mission10-21 災いを鎮める宝具
リュウの実家に着くと、そこはルカたちが出かける前にいたのと同じ場所とは思えないくらいに散らかっていた。
テオがああでもないこうでもないとブツブツ呟きながら家中の本を引っ張りだしては床に放っている。その横にいるターニャが呆れた表情を浮かべながら本をしまっているが、どう考えてもテオが散らかす速度の方が早い。
「……うーんどこだったかな、『不死鳥の
「おーい、テオさん」
「……いや、違うな。当時の歴史書にはルーフェイ王家の奇跡について記述が浅いんだった。詳しくは百年後に刊行された『ルーフェイ王家史実・序』の第三章に……」
「テオさん、テオさんってば!」
テオはルカが耳元で叫んだことでようやく彼らが家に入ってきたことに気づいたようだった。ルカたちの姿を見るなり、ほっと表情を緩ませる。
「おお、みんな戻ってきたんだね。ヴァルトロの兵士たちが退いたのを見て君たちが成し遂げたのは分かっていたけれど……本当にありがとう! よくやってくれた!」
テオは嬉しそうにぽんぽんとルカの肩を叩く。そしてふと人数が少ないことに気づいた。
「おや、リュウとグレンくんは?」
「二人とも無事だよ。リュウは途中で他の鬼人族に声をかけられて宴の方に参加してる。グレンも宴の料理に使われてる酒と香辛料が気になるとか言って、ミハエルと一緒に炊事場の方に行っちゃった」
「そうかそうか。とにかく、二人とも里に戻ってきているなら良かった」
テオはそう言って手に取っていた本を閉じ、ルカたちに座るよう促した。……と言っても、座る場所などすでにないほどに散らかっていて、先に片付けを済ませなければいけなかったが。
ようやく座るスペースができると、ルカたちはテオとターニャにスウェント坑道の最奥部で何があったのかを話した。
ヴァルトロの狙いは火口付近の岩盤に含まれる焔流石だったこと。それを使って骸装アキレウスや自身の神器を強化していたこと。そして戦いの末、アランが自爆してスウェント坑道最奥部は崩落してしまったこと……。
「ごめん、テオさん。おれたち逃げるのに必死で、アランがすでに採掘したはずの焔流石を取り返すことはできなかったんだ」
ルカの言葉にテオは首を振った。
「気にしなくていいんだよ。どのみちすでに破壊されてしまった岩盤を修復することはできないからね。ひとまずヴァルトロ兵を追い出してこれ以上の破壊を防ぐことができた。それに誰一人欠けることなくみんな無事に戻ってきてくれた。充分すぎる成果だよ」
テオは穏やかな表情をルカたちに投げかけた後、足元に置かれている本を一冊拾い上げてページをぺらぺらとめくった。鉱石図鑑のようだ。
「それにしても焔流石か。まさかそれを武器の素材に使うなんて発想があったなんてね……僕もまだまだ勉強不足だなぁ」
「焔流石ってのは一体どんな鉱石なんだ?」
「黒流石と同じような形状記憶の性質を持ちながら、鉱石それ自体に人間が持つ神通力と近い性質のエネルギーを内包しているんだ」
テオの説明にユナははっと息を飲む。
「それってつまり、神器の素材にすれば黒流石よりも強い武器が作れるってことですか?」
「おそらくは、ね。武器については僕は門外漢だからあまり詳しいことは言えないけど……」
ルカはふと坑道最奥部でのアランの言葉を思い出す。彼は最初「ひと仕事終えた」と言っていた。つまりあの時点ですでに焔流石を使った作業は終えていて、アキレウスや自身の神器の強化テストはそのついでだったということだ。
彼にとってヴァルトロの兵器や自分の武器よりも大事なものといえば、一つしか思い当たらない。
「まさか、マティスの折れた大刀……?」
ヴァルトロの覇王マティスの大刀は、ジーゼルロックの封神殿によって折られている。アランがあの場にいた目的が、それを打ち直すためだったとしたら……
——ゴゴゴゴゴゴゴ……
急に地響きがして、ルカたちはその場に伏せた。乱雑に積まれていた本がバタバタと崩れ落ち、家の中に埃が舞う。
少し待っていると地響きはすぐに収まった。
「今のは……?」
ルカの問いに、テオは苦笑いを浮かべた。
「実はね、火山活動はまだ止まったわけじゃないんだ」
「え……!?」
だがよくよく考えてみれば、ヴァルトロ兵たちを追い出したのはあくまでこれ以上の刺激を火山に与えないためであって、火山活動を防ぐための対策ができたわけじゃない。
「あはは。ってことは、鬼人族たちが楽しそうにはしゃいでいるのは単に勝ったことを喜んでるだけじゃなくて、火山が噴火する前の最期のお楽しみ的な意味もあったのかな?」
冗談混じりのクレイジーの言葉に対して、テオは否定も肯定もしなかった。
「……もちろん、このままではいけないと思っている。だから今、過去の事例にのっとって何かできることはないかと文献を漁っていたのだけど——」
するとターニャが突然「あ!」と声をあげた。彼女が手に取っているのは先ほどの地響きで本棚の上から落ちてきた埃まみれの本だ。
「テオさんが探してた本、これだったりして」
ターニャはそう言って本の表紙の埃を拭う。
そこには『ルーフェイ王家史実・序』と書かれていた。
「ああ、それだよそれ!」
テオは目を輝かせてターニャから本を受け取ると、ぱらぱらとページをめくり始めた。
「史実によると過去の大噴火——『不死鳥の逆鱗』が起きた時に、ルーフェイ王家がとある奇跡によって災いを収め、民衆の支持を得たといわれている。確かその詳細がこの本に……」
やがてテオはページをめくる手を止め、「あった!」と小さく叫んだ。
「これだ……! 『艶かしき皇女、前へ進みて曰く、不死鳥よ、太陽神もお怒りぞ、岩戸にて己が業を恥ずべし、と。皇女、
「ほーう。八咫の鏡、ねェ……」
「クレイジー、何か知ってるのか?」
「まァ、ちょっとだけね。八咫の鏡は王家の中でも鏡に素質を認められたものしか触れることができないと言われる宝具なんだ。ボクも実物はほとんど見たことがないけど、今の女王・エルメが持っていると聞いたことがある」
クレイジーの話にルカとユナは顔を見合わせた。
「エルメ女王が持っている鏡……それってもしかして」
「ああ、グレンが小さい頃に見たっていう破壊神を閉じ込めてた鏡のことじゃ……!?」
二人の話にテオは興味深そうに頷いた。
「なるほど、神をも閉じ込めてしまう奇跡の鏡か……。そんなものが存在するなんて信じがたいけれど、もし本当なら溶岩を飲み込んだって史実にも確証が持てる」
問題はその鏡を使わせてもらえるかどうか、だ。
破壊神信仰——破壊神による世界の崩壊を是とし、ゼロからのやり直しを期待する厭世主義的思想——に傾倒する王家が、そもそも火山の噴火を止めることに協力してくれるかどうかはかなり怪しい。
「おれたちが説得しに行くよ」
ルカがきっぱりとそう言った。
「どのみち俺たちの任務は中央都に行って王家が何を考えているか探ることだし、戦争止める以前に噴火が起きちゃったら意味ないもんな。そうだろ、クレイジー」
するとクレイジーはやれやれと溜息を吐きながら肩をすくめた。
「半分冗談のつもりだったのに、まさか本当にエルメに会いに行くことになるとはね。ま、いいよ。人手も多いことだし、そろそろ中央都に乗り込むとしますか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます