mission11-15 そぞろな前線



 決戦の日。


 天気は稀に見る快晴で、太陽の光が雪に反射し散りばめられた宝石のごとくきらめく。


 視界が良くなった分、ニヴル雪原に陣を構えるヴァルトロ軍がいかに軍備を揃えて開戦の時を待っているかもはっきりと見えた。


 壮観。


 思わずそう思ってしまうほど、兵たちが整然と並び、短期間で築かれたとは思えないくらい堅牢な砦がいくつもそびえていた。


 前線に立つ兵士は千、いや二千はいるだろうか。皆、漆黒の鎧『骸装がいそうアキレウス』を身にまとっている。スウェント坑道最奥部で見たVER.2バージョンツーではないようだが、たった一人でも十分な戦力を誇る鎧があれだけの人数で一斉に襲いかかってきたらどうなるのか。考えるだけで身の毛がよだつ。


 そして、脅威はそれだけではない。


 前線部隊の後方には雪原を移動するのに最適化された装甲車、最新式の銃を構えた歩兵隊、砦に設置された砲台、そしてそれらの部隊を切り抜けた先には霧氷の巨人が待ち受ける。ニヴル雪原で立ちはだかるヴァルトロ兵の数は総勢三万は超えるだろう。


 対し、義賊ブラック・クロスのリーダー、ノワールを将とした連合軍の人数は現時点で六千届くか否か。これから応援部隊が到着する予定ではあるが、異国の地であるがゆえに実戦部隊以上に補給人員が必要で、人数を増やせば増やすほど補給の負担は大きくなる。ノワールが敵方との交戦ではなく、ルカたち覇者の砦を目指すメンバーの護衛を最優先としたのにはそういう背景もあった。


 雪原の上で睨み合う両軍。


 フロワが告げた戦いの時まであとわずか。


 ユナは自陣にしつらえられた見張り台の上で、遠くにそびえる覇者の砦を見つめた。ヴァルトロ四神将や覇王マティスはおそらく雪原までは出てこないだろう。あの砦の中で待ち構えている。自分たちの任務はこの戦場を切り抜け、あの場所までたどり着くことだ。道のりは遠く、立ちはだかる敵も多い。しっかりと気を引き締めなければいけない。……なのに。


「ヒドイ顔だねェ」


 いつの間にか隣に来ていたクレイジーが、ユナの顔を見てけらけらと笑った。


 普段ならギョッとするところだが、今はそうする気力もなく、ユナは小さくため息を吐くだけだ。


「おやおや、元気ないなァ。昨日は眠れなかったのかい?」


「ええ、まぁ……」


 ルカとあんな話をした後で、眠れるわけがなかった。


 キーノが近いうちに戻ってくる。


 それは一体どういう意味なのか、尋ねてもルカは答えてはくれなかった。


 結局何もかも分からずじまいで、ここ最近はルカとの距離がどんどん離れている気がする。


 そうやって考えれば考えるほどますます不安な気持ちが降り積もってきて、結局そのまま朝になってしまったのである。


「クレイジーさん」


「ん」


「ルカから、何か聞いてますか?」


 クレイジーは首を横に振った。


「いいや、なんにも。教えてくれないんだもん、あの子」


 彼は子どもが拗ねるように口を尖らせる。


「クレイジーさんもですか……」


ってことは、君も何も聞いてないの?」


 ユナが頷くと、クレイジーは聞いたことのないくらい大きなため息を吐き出した。


「何やってんだろ、ルカ。ちゃんと話せって言ったのに」


 じゃあ一体何を話したんだいと尋ねられ、ユナは昨晩の会話の内容を包み隠さず伝えた。クレイジーは自分から聞いた割に途中まであまり関心のなさそうな態度をとっていたが、話の終わりになってようやく眉をぴくりと動かす。


「キーノってのは、君の幼馴染のことだったよね」


「はい。見た目はルカとそっくりで……ただ、本当ならもう少し年上のはずなんですけど」


 クレイジーはうーんと首を横にひねる。


「いや、実はちょっと気になってたんだ。”神格化”ってのは共鳴者の共鳴者たり得るものを代償として捧げるんでしょ? 前にルカと話した時に、その代償ってのが『記憶喪失であること』なんじゃないかって聞いたみたのサ。ま、本人は否定も肯定もしなかったし、なくしてたものを取り戻すことが代償だなんて、変な話だけどねェ」


「ルカが記憶を取り戻したから、キーノが帰ってくるってことでしょうか……?」


「さて、ね。ただ、それが正しいとすると今のルカは一体何者なんだってなっちゃうでしょ」


「そうですね……。ただ私、前からずっと思ってたことがあって」


「なんだい」


「うまく理由は説明できないんですけど……ルカとキーノは別人のような気がするんです。だから、ルカが記憶を取り戻したからって、それがキーノが帰ってくることにつながるようには思えなくて」


 クレイジーは一瞬きょとんとした表情を浮かべていたが、やがて合点がいったのか「なるほど」と呟く。


「ユナ。君は、もしかして——」


 クレイジーが何か言いかけたその時、銅鑼どらを叩いたような音が轟いた。ヴァルトロの陣営の方からだ。


「そろそろ時間みたいだね」


「はい」


 見張り台の足元を見やると、こちらの陣営の面々も慌ただしく武器を手に取ったり、位置についたりとざわざわと動き始めていた。


 その中でノワールが仲間たちを呼ぶ声が聞こえる。


「私たちも行きましょうか」


 はしごを伝って見張り台から降りようとすると、クレイジーがすっと手を伸ばしてユナの着ているローブのフードを頭に被せた。


「忘れてるよ」


「あ……そうでした」


 クレイジーはニコッと微笑むと、自らもフードを深く被った。ユナと同じ、ニヴルウルフの毛皮で作られたベージュのローブ。クレイジーだけでなく、前線に立つ連合軍の兵士の多くが同じローブを羽織っている。


 いよいよ、作戦開始だ。


 ユナはごくりと唾を飲み込んだ。


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