mission8-11 一番平等な場所



 突如ヨギとリュウが戦いをやめてしまったことで、ユナには再び会場中からブーイングが降り注いだが、彼女は気にせずヨギに順を追って説明した。


 イェレナ・バレンタインの木箱は、旅の途中で元〈チックィード〉のメイヤー夫人から預かったこと。


 自分たちは義賊の一員で、ヴァルトロとルーフェイの戦争を止めるため、ターニャに会って同盟の話を持ちかけようとしていたこと。


 そしてその最中さなか、イェレナの木箱をコゼットに盗まれてしまい、取り返すためにこのレースに参加したこと。


 ユナは一切包み隠さずに話した。


「待って、そんなに一気に話したら……」


 アイラは不安げにそう言ったが、ユナは話をやめなかった。


「私たちは争いをしに来たんじゃない、ターニャやあなたたちと仲間になるために来た。だから、隠しごとはしない方がいいと思うんだ。そうじゃないときっと、お互いを信用することができないから」


 ユナが一通り話し終えると、ヨギは深いため息を吐いてじっとコゼットの方を見た。


「……にしてもコゼット、なんで気づかなかった? これがイェレナさまの、ターニャねえちゃんにとって大事なものだってことに」


 ヨギの呆れたような声に、コゼットはびくりと肩を震わせる。今にも泣きだしそうな表情だ。


「だって、だって……わかるわけないじゃん……! あたし文字読めないんだもん! こいつらが持ってた荷物の中じゃ、これが一番高そうだなって思って……!」


 そう言ってコゼットはばっと自分のスカートをめくりあげた。スカートは二重構造になっていたようだ。隙間にくくりつけられていたルカたちの荷物がどさどさと地面に落ちる。


 それを見て、ヨギはやれやれと肩をすくめた。


「……ったく。オレ様はこの街で『盗みはダメだ』なんてことを言うつもりはねぇよ。ただ、自分で価値がわからねぇようなものを盗むなんてのは三流がやることだ。コゼット、お前は盗みは向いてねぇ」


 はっきりとヨギに言われ、コゼットは肩を落として俯いた。ぽたぽたと雫が地面に落ちていく。


「分かってるわよ……けど、うちは貧乏だから、盗みでもしなきゃ食べていけないの……!」


「そんなことないだろ」


 ルカはそう言って、自分の荷物をごそごそと漁ると、ソル金貨の入った皮袋を取り出してコゼットに渡した。


 皮袋の中身を覗いたコゼットは驚いて目を丸くする。


「嘘……三千ソルって……! 何これ、一体どういうつもり……!?」


「食事代だよ。親父さんの料理、すっごい美味しかった。繁盛してないのがおかしいくらいだ。けど、あんたに荷物を盗られてちゃんとお代を払えなかったからさ、ちゃんと渡しといてくれないか」


 そう言うと、コゼットは顔を上げて涙目ながらルカを睨んできた。


「あんたどうかしてるわよ! 普通、盗んだ相手にお金渡す? あたしたちのこと元〈チックィード〉だからってバカにしてるんじゃないでしょうね!?」


「コゼット」


「ヨギ様、でも……!」


「お前こそ相手をバカにしてんじゃねぇよ。こいつらの目をちゃんと見てみろ。本気でお前の父ちゃんの料理をほめてんだ。勝手に決めつけて受け取ってやらねぇのは、それこそ差別ってやつじゃねぇのかよ」


「うっ……」


 ヨギにたしなめられ、コゼットはいたたまれなくなったらしい。


「と、とにかく! これはありがたく受け取っておくけど、後悔しても知らないわよ! ゼネアの街に『恩返し』なんて言葉はないんだから!」


 そう言ってルカが渡した皮袋を大事そうに抱え、走って競馬場の外へと出て行ってしまった。去り際に、ユナに向かって「ドロボウ猫!」とののしりながら。


「まったく、それはこっちの台詞よ……」


 やつれた表情でアイラが呟く。


 だが、ユナは少しだけ安心していた。あのたくましさがあるからこそ、この街で上手くやっていけるのだ。自分たちが少し干渉しただけで折れるような人間ではない。それこそまるで野花のように、しっかりと根を張って生きることに正直な人々。それがゼネアの街の人々なのだ。


 コゼットがいなくなる頃には、観客たちの熱もすっかり冷め切って、徐々に会場から出始めていた。いよいよ本題を話そうというところで、ヨギはすたすた出口に向かって歩き始めた。先ほどユナを連れて行こうとしていた方向だ。


「おい、どこ行くんだよ! 話はまだ——」


 ルカが引き留めようとすると、ヨギはくるりと振り返って言った。


「なにぼーっと突っ立ってやがる。ターニャねえちゃんに会いたいんだろ? だったらさっさとついてこいよ」


「それじゃ……!」


「おっと、勘違いするなよ。オレ様はまだあんたらのこと信用したわけじゃねぇ。同盟とか難しいことはよくわかんねぇしよ。ただ、ターニャねえちゃんのとこに案内してやるくらいはいいかなと思っただけだ。あんたらを信じたメイヤーさんたちと、この子の勇気に免じて、な」


 ヨギはそう言ってユナの方をちらと見ると、また進んでいた方向に向き直って歩き出した。






 競馬場を出た後、ヨギが向かったのは街の北東部へつながる薄暗く狭い通りだった。この辺りは他の地域に比べると一層治安が悪そうだ。しばらく歩くと、やがて目の前には墓地が現れた。墓地といっても、まともな墓石は一つもなく、木組みの十字架が点在している簡素な墓ばかりだ。名前すら刻まれていないものも多く、どこが誰の墓なのかは区別できそうにない。


 唖然とするルカたちを見て、ヨギはけらけらと笑った。


「こう見えてな、ここはある意味、ゼネアの中で一番平等な場所なんだぜ」


「どういうこと?」


「ここはもともと〈チックィード〉の墓地なんだけど、革命の時に貴族や王族どもがたくさん死んでよ。別に丁寧に弔ってやる義理もなかったから、死体が腐る前に適当にここに埋めることにしたんだ。要するに、支配する側も、支配される側も、今やみんな仲良くここで眠ってるってわけ」


 ヨギは軽い調子でそう言ったが、ルカたちはとても笑う気分にはなれなかった。


 王に処刑された貴族は、〈チックィード〉の手によってブランク山地の山頂に弔われていた。方や、王に従ったはずの王族や貴族たちはこうして名もなき墓に押し込められている。


(死んだ後のことは自分では選べない……結局生き延びたやつ次第なんだよな)


 ルカは何の気もなしにそんなことを思って、ハッと我に返った。


 自分が命を奪った時の島の人々。すでに死しているはずの彼らの精神は、なぜかクロノスの神石の中に宿り続けている。力を使うことで彼らを解き放つのか、いつまでも神石の中に閉じ込めておくのかは、すべて自分次第だ。


(人の命を背負うってのは、厄介なことだよな)


 ルカは墓地の向こう、川を隔てたところにそびえる王城を眺める。


(なぁ、あんたはどう思ってるんだ? ターニャ・バレンタイン)


 ターニャと自分は似ている。たくさんのごうを背負って、それでも生き延びているもの同士だ。


 だが、自分が命を奪ったものたちの分まで誰かを救いたいルカに対し、ターニャは「意見が合わない」と言って跳ねのけた。


 そんな彼女と同盟など組むことができるのだろうか。


 ヨギが墓地の中央にあった岩をどかすと、そこに地下に続く通路が現れた。どうやらこの先が王城につながっているらしい。


 少しずつターニャに近づいている。だが一方で、ルカの中の不安は徐々に大きくなってきていた。



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