mission7-4 師弟の流儀



 シアンが連行された場所についての情報を得るため、ルカたちは手分けして村人たちに話を聞いてみることにした。


 アイラとユナは港の方を、ルカとリュウは村に点在する民家を。


 ココット村の民家はどれも建てられてから数十年以上は経っているものらしく、石壁は薄汚れていて、金属の部分は潮風で錆びていた。玄関の扉をノックすると、大抵がギィと嫌な音を立てて開く。


 村人たちは村長同様、ガルダストリア海軍には好意的だった。こちらはシアンの行方について話を聞くだけのつもりが、頼んでもいないのに家の中に通されたり、土産物を渡されたりして、三軒回る頃にはルカとリュウの両手が塞がってしまったくらいだ。


 しかし、肝心のシアンの情報はなかなか聞き出せない。


 シアンの名前を聞くなり機嫌が悪くなる者や、高齢ゆえに話がうまく通じない老人が多かったからだ。分かったのは、彼女がココット村で捕まった翌日にはもう連行されていったということくらいだった。


「これで全部の家を回ったよな……?」


 ルカは村全体をぐるっと見渡す。すると村のはずれの方に向かって荷車を押していく者がいた。彼が向かう先には、民家よりもひと回りほど大きな石造りの建物が見える。


「あっちの方にも何かあるのかもしれんな」


「オーケー、行ってみよう」




 荷車を押していた男は大きな建物の前で止まると、荷物を運んでその中へと入っていく。民家に比べればかなりしっかりとした作りで、とはいえ村長の家ほどは豪勢さはなく、飾り気のない一階建ての建物だ。よく見ると、その建物の脇には併設するようにして小さな家が建っている。


「何だろう、ここ……」


 ルカたちが建物の中に入ろうとした時だった。


「海兵さんたち、そこに何か用かい?」


 いきなり話しかけられ、ルカは肩をびくつかせる。声がした方を振り向くと、自分たちよりも少し年上くらいの、漁師の格好をした若い男が立っていた。


「あ、えっと、ちょっと村の人たちに聞きたいことがあって」


 青年は「こんな村はずれで?」と怪訝そうな表情を浮かべたが、彼も他の村人たちと同様、海軍兵の制服を着ているルカたちに対して強気に出るつもりはないようだった。


「そこには誰も住んじゃいないよ。閉鎖されて久しい道場なんだ。今じゃ村の倉庫代わりだね。十年くらい前まで、要人の護衛を請け負ってた一家が住んでいたんだけど」


「それってもしかして」


「ああ、もしかして村長からもう聞いてる? シアンって女がいたんだよ。俺の幼なじみでさ」


 ルカとリュウは互いに顔を見合わせる。確かにここがシアンの故郷なら、昔からの彼女の知り合いがいてもおかしくはない。ルカは淡い期待を抱く。幼なじみであれば、シアン救出の協力者になってくれる可能性だってあるはずだ。


「なぁ、あんたシアンがどこに連れて行かれたのか知らないか?」


 ルカが尋ねると、青年はまた訝しむように眉間にしわを寄せた。


「どこって……あんたたち軍人のくせに聞いてないのかい? ヴァルトロの軍隊によってガルダストリア首都に連れて行かれたはずだよ」


 青年はそう言って、今いる場所とは村の中心部を挟んで反対側を指差した。村を出て北西の方角へ向かうと、トライアンフ街道という一本道がある。ココット村とガルダストリア首都を結ぶ道で、シアンを連行した部隊はここを通っていったようだ。


「んじゃ、もういいかい。まだ仕事が残ってるんでね」


 青年の口ぶりはずいぶんあっさりしていた。シアンのことなど興味がないといった風に。


 彼は荷物を抱えて旧道場の中に入っていこうとする。その手を、リュウが掴んで引き留めた。


「……待て。貴様、シアンの幼なじみなんだろう。ならなぜあいつをかばってやらなかった? 何で平気な顔をしてここにいるんだ」


「おいリュウ、やめとけって」


 これではせっかくの変装の意味がない。ルカは慌ててごまかそうとしたが、リュウはすっかり火がついてしまったようで、鋭い眼差しで漁師の青年を睨んでいた。


 リュウの威圧に青年は一瞬驚いたものの、彼は村長よりは頭が回るらしい。彼は「はっ」と鼻で笑うと開き直った様子で言った。


「何だ、お説教かい? 悪いけど幼なじみって言ったって、別にあの女と仲が良かったわけじゃないよ。むしろ俺たちにとってあいつは、昔っからうっとうしいやつだったのさ。いつも正義感ふりかざして、お節介でさ。いい迷惑だったんだよ。おまけに村全体にまで迷惑をかけてさ。だから俺が軍に連絡したんだ。あいつがのこのこと帰ってきた、その日に——」


「貴様!!」


 青年の話を遮り、リュウは彼の襟元を掴んでいた。青年は怯えるどころかヘラヘラと笑っている。


「海兵さん、何であんたが怒るんだい? ……ああそうか、どうりで見覚えのある顔だと思ったんだ。あんた……あの日シアンと一緒にいた奴だろ? あの怪力女がまさか男連れで戻ってくるなんて、笑いをこらえるのに必死だったよ」


 リュウの拳が高く振り上げられる。ルカは背後からその腕を抑え込んだが、彼の指先は赤く染まっていて少しでも力を緩めれば青年を思い切り殴ってしまいそうだ。


「リュウ、やめろってば! こんなことで騒ぎを起こしたって……」


 その時、旧道場の中から「うわぁ!」という男の悲鳴が上がった。そしてドタバタという足音とともに、先ほど中に入っていった男が慌てた様子で出てきた。


「おっちゃん、どうしたんだ!?」


 男はひどく狼狽していて、腰が抜けたように地面に座り込むと、口をぱくぱくとさせながら旧道場の中を震える手で指差した。


が……が荷物の中に紛れ込んでいて!」


——ブワッ!!


