mission6-10 裏ルール
ルカが控え場所へ行くと、係員に紙のくじを引かされた。ルカが引いたものには〈ティカ〉と文字で書かれている。すでに到着していた他の参加者のものを覗いてみると〈ティカ〉の他には〈イリヤンフ〉、〈ヴァスカラン〉、〈ヒスティ〉のいずれかが書かれていた。
参加者が全員くじを引き終えた頃を見計らい、司会の男が再び声を張り上げる。
「さーて、ただいま配られておりましたのは全員の運命を
すると、ぞろぞろと参加者たちは広場の中心に設えた闘技場へと上がっていく。その中には先ほどイスラの前に立っていた神兵団の男もいた。彼が闘技場に上がると、合図もなしに観覧席から歓声が上がった。
「ジューダス様ーっ!」
「予選なんてするまでもねぇ! あんたが優勝だ!」
「師団長頑張れー!」
どうやら彼がミトス神兵団の師団長らしい。ジューダスは歓声に応えるかのように兜を外しその姿を現した。
(あれは……!)
ルカは目を見張る。彼もまた白髪にウグイス色の両眼を持つエリィの一族だった。その片耳には
ジューダスは手を挙げると、歓声に負けないほどのよく通る声で高らかに宣言した。
「ナスカ=エラの皆さん! このジューダス、ミトス神兵団師団長の名にかけて必ずや優勝してみせます! どうか温かいご声援を私に!」
大巫女イスラの時と同じくらいの喝采が起こる。物凄い人気だ。ミトス神兵団はそれだけ住民たちに信頼されているということなのだろう。
しかし当然、同じ闘技場に立つ者にとってそれが愉快であるわけがない。
「おいあんた、そんなこと言っちゃっていいのかぁ? 町のやつらの眼の前で負けてみろ、それこそ赤っ恥だぜ」
つっかかったのはスキンヘッドの恰幅のいい男だった。眼光鋭く、筋肉で膨れ上がった両腕には入れ墨が施され、よくこの街への立ち入りが許されたものだと思ってしまう風貌である。他の荒くれ者たちも男の言葉に同意するようにうなずき、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
だが、彼らの挑発をものともせず、ジューダスは平然とした表情で言った。
「ならば賭けてみますか? 私はあなた方に指一本触れずに予選を勝ち抜く。それができなければあなた方の言うことを何でも一つ聞くと約束しましょう」
「ふっ、ふざけんな!! 指一本触れずにだって? あんた頭いかれてんのか!? このグループは十人以上の乱戦だぞ! 俺たちを舐めんのも大概にしろよ!」
「おや、自信がないのですか? 別にいいのですよ、怖気づいたのなら今から棄権しても」
「ハァァァァ!? そのへらず口、今すぐきけなくしてやるよぉぉぉぉ!!」
スキンヘッドの男がジューダスに殴りかかろうとしたところで、キィーンと金属音が響いた。発生源は司会だ。彼が手元のガルダストリア製拡声器を起動したらしい。
『ちょっとちょっとお兄さん! まだ鐘を鳴らしてないですよ! ルール説明もしてませんし! もうちょっと待ってください!』
会場内でどっと笑いが起きる。スキンヘッドの男は怒りと恥ずかしさが相まって顔を真っ赤にし、「くそが! さっさとしろ!」と吐き捨てるように言う。それに対し司会が『ひぃぃぃぃ怖い怖い。観客の皆様、あんなお兄さんは今から師団長がなんとかしてくださるはずなのでご安心くださいね!』などと言ったせいで、スキンヘッドの男は額に青筋を立て、今にも血管が切れそうな形相になってしまった。
『えー、まずこの予選のルール説明を。私が鐘を鳴らしたら今闘技場に上がっている皆さんで戦ってもらいます。判定はいたってシンプル。武器を落とすか、場外へ出てしまったら負けとみなします。もちろん、自主的に場外に出て棄権するのもあり。気絶者が出るのは望ましくないですが、その場合も負けになりますのでご注意を。そして最後までこの闘技場に残り続けた方が、次の試合に進めます』
司会の言葉を聞きながら、ルカは武器として選んだ木棍を見る。木刀よりはリーチが長いが、柄は細い。長距離からの攻撃には向いている一方で、「武器を手放したら負け」というルールにおいて近距離の力勝負になったら不利だ。つまり武器自体の性能は互角。勝ち残れるかは使い手次第ということになる。
「そもそもオレぁいつも武器なんか使わねぇから困ったよ、まったく」
ルカの隣にいる鬼人族の男がぼやくのが聞こえた。彼はハーフのリュウと違って額に角が二本あり肌の色も常に赤色だ。彼が持っているくじは〈ヴァスカラン〉。純血の鬼人族の力には少し興味があったが、直接武器を交えることになるかは予選の結果次第だ。
ふと、控え場所をぐるっと見渡す。開会前にぶつかったローブを着た人物もここに来ていた。立っている場所的には〈ヒスティ〉のグループなのだろう。予選ではあたらなさそうだ。
『さぁ、そろそろ準備はいいですか!? 〈イリヤンフ〉グループ予選、いざ開幕!』
——カァンッ!
