mission6-8 ルカの提案
「——よし、調整完了」
「ガザ、あなたさっきから何をやっているの?」
宿のラウンジにある暖炉の前で一人作業していたガザ。彼の肩を叩いたのは風呂上がりのアイラだ。
「……サンドシリーズの周波数をいじってたんだよ。ヴィナパカはもう堪能したのか?」
「ええ。ここの宿の子はとても大人しかったし、毛もよく手入れされていてふさふさだった。もともとは食肉用に飼い始めたのだけど、宿泊客に愛されるうちにいつの間にか店の看板みたいになってしまって、ずっと飼い続けることにしたそうよ」
ガザの気も知らず、アイラは彼の座っているソファの隣に腰掛けた。気を紛らわすため、懐からタバコを取り出し火をつける。箱をアイラに差し出すと、彼女は迷いなくそれを受け取った。ガザが吸っている銘柄は重めの味わいで職人肌の男性に愛されるタイプのものだが、元々ガザからのもらいタバコで吸い始めたアイラにはあまり抵抗感がないらしい。
「あら、これサンド四号? ずいぶん久しぶりに見たわ」
ガザの手元にあるのはリス型の黄色のぬいぐるみだった。その頭には見覚えのない金属製のアンテナが刺さっている。
「ここは付喪神の眷属の神通力だけじゃ磁場に勝てないみたいだからな。ガルダストリア製の通信機とハイブリッドのこいつなら」
ガザがサンド四号の背に取り付けてあるネジをぐるりと回す。すると一瞬キュイインと耳障りな音が響き、砂をすり潰すような雑音の後、聞き覚えのある声が入ってきた。
『……あれ? サンド四号からの通信……ってことはガザ?』
シアンの声だ。
「私もいるわ。アイラよ」
『アイラ! そっちの任務はどう?』
「今日一日手がかりを探し回ったけど、結局ふりだしに戻ったわ。古代ミトス文字の解読には大巫女と神官長の許可が必要らしいのよ」
『大巫女の? それは面倒ね……』
「そっちはどうなの。確かガルダストリアの方を任されてたわよね」
『とりあえずヴェリール大陸の南端、ココット村に入ったわ。ここは私の故郷なの。明日ガルダストリア城下町に向けて出発する予定だけど、こんな田舎でもすでに戦争の空気は漂っているわ。ルーフェイの侵攻に備えて海防が固められ始めてる』
「北方はすでに準備万端ってことね……」
アイラは苦い表情を浮かべる。今度の戦地は一体どこになるのだろう。先の二国間大戦の戦場となったスヴェルト大陸・砂漠の国アトランティスでは民家の多くが焼失し、かつての都市は難民で溢れかえり、今もなお『
そんな彼女の想いを察してか、シアンの声がぬいぐるみを通じて響く。
『何としてでも止めましょう。今は人間同士で争ってる場合じゃないもの。だから、アイラたちも創世神話の原典を——』
プツンと音がしてシアンの声が途切れ、サンド四号の頭のアンテナから白い煙が立ち昇る。
「あちゃー、もう限界か」
どうやら故障してしまったらしい。アイラは呆れた表情でサンド四号をガザに返す。
「通信できたのは助かったけど、シアンが見たら怒るわよ。付喪神の眷属を勝手に改造するなんてね」
「大丈夫さ。シアンは俺に借りがあるからな。あいつが怪力で本部に開けた穴をいくつ塞いでやったと思ってるんだ」
そう言えば妙に本部の修復が早いと思っていたのだ。まさかガザとシアンの間にそんな取引関係があったとは。
「あなたって本当に世渡り上手よね」
「放浪の鍛冶屋をやるんなら、時にゃそういう悪知恵も必要でな」
ガザは豪快に笑う。もう夜も遅い。そんなに大声じゃ他の客の迷惑になる。アイラがそう言おうとしたところで、ガザは急に笑うのをやめた。その瞳に、暖炉の中でゆらゆらと揺れる炎の光が不安定に映る。
彼はアイラの方に視線を向けないまま、「なぁ」と言葉を吐く。