 男が言い終わるやいなや、建物の中から黒い影がものすごい勢いで外に飛び出した。


「クロノス!」


 ルカの胸元にある十字の黒流石が弾け、大鎌の形を成した。黒い影はこちらに向かって降りかかってくる。ルカは大鎌を大きく振り回す。黒い影はルカの神器が作り出す風によって形を崩し、ひとつひとつ小さな粒状のものになって周囲に散らばっていく。


「ヒィッ!」


 逃げてきた男は、地面に落ちたその黒い粒を避けるようにして飛び上がった。


 ルカは目を凝らす。


 黒い小さな粒は、地面に落ちるともぞもぞと動き出した。周囲には浜に打ち上げられた海洋生物をすり潰したような悪臭が漂う。


「こいつら……破壊の眷属か!」


 リュウも気づいていたらしい。青年の襟を離し、周囲を囲む虫のような破壊の眷属たちに向かって拳を構える。


 破壊の眷属たちが再び結集して、ルカに向かってきた。ルカは大鎌を振って対抗する。ブンッ! だが手応えはなく、破壊の眷属は再び散らばって体勢を整えるだけ。的が小さすぎて大鎌の刃が当たらないのだ。


「小型の大群か……俺たちには相性が悪いぞ」


「弱気なこと言うなよ。お前がトールの力を使えばあっという間だろ」


 ルカはリュウの頭のかんざしを指して言ったが、リュウはそばにいる二人の村人たちを一瞥すると首を横に振った。


「人里じゃダメだ……巻き込む」


「ちぇ、融通利かないね。ならアイラたちがこっちに気づくまで時間稼ぎだ」


「ああ!」


 破壊の眷属には知能がない。単純に視界に映る命あるものを標的に襲いかかってくる。ゆえにじっとしている者よりも、動き回っている者に向かってきやすい。ルカたちが応戦すれば、破壊の眷属たちの注目は二人に集まる……はずだった。


「く、くそ、何なんだよ……村の中で破壊の眷属が出るなんて! くそっ、厄日だ! 付き合ってられねぇ!」


 青年はガクガクと足を震わせてよろめきながら、その場から逃げ出そうとした。破壊の眷属たちは彼の動きに気づいたらしい。ぞわぞわと集結していくと、まるで蛇のような形を成していく。


「危ない!」


——ガブッ!!


 蛇の形に集まった破壊の眷属たちは、地面から飛び上がって腕に噛み付いていた。


 だが、その黒い蛇が牙を立てていたのは逃げ出そうとした青年ではなく、彼の間に割って入った鬼人族の腕。


「あ、あんた……! 俺をかばって……!?」


 すっかり自分がやられると覚悟していた青年は、恐る恐る前に立つリュウの顔を覗き込む。リュウはいつも通りのしかめっ面を浮かべたまま、ぶんと腕を振り払った。黒い小虫たちは再びばらばらになって地面に落ちる。鬼人化したリュウの腕には、傷一つない。


 リュウは青年に背を向けたまま呟いた。


「シアンならこうする。たとえどんな奴だろうと害悪から守る……それがあいつの戦い方だからだ」


 護衛を主とする戦い方。


 シアンに出会うまで、力任せに拳を振るってきたリュウには初め、その流儀の目的を理解できなかった。


 だが、今の彼に疑問はない。


 力の使い方を間違えていた孤独な彼を救ってくれた師匠を、今度は自分が助け出す——なかなか自分の思いを口には出さない男だが、今はただその一心だけが熱く胸のうちに宿っていた。




 騒ぎを聞きつけたのか、こちらに向かってくる足音が聞こえる。


 アイラとユナだ。


「待たせたわね! 一掃するわよ」


 アイラが素早くピアスを双銃に変化させ、その銃身に手をかざす。”熱砂”装填。砂漠の灼熱を帯びた砂弾で、ルカとリュウがなかなか倒せなかった小さな虫型の破壊の眷属を一気に滅していく。


 その手際の良さに、思わず口を開けたまま見とれてしまうココット村の青年。


「大丈夫ですか? 怪我は……」


 穏やかな少女の声がすぐそばから聞こえてきて、青年は声がした方を振り向く。そこには小柄な左官が、顔を真っ赤にして「しまった」という表情を浮かべている。青年は悟る。やけにあどけない顔つきだとは思ったが、本性は男装をしていただけのうら若い少女。


「あんたたちは一体……」


 リュウもユナも変装がバレてしまった。となれば、彼は薄々ルカたちの正体に気づいているのだろう。


 一つの村の中でさえごまかしきれなかったなんて。銃を構えながら呆れたようなため息を吐くアイラの代わりに、ルカはにっと笑って言った。




「おれたちは義賊ブラック・クロス。シアンと同じ、お節介なやつらの集まりだよ」




 瞬間、アイラの神器の銃口から黄色い光がほとばしり、熱を持った砂弾が破壊の眷属達めがけて勢いよく放たれた。


 銃弾はやがて赤みを帯びた砂の粒となり、黒い虫の上に降りかかる。「キィキィ」という断末魔とともに周囲には黒い煙が立ち上り、破壊の眷属の群れはその場から消失したのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る