mission11-17 顕現する巨人



 その頃、ニヴル雪原のヴァルトロ本陣——。


 開戦宣言を行った将校は、今は作戦会議の机上に映し出されたホログラムに向かって敬礼していた。覇者の砦に待機するキリからの通信が入ったのだ。


『おかしいですねぇ』


 キリの冷笑に将校の額には脂汗が浮かぶ。


『一番に止めなければいけないルカ・イージスやドーハ様たちの動向を把握できていないとはどういうことです?』


「も、申し訳ございません! ただ、東の針葉樹林に忍ばせていたスーネ村の獣使いたちから彼らとの交戦を開始したとの連絡がありまして、人数も元々の報告に相違ないと……」


 開戦宣言の時の高圧的な態度はどこへやら、だいの大人が少年参謀に対してたどたどしく弁解した。その様子を面白がるように、キリはニヤニヤと笑っている。


『甘い、甘い。スーネ村の者たちが強者揃いなのは分かりますが、人数が少なくこういう集団戦には慣れていない。敵の人数を削るくらいはできるでしょうが、完全な足止めは無理でしょう。間違いなく、こちらの陣の中域に侵入を許してしまうでしょうねぇ』


 やれやれとわざとらしくため息を吐くキリ。将校は唇を噛み、ごくりと唾を飲む。もしこの戦いでキリから無能と判断されたらどうなるか。残忍な性格の彼のことだ、ただ降格、追放で済まないことは歴代の上官たちを見て知っている。


 将校は意を決した。


 周囲の兵士たちはぎょっとして目を疑う。


 普段はプライドの高い将校が、人目を気にせずキリに向かって土下座したからだ。


「なんとしてでも敵を覇者の砦に入れるわけにはいきません……! しかし、敵も策を凝らしております……キリ様、どうか本官にお知恵をお貸しください……!」


 するとキリは腹を抱えて笑いだした。


『キャハハハハハ! いいですねぇ、素直な愚か者は嫌いではありませんよ……。生粋のヴァルトロ生まれなら捨て置くところかもしれませんが、あいにく僕はそうではないのでね。それに、少しも欲しかったところですし』


 ホログラムのキリが天秤の杖を振るう。その瞬間、連合軍の本陣の方で小豆色と焦茶色の光の柱が立ち昇った。






 針葉樹林を抜け、ニヴル雪原の北部へと入ったルカたち。そこは敵陣営の真っ只中だ。初めは彼らが突然現れたことに戸惑っていたヴァルトロ兵たちであったが、さすがは戦いに慣れた戦闘集団、すぐに状況を飲み込み、最新鋭の火器を使った攻撃を一斉に仕掛けてきた。


 飛び交う銃弾の中、ルカたちは極力防衛、回避に徹した。ここで応戦して体力を削られるわけにはいかない。それに立ち止まればその間に取り囲まれてより一層先を進むのが難しくなるだけだ。


 だが、それでも一人、一人とニヴルトナカイがやられたり、自ら傷を負ったりしてその場に残らざるを得ない者たちもいた。中にはルカたちを庇って離脱した者もいる。


 なんとか激戦区を超えた頃には、最初に出発した人数の半分以下になっていた。今はルカたち覇者の砦を目指すメンバーがグレンを除いて七人。そしてミトス神兵団が十五人。


「心配しなくても大丈夫ですよ。残ったのは全員神石を扱える精鋭たちです。予定通り、この先に待つフリームスルス族との戦いは私たちにお任せください」


 ジューダスはそう言ったが、精鋭と言ってもここまで来るのに何度か神石を使って体力を消費しているし、重傷ではないにしろ全員少なからず負傷はしている。


 他の連合軍の兵士たちはニヴル雪原の中央部で交戦が激化しており、ルカたちがいる場所まで進軍するのには時間がかかりそうだ。


「それにしてもやけに静かね。この辺りには兵を配置していないのかしら……」


 アイラは周囲を見回して呟いた。彼女の言う通り、銃撃戦の激しい場所を抜けてからというものやけにがらんとしてほとんど敵兵の姿が見えなかった。


「だからこそ、油断しないほうがいいかもしれないけどねェ」


「どういうこと?」


 珍しく声に緊張がこもっているクレイジーにアイラは聞き返す。


「開戦の前にリュウ、ドーハと一緒に偵察したんだ。その時は、この辺りにフリームスルス族の陣があってサ」


 だが、巨大な体躯を持つはずの霧氷の巨人の姿は今はどこにもない。


「軍の中で統制が取れていない可能性は? 彼らはもともとヴァルトロに従っていたわけではないんでしょう」


 前向きに捉えようとするジューダスであったが、その直後に希望はあっさりと打ち砕かれた。


 急にあたりがしんと冷え始め、地面から白い霧が湧きたち始める。


「……来るぞ」


 リュウの言葉と同時、地響きがし始めルカたちはそれぞれ武器を構えた。パキパキと何かが凍っていくような音がいくつも聞こえ、やがて霧の向こうに巨大な影が次々と現れる。


 そのうちの一体が、大きく咆哮をあげた。それはすさぶ吹雪のような無機質な音で、他の個体も合唱するようにして叫ぶ。


 白い霧が徐々に晴れていく。


 顕現した霧氷の巨人たちの姿に、ルカたちは息を飲んだ。


「あれが、フリームスルス族……!?」


 背丈は小さい個体でも人の数倍以上あり、形状は様々だ。人と同じ二足歩行の形をしているものもいれば、腕が長くだらりと地面についているもの、あるいは腕がなく足が何本もあるものもいる。いずれも全身氷でできていて、透けて見える体内の赤い光を核として身体を成している。


 中でもひときわ大きな個体がドスンと地面に腕をついた。彼が腕をゆっくりと持ち上げるとともに、パキパキと雪原が隆起していく。そして徐々に巨大な槍のような形に変化きていった。


 巨人は身体を起こし、目と言えるのか分からないが頭部にある二つの光をぎょろりとルカたちに向けた。


「このような者共が戦神マティスに挑むとは——笑止!」


 槍を宙に向かって放つ。


 巨人がひとつ足踏みすると、空からいくつもの氷柱が襲いかかってきた。そしてカッと口を開け、突き刺さるような冷気による追撃。


「この地に足を踏み入れたことこそ運の尽き……一人残らず食ろうてやるわ!」


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