mission11-27 迷える女子会
ユナとターニャは街の中央通り沿いにある三階建ての大きな居酒屋「フィーストボード」の中にいた。夕食を食べた後というのもあって特に店選びにこだわりはなかったのだが、ここニヴルヘイムの郷土料理を多く出している店と聞いて興味を惹かれたのだ。
だが、入ってすぐ、二人は大いに後悔する羽目になる。
「うわぁぁぁ……ごちそうが、いっぱい……!」
店の中央にどんと置かれた分厚い木材の長机。その上には、色とりどりの料理が大皿に乗って並べられている。
ピクルスや干したフルーツなどをクリームチーズと共にクラッカーの上に乗せた一口で食べられるおつまみから、リンデン湖で水揚げされた魚の塩漬け、ベリージャムを添えたミートボール、肉をじゃがいもの衣で包んだ饅頭、野菜を練りこんだパン、そして温かいチーズケーキ、クリームをたっぷりをパイ生地でに挟んだシュー菓子……。
「これ、本当に全部食べ放題なの?」
さすがのターニャも唖然としていた。
この店では千五百ソルのチャージ料を支払った後、自席の卓上に積まれた卓上の皿がなくなるまではどれだけ料理をとっても構わないというのだ。
宿の食事も美味しかったが、我慢すれば良かったと思わずにはいられない。
今まで様々な地域の飲食店に入ったが、こういう自分で好きなだけ料理を取ってこられる形式の店は二人とも初めてだった。
食べ放題、というのは子どもも大人も誰しも心踊るものなのだろう。店内にはこの街に住む家族連れや、ヴァルトロ兵のグループ、あるいはよその国からやってきた交易商人たちで溢れかえっていて、和気あいあいと楽しそうに料理を皿にとっている。
「……ほら、フロワも言ってたじゃん。『あめ玉一粒、しかばね一つ』って」
「戦いの前には食糧を惜しむな、だよね」
ユナとターニャは互いに目を合わせてくすりと笑う。そう、今は二人きり。他に見ている者はいない。卓上の皿を手に取ると、弾んだ足取りで料理の並べられたテーブルへと向かうのだった。
「で、結局ユナは
「えっ!? ゴホッガホッ」
キンと冷えたピルスナーを五杯。楽々と飲みきってすでに次の一杯を注文しているターニャが突然に切り出した。心の準備ができていなかったユナは食べていたパンを喉に詰まらせてむせる。
「あはは、動揺しちゃって。初々しいよねぇ」
卓上に頬杖をつき、ターニャはニヤニヤと笑う。
「か、からかわないでよ」
「別にいいじゃん。君らがなかなかくっつかないのにやきもきしてる側の身にもなってよね」
「うう……」
直球なターニャの言葉に、恥ずかしくて顔から湯気が噴き出すかのようだ。
「正直言ってさぁ、ルカってけっこう面倒くさい男だと思わない?」
「え、そうかな……」
「そうだよ! 興味本位で突っ走るし、わりとしつこいし、他人のことには色々口出すのに自分のことは話さないじゃん。そんな男のどこがいいわけ?」
「それは……」
普段なら自分ごとのようにしゅんとして聞き入れてしまうところだが、アルコールも手伝ってかユナはむっと頰を膨らます。
「でも、そこがルカのいいところなんだよ」
「えー?」
「行動力があって、納得いくところまで諦めなくて、仲間想いで。だから今までの旅で色んな任務をこなしてこれたし、出会った人たちにも好かれてて……」
「ふーん、それで?」
煽るようなターニャの相槌。ユナは口調を早める。
「とにかく! だから私はルカのことが好——」
そこまで言いかけて、ユナは口をつぐむ。ターニャの悪戯な笑みに気付いたからだ。
「……もしかして、私はめられた?」
涙声で尋ねると、ターニャはついに堪えきれなくなったのか腹を抱えて笑いだした。
「ひ、ひどい……ターニャのいじわる……!」
「ごめん、ごめんて! だって必死にあいつのこと庇うユナがかわいいからさ、つい」
「ううううううう……」
「でもそんだけ一途な気持ちがあるんなら、もう告白しちゃえばいいじゃん。あいつだってその方が嬉しいんじゃない」
ターニャの言葉に悪気はないのは分かっている。
それでも素直には飲み込めず、ユナは俯くしかなかった。
「……ルカは、私の気持ちに気づいてると思うよ」
「え? じゃあ知った上で放置してるってこと?」
信じらんない、と声を荒げるターニャに、ユナは昨晩のリンデン湖の湖畔での出来事を話した。
“神格化”のことで、ルカは何か秘密を抱えているということ。そして彼は仲間との関係性が変わることや、見えない敵——破壊神の逃亡に手を貸した存在——に情報が伝わることを恐れて話せないでいること。
「で、ユナがほぼ告白同然の言葉をかけてやったにも関わらず、あいつの答えは『キーノのことも忘れないでやってくれ』?」
「うん……。改めて考えてみると、私完全に振られてるよね……」
言葉にしてみて、一層落ち込む。
はああああ、とターニャは長い溜息を吐くと、酒の入ったグラスを一気に空にした。
黒目がちの大きな瞳がじっとユナを見つめて、怪訝そうに呟く。
「あいつ、馬鹿なの?」
「うん……」
「っていうか、あたしの周りの男どもって、どうしてこう馬鹿ばっかり……」
「うん……」
「だいたい勘違いしてるんだよね。ウーズレイもそうだけど、自分がいなくなった時のことばっかり考えちゃってさ」
「うん……」
「そうじゃないんだよ、そうじゃなくて……! カッコつけなくてもいいから、ずっと近くにいてくれればそれでいいのに」
「ほんっっっっと、よくわかります!!」
ドン、と顔の大きさくらいはあるジョッキを勢いよく置かれ、テーブルの上の皿が跳ねる。それは、ターニャでもユナでも店員でもなく……。
「ヒルダさん?」
ずいぶんと酒が回っているのか、赤ら顔で……そして瞳に涙を浮かべているヒルダが横に立っていた。
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