mission7-11 先客の名前
メイヤー夫人は、空き部屋の中で最もランクの高い部屋を用意してくれたらしい。三階の角部屋で、大きな窓からは街の景色がよく見える。ふかふかのベッドに腰掛けると、今すぐにでも心地いい夢の世界へと吸い込まれそうな気がした。
「それで、あなたたちはどうしてガルダストリアへ?」
部屋で一息つくと、メイヤー夫人が尋ねてくる。
ルカはありのままにいきさつを話した。
ナスカ=エラで脱獄したターニャ・バレンタインを追い、結局エリィの一族の少年・ミハエルとともに去っていくのを見逃してしまったこと。そして彼らを追おうとしたところで、仲間が捕まったという知らせが入りココット村へ直行したこと。その仲間の、ガルダストリア首都に連行された後の居場所が分からないこと。
「それは大変だったでしょうに……」
メイヤー夫人はナスカ=エラでターニャが脱獄したという事実は知っていたものの、それを手助けしたミハエルのことは知らないようだった。世界を導いていく巫女一族の一人が大罪人を逃すなど、あってはならないスキャンダルなのだ。報道陣には漏れないよう、ミトス神教会が情報統制したに違いない。
「それで、もし知っていたらガルダストリアで捕まった人がどこに投獄されるか教えてほしいんだ」
ルカがそう言うと、メイヤー夫人は少し考え込んでから答えた。
「そうねぇ……ガルダストリア軍管轄であればエリア・”フォートレス”の地下牢か、”ストリート”の収容所のどちらかだけど、そのシアンって方はヴァルトロ軍に捕まっているのよね?」
ルカたちは頷く。
「ヴァルトロ軍管轄の場合はやっぱりヴァルトロの領地、ニヴルヘイム大陸の方まで連れて行かれるんでしょうか?」
ユナは頭の中に世界地図を浮かべながら尋ねる。
ニヴルヘイム大陸はガルダストリア首都から見て北西のエリアだ。大昔はガルダストリアのあるヴェリール大陸とは海を隔てて離れていたが、地殻変動によって土地が隆起して地続きとなったのだという。
その名残か、土地柄や人柄は二つの大陸で大きく違う。穏やかな気候で資源や土壌に恵まれたヴェリール大陸ではおっとりとしておおらかな人間が多いのに対し、ニヴルヘイム大陸は雪に覆われた不毛の土地で狩猟生活が中心のため無骨で気性の荒い人間が多い、とユナは以前書物で読んだことがあった。
そしてニヴルヘイム大陸はヴァルトロ帝国の本拠地でもある。そんな場所に連れて行かれてしまっては、救出は一層難しくなるかもしれない。
「普通ならそうですねぇ……ただ、そういえばこないだ気になる話を聞いて」
そう言ってメイヤー夫人は一階のロビーまで戻ると、雑誌を持って戻ってきた。
「前に泊まっていたお客さんが置いていったものですが、ほら、ここの記事に」
ルカたちはメイヤー夫人が指差した記事を覗き込む。どうやらこれは現在のガルダストリア王政やヴァルトロの統治体制を非難する反政府運動の雑誌のようだ。その中の一記事にはこう書かれている。
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【ヴァルトロの陰謀か!? 消えた囚人たち】
近頃、ガルダストリア領内で捕らえた犯罪者の身柄をヴァルトロが預かるというケースが多発している。
この記事を読んでいる諸君はヴァルトロ風情が我らがガルダストリア国内で幅を利かせていることに抑えきれぬ怒りを感じていることと推測するが、残念ながら私が今警鐘を鳴らしたいのはその点に対してではない。
どうやらこの囚人たち、ニヴルヘイムには送られずに行方知れずになっているようなのである。
とある善良なガルダストリア市民、仮名をキャシーさんとしよう。キャシーさんの息子はどうやら酔ってヴァルトロ兵に絡んでしまい、ヴァルトロ管轄の囚人となった。だが噂によるとヴァルトロ兵の方が先に殴りかかったという話もあるし、納得できなかったキャシーさんは息子さんへの面会を申し込んだそうだ。だが、ヴァルトロ軍からはこういう返答が返ってきたのだという。
「お宅の息子さんは、現在労役中なので面会はできません」
書類を確認させてもらうと、確かに北東工業地帯の第五工場で労役に従事しているということになっていたらしい。
だが数日後、第五工場に勤めている知人に息子がいるかどうか確認してくれと頼んでみたところ、労役中の囚人が同じ職場で働いているなんて聞いたことがないと返されたのだという。
さてこれはどういうことだろうか?
ちなみにガルダストリア七不思議の一つでもある第五工場、あれはヴァルトロ四神将のキリの管轄になっているという。キリといえばヴァルトロ屈指の参謀、出生から普段の食事の好みまで何から何まで謎に包まれている人物だ。そんな彼が管轄している工場では一体何が行われているやら……。そして消えた囚人たちは今どうしているのやら……。
私は七不思議とかオカルトの類は大好物だ。
だがそれ以上に、謎解きをするのが大好きだ。
ゆえに、この工場について深く調べてみようと思う。なに、心配はご無用。この程度の死線、これまでの人生で何度もくぐり抜けてきている私である。おっと、逃げ上手の私は実際には拘束されたことがないので、あくまでたとえの話だが。
では来月発行の次号でまた会おうではないか。
(文責:ジョーヌ)
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「ちょっと待って、この記事を書いたのって……」
アイラはリュウの顔を見る。リュウは記事の末尾に書かれた名前に視線を向けて頷いた。
「間違いない。ジョーヌ……こいつはシアンが探すつもりだった男だ」
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