mission7-38 ジョーヌのキャンプ
登山道から外れ、廃棄されたガーライト鉱石が山積みにされた場所の隙間を縫うように歩いていくと、やがて前方にくすんだ黄色の三角テントが見えてきた。
「見た目はアレだが中はちゃんと清潔だから安心してくれ」
ジョーヌはそう言ってテントの中に入っていく。ルカたちも続いて入った。
内部は思ったより広く、六人が雑魚寝をしてもまだあまりそうなスペースがある。赤い絨毯が敷かれ、木製の本棚や洋服箪笥、それに寒さをしのぐためのストーブなどの家具が揃っていて、案外生活感のある空間だ。
ジョーヌの言う通り、内部は清潔……というより家具一つ一つキャンプらしからぬ高級感に溢れていて、彼が身分の高い人間であることを思い出させる。
「ジョーヌはもともと、この辺りに土地を持っていた貴族の出なのよね?」
シアンがそう言うと、ジョーヌは照れ臭そうに笑った。
「貴族というほどのものじゃないさ。リシュリュー家はエルロンドとガルダストリア両国にルーツを持つ、まぁそこそこに由緒正しい家柄だったというだけ。恩恵といえば父親の代に両国の同盟関係が結ばれ、外交面で重宝してもらったくらいだね。それに私自身は若い頃に父親と喧嘩して勘当されて、しばらくナスカ=エラのミトス神教会に身を寄せていた人間だ。ほら、今や老いぼれた逃亡の身。貴族の面影なんて無いだろう?」
とは言うものの、やはりジョーヌの立ち居振る舞いはどこか育ちの良さを感じさせるものがある。
「ナスカ=エラでは何を?」
「ヴァスカランの学府で勉強して、それから神教会の上級神官になった。しばらくは先の大巫女マグダラ様にお仕えしていたよ」
「マグダラ様に!?」
ルカたちは顔を見合わせる。ガルダストリアの元宰相だと知った時も驚いたが、ミトス神教会の上級神官と言えば神官長アディールの次にあたる地位で、有数のエリートしかその座につけないはずだ。
「ジョーヌさん、すごい人だったんだな……そのまま神教会にいようとは思わなかったの?」
「元々はそのつもりだったよ。だが、気が変わったんだ。今からおよそ四十年近く前……どんな時代だったか想像できるかい?」
「四十年前って、確かガルダストリアで産業革命が起きたくらいの時期だよな?」
「そう。マグダラ様の予言に従い、技術開発への投資を積極的に進めたことでガルダストリアが工業大国として発展し始めた時期だ。まるで成長期の子どものように、国の骨格が日々大きく変わり、鍛えれば鍛えるほど肉がつくが、その分資源の消費も激しく、良くも悪くも激動の時代だった。当時ガルダストリア王はまだ若く、頻繁にナスカ=エラに訪れてはマグダラ様に予言を受けに来ていた」
以前ナスカ=エラでミハエルと共にマグダラの記録を見た際も、マグダラ本人が「予言によって両国を導いた」と語っていた。その話は本当だったということなのだろう。
「初めて王にお会いした時は、同じ年頃のはずなのに老成されたような威厳があり、頭が回る上に話も上手い、完璧な王様だと思ったんだよ。だが、マグダラ様にそう言ったら『お前は見る目がない』と叱られた」
「どういうこと?」
「マグダラ様曰く、『優秀な者には孤独がつきまとう。あの王に足りないものは、王を支える側近だ。王のことを考え、悩みを聞き、時に彼を叱ることのできる人間が必要だ』と」
「それで上級神官を辞めてガルダストリアの宰相に?」
「ああ。それからおよそ十年もの間……リゲルに反逆者として王政から追い出されるまではね」
宰相リゲル。この国に入ってから何度も聞いた名前だ。
国民からはずいぶん慕われていた様子だったが、一方でジョーヌを王政から追放し、”最後の海戦”でジョーヌたちが『殺した』という男。
「増幅器を止める前、あなた私に話したわよね。制海権をめぐってリゲルと戦って勝った、って。そのことがブラック・クロスを立ち上げたことに関係があるというわけ?」
アイラの質問にジョーヌは深く頷くと、パンと手を叩く。
「さて、私の話はこれくらいでいいだろう。そろそろシアンちゃんにバトンを渡そうか」
シアンは「そうね」と言ってテントの中にある座椅子に腰掛け、他の仲間たちにも座るようにと促す。
「こうして改まってみると何から話せばいいのやらって感じだけど……あなたたちも色んな場所を旅してきたからそろそろ気づいているでしょう? 神石には色んな種類があり、ごく最近力を発揮し始めたものもあれば、『