「……お前ら、破壊神に会ったんだろ。一体どんな顔をしていた? 俺が最初に作った神器を手にした奴は」
いつも飄々としている男の声が消えそうなくらい小さい。何かを祈るかのように、両の手を額に当てて俯いている。アイラは口をすぼめ、ため息とともにタバコの煙をふぅっと吐き出した。
「顔なんてよく分からなかったわ。包帯みたいな布でぐるぐる巻きだったし」
まるで死人のようだった、とまでは言わないでおいた。それを伝えたところでガザの気が晴れるわけではない。アイラは封神殿の最深部で見た光景を思い出す。肌の色は土のように暗く、実の弟や父親を認識できずに虚ろな表情を浮かべていた、破壊神となった青年。顔立ちからして、歳の頃はアイラと同じか少し年上くらいに見えた。
「破壊神の正体はヴァルトロの王・マティスの息子らしいわ。ライアンって名前だって。まさかあのドーハ王子に兄がいたなんてね。あなた知っていたの?」
「……いや。前にも話したが、当時の俺は最強の武器を作ることしか頭になくて、それが誰の手に渡るかなんて考えちゃいなかった。情けないことにな」
らしくなく弱気に肩をすぼめるガザ。アイラは少しだけ苛立って、彼の背中を強めに叩く。
「今回の宣戦布告、名目上は破壊神を擁護するルーフェイをヴァルトロが叩くって構図だけど、実質夫婦喧嘩に世界が巻き込まれているようなものよ。ルーフェイを仕切る王女エルメはマティスの元嫁って話だから。全く、そんなのに付き合わされるこっちの身にもなってほしいわね」
「息子を巡る戦争ってことか……お前たちは破壊神のことどうするつもりなんだ」
「ルカは『救う』って言っていたわよ。私もそれに賛成。あんな桁違いな力と正面から向き合うなんてもう二度とごめんよ」
するとガザはぷっと吹き出した。「救う、か。ルカらしいな」と笑う。その表情に、アイラはほっと胸をなでおろす。
「もしもお前たちが破壊神を救うことができたなら……俺は真っ先に飛んで行きたい。そんで、ちゃんと面と向かって謝罪したいんだ。自分の過ちについて」
「へぇ、そう。それは楽しみね。あなたが他人に土下座するところを見られるなんて」
「土下座とは言ってないぞ!」
むきになるガザ。いつも通りの彼だ。
過ぎてしまったことはいくら悔いても仕方がない。時間を戻すことはできないのだから……アイラはそこまで考えて、自嘲気味に笑う。他人のことを言えるような立場ではない。その自覚はあったのだが、つい棚に上げてしまいそうになる。
「とはいえ、破壊神を救うための手がかりが今は一つも無いわ。原典にはきっと何かヒントがあるはず。そのためにも古代ミトス文字を解読する方法を考えないと……」
その時、宿の扉が勢いよく開いた。ルカとユナが戻ってきたのだ。走ってきたのか息を切らしている。何事かと問う前に、ルカは目を輝かせながら言った。
「闘技大会に出よう!」
「はぁ? 何言っているのよ。そんなことしている暇なんて」
「いいからこれを見てくれって!」
ルカはどこから剥がしてきたのか、張り紙のようなものをアイラに押し付けてきた。彼女は渋々それを手に取る。
闘技大会の優勝者には、報酬として大巫女が願いを一つ聞き届ける……そこにはそう記されていた。
「つまりさ、闘技大会で優勝すれば大巫女に『解読の許可をくれ』って頼めるんだよ!」
ルカの後ろで不安そうな顔を浮かべるユナ。愉快そうに笑うガザ。
(まぁ、破壊神をなんとかしようとしてるのに、人間同士の闘技大会で勝てないようじゃね……)
高山の疲れか、風呂でのぼせたのか。あるいはルカの勢いに
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