mission9-2 数合わせ計画


 私は追ってくるじいやを振り切り、島の中心地に出た。


 この島に住んでいる人々は千人に満たないが、住宅と市場が一箇所に集中しているぶん活気はある。日が沈んで暗くなるまでは基本的に人通りが絶えることはなく賑やかだ。


 市場に立ち並ぶ店は主に四種類。


 漁師が獲った魚や島で育てた野菜を売る食材屋、近海の海藻の繊維を使って織られた布を売る反物たんもの屋、薬草を煎じて薬を売る薬屋、そして漂着物を使って生活用品を作ってくれる加工屋。


 その中でも私がよく立ち寄るのは加工屋だ。


「おう、ジーンぼっちゃん。今日の収穫はどうだい?」


「ガラス瓶とサンゴの欠片だ」


 私は今日浜辺で拾ったものを加工屋の親父に見せる。


「はーん、なかなかいいじゃねぇか。いまどき汚れのない素材は珍しいからなぁ」


 そう言って私の頭をわしわしと撫でる。ずいぶん前から子ども扱いしないでほしいと伝えているが、この親父は人の言うことを全く聞かない。


「……これでそなたに言われていた素材はすべて揃ったはずだ。前に注文したものはもうできているのか?」


 すると親父はにっと笑う。


「ああもちろんよ。ちょっと待ってな」


 親父は店の奥へと入っていくと、木箱を持って戻ってきた。


「なかなか作るの大変だったんだからな。大切にしてくれよ」


 渡された木箱を開けると、中には注文通りの品——世界地図をもとに作られた、ガラス製の球体の模型が入っていた。大陸の形が歪んでいたり、各地の位置が少しずつずれていたりと不恰好ではあるが、ほとんど書を読まず地理に詳しくない親父が作ったものにしては十分すぎる出来だ。


「さすがだな……感謝する」


「へへ、満足してもらえてよかったよ。俺にゃそいつの用途がよくわかんねぇけど、クロノ家のぼっちゃんにはクロノスの石を持って世界に出る使命があるもんな! 上手く役立ててくれよ!」


「……ああ、そうだな」


 親父は景気良く私の背中を叩く。本当はそんな高尚な目的ではなくて、単純に地図を立体にして眺めてみたいという好奇心で注文したのだとは、申し訳なくて言い出せる雰囲気ではない。


 背中を叩かれたせいか胸がつっかえるような感じがして、私はそそくさとその場を離れた。誰も見ていないのを確認して、家屋と家屋の隙間の物陰に入る。……もう限界だ。そこで思い切り咳込んだ。口内に錆びた鉄のような臭いが広がり、気分が悪くて吐きだした。血の混じった吐瀉としゃ物が地面にこぼれて行く。


 ああこれは……兄さまの病と全く同じ症状だ。


 最初は慢性的な悪寒、風邪、腹痛から始まり、徐々に体内の臓器が一つずつ死んでいく。兄さまも血を吐くようになってからは呼吸が苦しくて満足に活動できなくなる日々が続き、やがて体力が衰え、食事も満足に摂れないようになっていった。


 それにしても思っていたよりも進行が早い。どうやら私に残された時間は少ないらしい。


 そうと分かれば、こんなところでじっとしている場合ではない。私は立ち上がろうとして、どこからか話し声が聞こえることに気づいて身動きを止めた。耳を澄ませると、声は横の家の中から聞こえてくる。


「……在の島民たちの……を調べてみたのですが」


 それは横の家の主の声だった。彼は次の"天寿のせん"で儀式の進行役を担うことになっている。


「おおよそで……年、どう多めに……てもクロノスの…………には足りない見込みで……」


 声は壁に妨げられてはっきりとは聞こえない。


「……そうか。薄々は……できていたことだが」


 もう一人の声がして、私は身を縮こまらせる。これは父さまの声だ。なんと間の悪いことだろう。すぐにでもここを離れないと、私が血を吐いたことが知られてしまう。


 だが、そんな不安よりも家の中で交わされる会話の内容の方が気になって、私はその場に根を張ってしまったかのように動けなかった。


 島民たちを調べた?


 クロノスの何かに足りない見込み?


 もしや……”天寿の占”を行うまでもなく、現時点ですでにクロノス覚醒の儀式に必要な寿命の総和が足りないということか?


「して、いかが……ます? このまま儀式を……ば、民の不安が」


「当然…………事態だ。すぐさま例の術式を……し…………せよ」


 例の術式? 一体何のことだ。


 父さまの声は普段滅多に聞かない深刻な響きを伴っている。


「……りました。準備に……日、決行は三日後。海域は…………で大時化おおしけを……す。遭難者は厚く……し、島民と同等の……を……」


「細かいことは……る。とにかく……も早く……を集めよ。できるだけ若く寿命が……方が——」


 その時、再び胸が苦しくなって私は思わず大きく咳き込んでしまった。「誰か近くにいるな」「ええこの続きはまた今度」「私が外を見てこよう」そんな短い会話が聞こえてきて、私は慌ててその場を飛び出した。


 ……これは幼い頃じいやから聞いた話だ。この島の近海は大時化が発生することが多く、どれだけ強靭な船に乗っても無事でいられる可能性はかなり低い。だからこそ古のエリィの巫女は、外の世界の脅威が少ないこの場所をクロノスの神石を隠す場所に選んだのだと。


 だが私はずっと疑問に思っていたことがある。


 それならなぜ、この島の漁師は何不自由なく魚を獲ることができる?


 漁師たちが海難事故に遭ったという話など、今まで一度も聞いたことがない。


 不思議だとは思っていたが、今までその理由を深く考えることはなかった。


 だが、もしその大時化が、島の人間によってだったとしたら——


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