司会の男が手元の鐘を思い切り木槌で叩く。
透き通った音が会場中に響いたかと思うと、闘技場は早速入り乱れた。闘技場の中央に立つジューダスに対し、スキンヘッドの男を筆頭にグループの他の全員が武器を構え向かっていく。まずは目に見える強者を全員で倒そうということなのだろう。策としては妥当だ。
「お前ら汚いぞー!」
「ジューダス様、逃げてーっ!」
「負けるな師団長ー!」
それでもなお観客たちはジューダスの味方だ。そのことにますます苛立ったスキンヘッドの男は唾を飛ばしながら叫ぶ。
「まだお前が負けた時にどうするか決めてなかったなぁぁぁぁ!! 俺たちを舐めくさりやがった罰だ!! 全裸でこの町一周させてやるよぉぉぉぉ!!」
高まるブーイング。
だがスキンヘッドの男は口先だけの荒くれ者ではなかった。木刀を大きく振りかぶり、目にも留まらぬ速さでジューダスに向かって斬りかかる。ルールのことなどすっかり頭から消え去ったのだろう。彼が迷わず標的にしたのはジューダスの頭。あの勢いで命中すれば怪我どころでは済まない。
しかし、師団長は微動だにしなかった。それどころか、余裕の笑みを浮かべる。彼の耳の唐紅のピアスがぼんやりと光をたたえ始めた。
"全く。本当にあなたは意地の悪い人ですね、ジューダス"
ルカはハッとした。頭に直接響く女の声。開会宣言の時に聞いたものと同じ声だ。
——ボゥッ!!
「えぇ!? う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
闘技場が悲鳴に包まれる。ジューダスの周囲に、唐紅の炎が現れたのだ。一番彼に近づいていたスキンヘッドの男の服には火が燃え移っている。
「な、なんだこれ!? どうして急に火が!?」
スキンヘッドの男は慌てふためいてジューダスから距離をとる。ジューダスは炎の向こう側から彼に向かってにっこりと微笑んだ。
「……さぁ? 日頃の行いが良いからですかねぇ」
パチン。彼が指を鳴らす。
すると闘技場の炎は勢いを増し、まるで意思を持った生き物のように彼から離れようとする他の参加者たちを追い始めた。
「うわぁぁぁぁ! や、やめてくれぇぇぇぇ!」
スキンヘッドの男が喚きながら逃げる。しかし、ある地点で急に炎が消えた。その代わり、観覧席からは歓声が沸き起こる。
「な、なんだ……?」
彼は自分の足元を見てハッとした。いつの間にか闘技場の外に出てしまっていたのだ。周囲を見渡すと、他の参加者たちも皆炎に追い回されて場外になったらしい。会場の盛り上がる一方、参加者たちの行き場を失ったエネルギーが深いため息となって口から漏れ出す。
場外から向けられる恨みがかった視線を一身に受けながら、ジューダスは誇らしげな表情で言った。
「……ほら、指一本触れずに勝つと言ったでしょう?」
『圧倒的強さ! 〈イリヤンフ〉グループ予選、優勝者はミトス神兵団師団長・ジューダス!!』
司会がそう宣言すると、観覧席からは闘技場に向かって花を投げ入れられる。ジューダスはそれに応えるようにして手を振って余韻に浸っていた。他の参加者たちは彼に不平を言おうとしたが、警備として控えていたミトス神兵団の兵士たちに取り押さえられ強制的に退場させられていった。
ジューダスが闘技場から降りて控え場所に戻ってくる。すれ違いざま、ルカは彼にしか聞こえない声で言った。
「……あんた、あれは反則じゃないのか」
ジューダスはぴたりと立ち止まる。そしてルカの方に向き直ると、首を横にひねった。
「反則? 何を言っているんですか」
「隠しても無駄だよ。おれには分かるから」
するとジューダスはにやりと口角を吊り上げ、「そうか、君も」と言った。少しもうろたえる様子がない。神石の力を持つことを、さも当然と言わんばかりに。
「ご安心を。別に反則ではありません。これは古代よりナスカ=エラの闘技大会に受け継がれてきた伝統的な”裏ルール”ですから」
「裏ルール?」
ルカが聞き返すと、ジューダスは縦に頷く。そしてルカの耳元に顔を寄せ、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で言った。
「そう……すべてはより強い神石を使いこなす人間を見いだすためのね」
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