ルカは今までの旅を思い浮かべてみた。
ユナの話に聞いた、彼女の母親の代のミューズの神石。
ガザの師匠に掘り出され、アランが一瞬暴走させてしまった破壊神の神石。
そして大巫女マグダラが予言の力として使っていた、ヘイムダルの神石。
「実はもうひとつ、あなたたちの身近にもあるのよ。それが、アンフィトリテの一族の宝——海を制する力を持つポセイドンの神石」
「え……待って、ポセイドンってノワールの神石だよな?」
「そう。ノワールは十二年前の時点ですでにポセイドンの神石の共鳴者だったの」
ルカは息を飲む。
「知らなかったよ……どうりでノワールの神石の使いこなし具合は並のものじゃないと思ったんだ。あと、アンフィトリテの一族って何? 初めて聞いたけど」
「そうでしょうね。だって、私たちが話さない限りあなたたちは知り得るはずがない……アンフィトリテの一族の生き残りは、今この世にノワール一人しかいないから」
「!?」
「アンフィトリテの一族は、シャチたちと共に地図に載らない孤島にひっそりと暮らしていた、海の守り手のような人々だったそうよ。でもある日、みんな殺されてしまったの……宰相リゲルによって」
「そん、な……」
言葉を失う。普段明るいノワールにそんな過去があったなど、想像したこともなかった。シャチに育てられたという生い立ちは聞いていたが、それがなぜかは聞いたことがなかった。
「あなたたちはガルダストリア首都にも寄ったのよね。そこでリゲルの噂は聞いた?」
「ああ……ノワールから情報があったら調べてくれって言われて、酒場で話を聞いたりしたよ。賢くて、彼が生きていたら二国間大戦はガルダストリアの勝ちですぐに終わっていたんじゃないかって」
ルカの目には話の途中でアイラが苦い顔を浮かべるのが見えた。二国間大戦が長引いたことで一番被害を受けたのは、当時戦場となったスヴェルト大陸に住んでいた人々だ。スヴェルト大陸出身のアイラからすれば、ガルダストリアとルーフェイのどちらでもいいからさっさと勝ち負けが決まってしまった方が良かった、そう思ってもおかしくはない。
「実際、その噂通りだと思う。リゲルは戦争での勝利を確実にするために、アンフィトリテの一族が持つポセイドンの神石を狙っていたの。だけどそれは特定の人間の都合のいいように海を操ることになってしまう。アンフィトリテの一族の虐殺から逃げのびたノワールは、ポセイドンの神石を誰にも見つからない場所に隠そうと考えた。だけど、戦争の兆しで海が荒れ、穏やかだった人々が殺気立っていくのを目の当たりにして……自らがポセイドンの共鳴者となり、ガルダストリアやルーフェイの軍艦を海から退けさせることにした」
「それが……”最後の海戦”なんだね」
シアンは頷く。
「だけど、ノワールの決意には代償が伴ったわ」
「代償……」
「”最後の海戦”はノワールとジョーヌ、そして私と……クレイジーもちょっと協力してくれたけど、その少人数に対して相手はガルダストリアとルーフェイの両軍。激しい戦いだった……私たちは死を覚悟したし、戦場に赴いたことでポセイドンの神石をリゲルに奪われてしまうリスクだってあった」
シアンは言葉を詰まらせる。
その表情は苦しげに歪み、瞳は潤んで今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
そこでルカたちはようやく悟る。
彼女が、ノワールが、今までこの話をしなかった理由を。
「私たちがこうして生きのびて、リゲルに勝ち、制海権を戦争のために使わせないようにすることができたのは……ノワールの育てのお父さんが、私たちを命がけで守ってくれたからなの」
シアンは声を震わせながら、ルカの胸元にある黒の十字のネックレスを指差した。
「黒の十字の理由はね、ノワールのお父さん……ゾクシャチたちの長・トリトンの背に刺さっていた二本の黒い銛」
黒流石でできた黒の十字は、天井から吊るされたランプの光を反射しながら少しだけ揺れる。
「もう二度と、こんな悲しい思いはしない。トリトンが私たちを守ってくれたように、ブラック・クロスは弱い者を守るための組織としてあり続ける。私たちのシンボルは、その誓いを込めたものなのよ」
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