mission10-11 いざ火口へ
鬼人族たちは戦える者数人を里の守りとして残し、あとの者たちは皆ヴァルトロの兵士たちを追い払うべく火口付近に向かうことになった。屈強な彼らが一致団結して隊列を組む姿はまさに圧巻だ。
「あたしとミハエルは里の守りの方に加勢しようかな」
「! ターニャ、どうして……」
「君は磁場のせいでほとんど呪術が使えないんだろ? 無理についていっても足手まといだよ」
「そ、そんなっ……」
「で、君一人をお留守番させとくには心もとないからあたしがついててあげるってわけ。……ま、今はヴァルトロの奴らの顔を見た時に自分が何をしでかすかわからないってのもあるけどね」
ターニャは飄々とした口調でそう言ったが、やはりまだゼネアでソニアがやったことに対しての怒りは簡単に鎮火するものではないのだろう。
ミハエルは純粋な好奇心で火口付近を見たかったのだろうが、確かに戦闘必至のこの状況で呪術以外に戦う術を持たない彼を連れて行くのは危険だ。
「わかった。じゃあ行くのはおれとユナとリュウ、そしてクレイジーとグレンで合ってる?」
ルカが声をかけると四人は頷いた。特にリュウとグレンにとってはそれぞれの故郷の命運がかかっている。何としてでもヴァルトロの兵士たちをポイニクス霊山から追い出さなければいけない。
「いいねェ、故郷のために頑張るってのは。感動しちゃうね」
「そう言うあんたにとってもルーフェイは故郷だろ」
他人事のように言うクレイジーにルカが突っ込むが、彼は「はて」といった様子で首をかしげるだけだ。
「旅の途中の君たちまで巻き込んでしまって申し訳ないとは思っているよ。これが終わったらちゃんと相応のお礼をするからね」
テオの言葉に、クレイジーはにぃと口の端を吊り上げ、ぐいと迫った。
「そしたら、中央都への抜け道を教えてくれるってのはどう? 鬼人族だけが知ってる道があるんでしょ」
「ど、どうして抜け道のことを知って……!」
テオはたじろいだ。ただでさえ顔の上半分が仮面に隠されていて不気味なのに、人一倍背が高いせいで一層威圧感がある。成人男性の平均身長以下の小柄なテオにとっては、なおさらそう感じられただろう。
だが彼は冷静な大人だった。クレイジーが元・
「……分かった。君たちが他の人間に言いふらさないという条件なら教えるよ」
するとクレイジーは満足げにうなずいて身体を引いた。
「ふふ、交渉成立だねェ。やる気になってきた」
そう言って彼は背伸びをする。派手な服の袖の下から見える入れ墨に、先ほど儀式をめちゃくちゃにされたばかりの鬼人族たちは顔をしかめたがそんなことを気にするクレイジーではなかった。
「じゃ、行こっか。ボクたちの任務にとっては大いなる寄り道に」
「……クレイジー、少しでも協力する気があるならそういうこと言うのはやめよう、な?」
呆れたルカは師匠をたしなめるが、当の本人は「ええ〜、なんで〜?」と鬼人族たちからの非難の目すら楽しむかのように言うのであった。
ポイニクス霊山の火口に行くには、二つのルートがある。
一つは頂上まで行って火口まで下るルート。だが標高八千メートルもある山の頂上に到達するのは簡単な話ではないし、頂上から火口まではずっぽりと深く、そこから下るのは現実的ではないため、一般的に使われることはない。
もう一つが、中腹にある洞穴から山の内側を登るようにして火口につながるルートだ。その洞穴はルカたちが行きに使った転送術式から鬼人族の里までの道を少し引き返し、分岐路を進んだ場所にあった。
「山の内部は里よりも磁場が強い。住み着いている破壊の眷属の強さが桁違いになる一方で、呪術や神石の力は使いづらくなる。スウェント坑道の方へ抜けるまでは無理して戦わず、鬼人族のみんなを頼るように。いいね?」
洞穴に入る前にテオに念押され、ルカたちは頷いた。
確かに、洞穴の中に一歩足を踏み入れた瞬間、どこか空気が変わった気がした。
「なんか……身体が重い……」
ルカは同意を求めて仲間たちの顔を見やる。だが彼らは別の不調を感じていたようだ。
「別に身体はなんともないけど、あれだよな」
「うん、あれだね」
「ああ、あれだ」
「確かにあれだねェ」
「あれってなに!?」
しびれを切らして叫ぶルカに、ユナははっと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「そっか、ルカには分からないんだったね」
「そうそう。この子は自分の神石の声が聞こえないからねェ」
クレイジーがけらけらと馬鹿にするように笑う。どうやらルカ以外の共鳴者たちは自分の神石の声が聞こえづらくなったと感じたようだ。状態としてはシアン手製のシナジードリンクを飲んだ後の感覚に近いという。
「そう、なのか……」
全く実感のないルカは拗ねたように呟いた。こうも共鳴者たちが揃うと、いよいよ自分が仲間外れになったような気がしたからだ。
(仲間外れと言えば……)
ルカは父親の側を歩くリュウの背中を眺める。鬼人族の里の中で、ハーフなのはリュウだけだ。昔はなかなか周囲の鬼人族たちと馴染めなかったと聞く。だが今は何の気負いもなく里のために動こうとしているし、時折リュウの方から里の鬼人族たちに鬼人語で話しかけているのを見かけた。どちらかというと、里の鬼人族たちの方がリュウに対して気まずそうな雰囲気だ。
(あいつのああいうところ、たまに羨ましくなるんだよな)
対する自分は……と考えてルカは気が重くなった。なぜ自分だけ神石の声を聞くことができないのか、そして"時の追憶"によって見せられたものの意味とは何だったのか。自分について分からないことばかりなのに、何一つ前に進んでいない。
「考え事かい?」
いつの間にかクレイジーに顔を覗き込まれていたらしい。ルカはぎょっとして身を引く。
「なんでもないよ。なんでも……」
「ふーん。何か悩みごとあるんだったらちゃんと言いなよ。君はボクの息子みたいなもんなんだから」
「き、気持ち悪いこと言うなっ!」
ルカは憤慨して、クレイジーを振り切り前の方を歩くリュウの方へと合流する。
「やれやれ反抗期? ふふ、生きていたらあれくらいの歳だったのかなァ……」
すぐ後ろにいたユナは、クレイジーのどこか寂しげな呟きを聞いてしまった。後ろにユナがいることに気づいていたのかどうかは分からない。
「あの、クレイジーさん……?」
なんとなく心配になったユナは声をかけてみる。するとクレイジーはくるりと振り返り、穏やかに微笑んで口元に人差し指を立てた。秘密だよ、そう言うかのように。
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