいかな?」






 屍兵たちの対処はヴァルトロ軍と連合軍の一部の面々に託し、義賊ブラック・クロスの面々とドーハは飛空艇に乗り込んだ。


 目指す先はスヴェルト大陸。


 日が落ちる頃には飛空艇はすでにニヴルヘイム大陸の上空を抜け、海上を進んでいた。


 操縦はウラノスとドーハが担っている。相変わらずウラノスはずっと上の空の状態で、飛空艇を操作する以外の反応はない。彼女一人で操縦はできるのだが、やはり心配なのでドーハは側についていることにした。単純に容態が気がかりなだけでなく、未だに敵か味方かよく分からない存在の見張りも兼ねてである。


 ルカたちは飛空艇内に設えられた簡易なバーに集まった。もちろんバーテンダーはいないのだが、クレイジーやターニャは自分で酒棚に並べられたボトルから吟味してグラスに注ぎだした。


「もう、緊張感ないんだから」


 シアンは小言を言ったが、「まぁ、俺たちが緊張しても仕方ないだろ」とノワールになだめられて黙りこむ。


 確かにその通りだ。


 さっきから張り詰めた表情を浮かべ、話し出すタイミングを窺っているルカを見れば分かる。


 そして、その様子を心配そうに見守っているユナも。


 せめて周りが空気を緩めてやらなければ息がつまりそうだ。クレイジーやターニャもそう思ってのことだろう……と、信じたい。


 アイラは一人少し離れた席に腰掛けながら煙草の煙をくゆらせていた。平静を装ってはいるが、彼女もまた内心穏やかではなかった。ソニアの裏切りを知ってからずっと脈がどくどくと乱れ打っている。今は誰かと話しても何も頭に入って来なさそうではあるが、それでも一人で部屋にこもっているよりはましだと思い、ここにいる。


 壁に掛けられた時計から鐘の音が鳴った。長針がちょうど一番上を指している。どうやら一時間ごとに時間を告げる仕組みらしい。


 ルカはその鐘の音に促されるように、口を開いた。


「みんなに……ずっと黙っていたことがある」


 その場にいる全員の視線がルカに向けられる。


 ルカが言い出さなくても、皆何のことかは察しがついていた。


 クロノスの神石の"神格化"の力のこと。


 いつからかルカが使うようになったその力の正体と、彼が支払った代償について。


「これまで打ち明けなかったのは……単純に、おれはこの話をするのが怖かったんだ。みんなとの関係が変わること、クロノスの力が得体の知れない敵に嗅ぎ付けられること……とにかく色んなことが怖くて黙ってた」


 だけど、と付け加える。


 ルカはまぶたを閉じて思い浮かべていた。


 クレイジーが、「ルカ・イージス」でなくなっても師弟関係は変わらないと言ってくれたこと。


 ユナが、ルカが変わるなら一緒に変わる、受け入れられるように強くなると言ってくれたこと。


 仲間たちの言葉一つ一つが支えてくれている。


 だから。


「破壊神との戦いに臨む前に、ちゃんと話をしたいと思ったんだ」


 ルカは胸元のネックレスを手に取る。


 黒の十字にはめられた紫色の宝石が、室内の照明に反射して煌めいた。


 神石クロノス。


 三年前にルカが目覚めた時からずっと共に旅をしてきた。


 他の神石とは違い、呼びかけても答えてくれないことをずっと不思議に思っていた。無口な性格か、あるいはルカのことを嫌っているのかと、そう思ったこともあった。


 だが、それはとんだ思い違いだったのだ。




「"神格化"の力は……使わけじゃない。本当は、使って言ったほうが正しい」




 仲間たちが息を飲むのが聞こえる。


 ここまで話したらもう、後戻りはできない。


 ルカは深呼吸をして自らを落ち着けると、すぐ近くに座るユナの目を見て告げた。




「……おれの本当の名前は『時の神クロノス』。ルカでもキーノでもない——神石に宿っていた神格なんだ」






*mission11 Complete!!*


十一章完結、ここまでご愛読ありがとうございます。

十二章構想のため、二回分更新をお休みします。

次の更新は8/31(土)です。お楽しみに!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る