mission7-17 防戦の先に



 キリが姿を消したのが合図になったかのように、操られた人々は一斉に動き出した。


 真っ先に襲いかかってきたのはサムに従う虫の眷属たちだ。ユナは慌てて円月輪を放ち、仲間の周囲にカリオペのベールを張る。だが詠唱もなしに放つ力には限界があった。ビュッという短く風を切る音がしたかと思うと、薄桃色のベールは不安定に揺らぎ、その隙間を狙って虫たちが入り込んでくる。アイラはそれを砂弾で撃ち落とすも、虫たちは際限なく湧いて襲いかかってくる。


「これじゃらちがあかない! リュウ、あなたの雷でどうにかできないの?」


「この場にいる全員が黒こげになっても構わんならできるが」


「チッ……あなたまだ自分の神石を使いこなせてないのね」


 アイラはため息をひとつ吐き、周囲をざっと見渡す。


 虫やカマイタチの眷属以外の能力は今の時点では分からないが、眷属の性質からしてカマイタチのように超常の力を持つ生物そのもの、自然現象に影響するもの、あるいはサンドシリーズのように人や物に力を宿すもののいずれかなのだろう。


 眷属とはそもそも、それぞれの神に仕える精霊のことだ。単体なら神石の力の方が勝るはず。ただ厄介なのは、今自分たちを取り囲んでいるのが敵対する理由のない人々であり、彼らは操られているがゆえにそれぞれの眷属の力を連携して攻め込んでくることだった。


「来るよ!」


 ルカが短く叫ぶ。


 ルカたちを取り囲んでいるうちの一人の男が動きを見せる。彼は急にしゃがみ込み、工場の床に手をついた。ルカたちは身構えたものの何も起きない。


「何もしてこないならさっさと突破してあのガキを追うぞ!」


 リュウはそう言ってその場を動こうとしたが、すぐさま異変に気付く。足元がぬめっていた。暗くて目ではよく見えないが、その臭いは——油。


 チリッ! 小さな光が目の端に映ったかと思うと、大量の火の粉がこちらに向かって飛びかかってくるのが目に入った。


「まずいわね……”砂雨サンド・レイン”装填!」


 アイラは銃口を天井の方に向けて砂弾を放つ。いつもよりも大きな粒となっていた砂塊は天井の手前で破裂し、砂の雨を降らす。火の粉はかき消え、床の油によるぬめりも収まった。だがその隙にものすごい勢いでこちらに向かって飛んでくる物体があった。サンド三号だ。リュウが一歩前に出て、歯向かうぬいぐるみに応戦する。


「ユナ、ポリュムニアの歌でこの人たちを眠らせられない?」


 ルカの問いに、ユナは首を横に振った。


「それが……さっきからやろうとしているけどできないの。たぶんヒュプノスも眠りの神様だから、私の力不足で……」


 消え入りそうな声を出すユナに、アイラは励ますように背中を叩く。


「仕方ないわよ、相手は四神将だもの! それより別の方法を考えましょう!」


 言葉を交わしている間にも、十三人の眷属の使い手たちは次から次へと攻めてくる。砂弾を撃ち続けているアイラは息が上がってきていた。普段の戦闘とは違って、こちらがやっているのは眷属の無力化だけ。きりがない上に、状況は少しも良くならない。


 アイラだけではない。前衛で人々への牽制を続けているルカやリュウも、多数を相手に手加減をしながらの立ち回りで体力を消費している。


「こんなの、どうすれば……!」


 ふと仲間の方を振り返ったルカの目には、ユナの後ろ髪が不自然になびくのが見えた。風だ。背後に現れる、長い爪を持ったカマイタチ。ユナは仲間を守るためのカリオペの歌に集中していて気付かない。


「ユナっ!!」


 ルカの今いる位置は、ユナよりもカマイタチの使い手の女の方が近かった。音速次元を使ったとしても、ユナを守りに行くよりも使い手を無力化したほうが早い。


(あんたには罪はない……! けど、ユナがやられるくらいなら、おれは……!)


 ルカが大鎌を振り上げ、切っ先を女に向かって振り下ろそうとした——その時。


 ゴゥン!


 一瞬、地面が縦に揺れるような感覚があったかと思うと、眷属の使い手たちのうち半数が急に糸が切れたようにその場に倒れこんだ。カマイタチの使い手の女もそのうちの一人だった。女はルカの大鎌の刃を逃れ、ユナの首筋を狙っていたカマイタチの眷属もいつの間にか姿を消している。


「ウ……ウウ……」


 人々はうめき声をあげて、再び立ち上がろうとしていた。何があったのかわからないが、たった一瞬の隙はルカたちにとっては十分な好機だった。


「こっちだ!」


 見知らぬ男の声が遠くから響く。声がした方を見ると、一室だけ扉の開いている倉庫があり、そこに男が一人立ってルカたちに向かって手招きをしていた。


「みんな、掴まって!」


 ルカの呼びかけで、他の三人も戦闘を中断しルカのそばに駆け寄る。


「”音速次元”!」


 ルカがそう唱えると、紫色の閃光と共に一行は姿を消して、行方不明者たちの包囲を抜け出した。







 手招きしてきた男は、ルカたちが瞬間移動で彼のいる倉庫へたどり着くと扉を閉めた。扉には鍵が付いていて、追手が中に入ってくることはできなさそうだ。また、倉庫の天井には穴が空いていて、上層に抜けられるようになっていた。これなら部屋を出た瞬間を狙って袋叩きにされることもない。


「もしかして、さっき一瞬操られてた人たちの動きが鈍ったのはあんたが……」


 焦げ茶の髪と髭を伸ばした男はにっこりと微笑んで縦に頷いた。


「ああ、そうだよ。さっきは危なかったね、君」


「おかげで助かった。あのままじゃおれたちは体力切れでやられて」


「いやいや、そういう意味じゃない」


「へ?」


 活力に満ちた瞳の輝きでは全く歳を感じさせないが、顔に刻まれた皺からは六十歳は超えていると思われるその男。柔和な笑みをたたえたまま、ルカの首元にある黒十字のネックレスを指差す。


「その武器で、君はさっき何をしようとしていた?」


 ルカにとって、男の指先はまるで喉元に突き立てられた刃のようだった。ごくりと唾を飲み込む。ルカは理解していた。見抜かれている。ユナを守るために見ず知らずの女を犠牲にしようとしたことを、この男には見抜かれている。


 ルカは何も言葉にしなかった。うまく声が出てこなかったのだ。そんな彼の罪悪感も全てお見通しだったのだろう。男はふっと笑うと、ルカに向けていた指を下ろして言った。


「悪いな。いじめるつもりはないんだよ。だが私は履き違えてほしくないのさ。あいつが……ノワールがつくった義賊のあるべき姿を」


 その言葉でルカたちは互いに顔を見合わせた。


 そうだ。この場所で自分たちの味方をしてくれそうな人物といえば、一人しか思い当たらない。


 男は白いシャツに革のベストというありふれたいでたちをしているが、一般人には到底思えないほどの優雅な所作でルカたちに向かって手を差し出してきた。


「自己紹介が遅れたね。私はジョーヌ。ガルダストリアの政治活動家であり……ノワールやシアンちゃんとはふるい仲のジジイだよ」



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