mission5-5 義賊の本部




「キーノたちの航路と、ルカが見つかった場所が同じってこと……?」


 強い波にぶつかったのか、乗っているカゴが揺れて吊るされている一つのランプがぐらぐらと不安定な明かりの軌道を描く。辺りはすっかり暗くなっていて、コーラントから離れた今は周囲に黒い海面しか見えない。


「ちょっと待って……なんか、上手く理解できてないんだけど……どうして今になってそれを?」


「前にキッシュでルカから聞いたでしょう? あの子はクロノスの神石覚醒のためにたくさんの人の命を代償にしているの。それが本人の記憶にないから彼の意思かどうかは知らない……でも、そんなルカとあなたが追うキーノ、見た目そっくりの二人が同じ場所にいたなんて……コーラントの人の前で言える?」


 そう、アイラたちはユナに対してでさえ、そのことを打ち明けることをずっと躊躇ってきた。


「キーノもルカも信じて、私たちの無茶な旅についてきたあなただからこそ事実を伝えた。でも、あまり他人に口外するようなことではないわ。下手したらルカの身柄を追われることになる」


「うん、わかった……私も他の人には言わないようにするよ。けど」


 ユナはぎゅっと口を結んでノワールとアイラの方を見る。


「じゃあルカとキーノはやっぱり同一人物ってこと……? ううん、おかしいよ。キーノは私より五つ年上なんだよ。だから生きていれば二十二になるはず。でもルカは」


「十八、だな」


「残念ながらあの子の年齢についてはかなり確実な情報なの。ではそういうことをしっかりと記録していたから」


……?」


 その時、カゴシャチがキュィィィと高い鳴き声をあげた。ノワールがカゴから出て、カゴシャチに顔を寄せる。やがてうんうんと頷くと戻ってきて言った。


「もう本部が近いみたいだ。続きは戻ってからゆっくり話そう。ユナ、君に隠し事をするつもりはない。安心してくれ」


「……うん、そうだね」


 とはいえユナの胸の鼓動は高鳴っているままだった。ルカとキーノは別人なのか、否か。本当は二人の間に年齢の差があることなど、どうでもいいはずだった。もしルカが記憶を失ったキーノなら……いや、それが事実でなかったとしても、そう思わせてくれる材料があるのなら、それで十分喜べるはずだった。


(なのに……何で?)


 ユナにとって今何よりも疑わしいのは、ただ揺れるばかりで落ち着きのない自分自身の感情だ。






 やがてカゴシャチの向かう方角に黒い大きな影が現れた。暗くてその輪郭はぼんやりとしていたが、近づくにつれ影の中に小さな明かりがいくつか灯っているのが見えた。


「あれがブラック・クロスの本部よ」


「本当に島なんだね……! 思ってたより大きい……!」


「全体的に岩礁みたいな味気のない島なんだけど、内側は空洞になっていてメンバーの居室や訓練場、食堂に資料室があるわ」


「おいアイラ、『味気のない』とはなんだ。外見はただの無人島を装い、内側を機能性に富んだアジトに……秘密基地のロマンに満ち溢れてるだろ?」


 ノワールは目を輝かせるが、アイラもユナも苦笑を浮かべるばかり。ここにルカやグレンがいればまた反応も違ったかもしれないが。


 カゴシャチはゆっくり岩礁の側まで近づき、カゴの乗り口を岸に寄せる。アイラの言った通り、岸の向こうはドーム状の空洞で、吹き抜けの二階構造になっているようだった。点々と松明の光が見えるが、あまり人の話し声や物音は聞こえてこない。波の音ばかりが響いている。


「もうかなり遅いからみんな寝てるのね、きっと」


「前から気になってたけど、ブラック・クロスって何人くらいいるの?」


「今は確か五十人くらいだったかしら。でもほとんどは各地の任務に出ていて不在よ。メンバーには一人ずつ本部に居室を与えられるけど、倉庫にしてしまってる人が大半なくらいね」


 その時、ザワッと風が頬を撫でるような気がした。たった一筋限りの、潮の匂いがしない風——


「クレイジーか」


「やァ、おかえりノワール」


 真っ暗で何もないと思っていた岩陰からぬっと背の高い仮面の男が現れた。その気配の無さにユナはぎょっとして肩を震わせる。アイラが小さく舌打ちをするのが聞こえた。どうやらクレイジーの気配に気づいたのはノワールだけだったようだ。


「ルカはどうしてる?」


「相変わらずまだぐっすり眠ってるよ。顔、見る?」


 名指しこそしなかったものの、仮面の奥のクレイジーの目線は真っ直ぐユナの方を向いていた。その鋭さに寒気すら覚えそうだったが、ユナは折れずに頷いた。すると、紫色の唇がにぃっと満足気につり上がる。


「ルカの部屋はこっち。ついておいで」


 クレイジーが軽い足取りで本部の中に入っていく。ユナも慌ててそれを追った。岩礁を削ってできた幅の狭い階段を登り、吹き抜けの二階へ。下の広場は食堂なのか、テーブルがいくつも並んでいる。その奥には特に何もない空間が広がっているようだった。アイラ曰く訓練場らしい。神石の使い手がいるブラック・クロスでは力を使いこなすためにあの場所で鍛錬を行う者もいるそうだ。


 二階の食堂の上部を抜け、訓練場の上部にあたる位置まで来ると、壁にはいくつもの扉が並ぶようになった。ここがメンバーの居住エリアのようだ。


 クレイジーはそのうちの一つの扉を軽くノックし、ゆっくりと開く。部屋はそう広くない。ベッド一つと一人用の木製のテーブル、丸椅子、そして壁に開く小さな窓。物置のように使っているメンバーもいるという話だったが、その部屋はやけに殺風景だった。壁に洋服がかかっていなければ、新居同然の光景だ。


 ユナはベッドの側に駆け寄る。そこには金髪の青年が穏やかな表情で眠っていた。


「ルカ……」


 本部に戻って誰かが寝着に着替えさせたのだろう。額に朱のバンダナを巻いていないと、余計にその面影はかつてのキーノに重なった。


 ノワールが「さて」と言ってルカのベッドのへりに腰掛ける。アイラもクレイジーも黙っていて、部屋の中に響くのはルカの寝息と外の海のさざめきくらいだ。


「話の続き、まだだったな。今夜はもう遅いが……聞く気はあるかい?」


「うん、教えて。ノワールたちがルカを見つけた時のこと」


 ユナが迷いなく答えると、ノワールはふうと一息ついた。それは少しだけの呆れと、ユナの想いの強さへの感心が混ざったような響きをしていた。やがてふと眠っているルカの表情を見てからユナの方へと視線を戻し、ゆっくりと話し始めた。


「三年前……いや、本当はもっと前からだな。俺はある匿名の人物から依頼を受けていた。ある島を見つけろ、ってな。ずいぶん無茶な依頼だったよ。なんせ地図にも創世神話にも記録されていないんだから。でもガルダストリアにもルーフェイにも属さない俺にしか頼めないと言われ、断るわけにもいかなかったのさ」


 ノワールは当時のことに思いを馳せるかのように窓の外を眺める。外には黒々とした海だけが広がっている。


「ちなみに依頼主はその島のことを確かこう呼んでいた。”時の島”、と——」




***



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