mission4-26 孤独な嘘つき少年



***



「ユングー! またウンダトレーネに遊びに行こうぜ!」


「絶っっっっ対、嫌だね! グレン、お前こないだ俺のこと置き去りにして村に帰っただろ! もう二度とお前とは出かけねぇって決めたんだ!」


「なんだよー。俺より年上のくせに、それくらいで怒るなよな。今度は獣道通って新しいルート開拓しようぜ。きっとそこに未知の薬草が……」


 しかしユングはバタンと家の扉を強く締めた。拒絶の意思を表したかったのだろう。彼はグレンにとって村の中で一番年が近い男であったが、最近嫁をもらったのもあってか付き合いが悪くなった。


 グレンは肩を落としてとぼとぼ歩き、村の中央の池のほとりまで来ると、池の中をぼーっと眺めた。深さは人の背の高さの五倍くらいはあるだろうか。それでも底が見えるくらいに青みがかって透き通っていて、聖水以外どう表現しようかというくらいである。


 七年前。まだヤオ村の水が濁っていなかった頃。十二のグレンは遊び盛りで、しょっちゅう村を出て回っていた。しかし遊び相手には恵まれなかった。彼の親を始めとする働き盛りの大人たちは皆出稼ぎで中央都に出ていて、子どももそれについていくことが多く、同世代の子どもがあまり村に残っていなかったのだ。


 グレンが両親についていけなかったのは、彼に呪術の才がなかったからだ。中央都の呪術学校に通わせてもきっと寂しい思いをするだろう、そういう両親の計らいで、彼はヤオ村の村長を務めるジジの家に取り残されているのである。





「おい、グレン! てめぇ、騙しやがったな!」


 池のほとりに佇むグレンを見つけ、息巻いてやって来たのは医療呪術用の薬を作る事を生業なりわいとしているシーシャだ。


「この間お前に採りに行かせたキノコ、あれは”アルフカツリョクダケ”じゃない、”アルフダケ”だ! 採集する時は胞子の色を確認するようにって幼い頃に教えられてるはずだろ!? 胞子が黄色いのがカツリョクダケ、白いのがダツリョクダケ! 体力回復のための薬作ってんのに、もし気づかなかったら危うく毒薬になっちまうところだっただろうが!」


 拳骨げんこつで頭を殴られたが、グレンは「いて」と言っただけであまり気にしていなかった。それよりも彼が関心を持っていることがあったからだ。


「いいじゃんかよ、シーシャのおっさんなら気付くと思ったんだよ。これで調合ミスの汚名も晴れるだろ?」


 シーシャは先日薬の調合を間違えて村長に大目玉をくらっていたのだ。本来なら中央都でも売れる薬を作る腕のいい薬師だが、加齢で視力が落ちてきたのをそのまま放っておいたせいで目分量を誤ったのである。


 グレンは上目でシーシャの顔を覗き込んだ。彼の薬師としての実力を示す機会になると思い、わざとダツリョクダケを持って行ったのだ。きっと感謝してもらえるだろう……しかし、シーシャの顔はかえって暗く曇ったようだった。


「何も分からないガキが、余計なマネをするんじゃねぇ……! 気づいたのは俺じゃない、弟子の奴だよ」


「え……」


「もうお前には薬草採りに行かせねぇ。後でちゃんとジジさんには言いつけておくからな」


 シーシャは吐き捨てるようにそう言うと、グレンに背を向け自分の家に戻っていった。





 グレンはちぇと舌打ちをすると、シーシャの家とは池を挟んで反対方向の家の戸を叩いた。


「おーい、キユばあさん。暇だし一緒にじいさんの墓参りにでも行こう」


 すると前に立っていたグレンを吹き飛ばす勢いで扉が開いて白髪の老婆が現れた。元々しわが刻まれた顔ではあるが、眉間のあたりはいつもより数が多い。


「一体いつからワシをたばかっておったのじゃ! この嘘つきめが!」


 老婆は歯の隙間から唾を飛ばしながらものすごい剣幕でまくしたてる。


「な、なんだよ、嘘つきってなんのことだよ」


 グレンがたじろいでいると、キユはふところから小さなハサミ--草木を切るためのもので、これは子供用だ--を取り出した。それを見てグレンはハッと口を押さえる。刃のところには自分の名前が彫ってある。今朝落としてなくしたと思っていたが、よりにもよって彼女に拾われてしまうとは。


「どういうことじゃ、グレン。喧嘩別れした息子夫婦が旦那の墓に花を供えに来ているって、お前さんそう言っておったじゃろ。いつもすれ違いになってしまうのが不思議で、今日はワシ一人で墓参りに行ってきたのじゃよ。そしたら……これが落ちておった」


 キユの声音は、少しだけ悲しげであった。立つ瀬がなくなって、グレンは俯き黙りこくる。


「グレンや。いつも寂しかろうと思ってワシも付き合ってやっておったが……今日はそんな気にはなれそうにない。帰りなさい。しばらく顔を見せんでおくれ」




(はぁ、今日は散々だったな……)


 少年は深いため息を吐きながら家の前まで戻ってきていた。これでまた家に戻ればジジに色々と小言を言われるに違いない。そう考えると一層憂鬱になり、玄関の扉に手をかけるのを躊躇ためらっていた時だった。


--ガチャ。


 ちょうど家の中から人が出てきて、グレンは慌てて身を引く。


(ん……なんだこいつら?)


 出てきたのは二人。どちらも鼻から上を覆う派手な陶器の仮面をしていて、足元まである長い赤紫色のローブを着ている。一人はグレンの家の屋根の高さに届くくらいの背の高さで、もう一人はまだ成長期のグレンと同じくらいの背丈だ。すっと伸びた姿勢と滑らかな足運びはこの辺の人間とは思えない。


 背の低い方がグレンに気づいたかと思うと、ニヤリと口角を吊り上げた。なぜ笑われたのかさっぱり分からないが、腹がゾッと冷えるような感覚を覚えた。


「ただいまー。今の、お客さん?」


 家の中に入ると、ゴザの上であぐらを組んでいたジジが不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふん。中央都の『仮面舞踏会ヴェル・ムスケ』とかいう奴らじゃよ。意味のわからんことをほざきおって。二度と来るでないわ」


「何言われたんだよ」


「大人の話じゃ。首を突っ込むのはおよし」


「ちぇ。みんなそうやって俺を子供扱いする」


 グレンはぶすっとむくれると、家の中に干してある薬草を幾つか手にとって再び外に出ようとした。


「こりゃグレン、やっと帰ってきたと思ったら今度はどこへ行くんじゃ」


「水精様のほこらだよ。今日の分のお参りまだ行けてないから」


「そうか。水精様によろしくお伝えしといてくれ。ワシはこれから緊急の会合を開かねばならぬ」


「はーい」


 グレンはいそいそと会合の準備をするジジを横目に家を出た。会合に参加するのか、それぞれの家の家長かちょうたちが村長の家に向かってきている。周囲はだんだん薄暗くなり、日は沈みかけていた。


(何か事件があったわけでもないのに……緊急の会合なんて、変だな)


 グレンは不思議に思いながらも、一人水精の祠がある丘の方へと歩いて行った。






「水精様、水精様。今日は一つお願いがあります。ユングの奥さんは病弱なんだそうです。でもユングはいい奴なんです。ビビりだけど、俺が森で足怪我した時はおんぶして家まで送ってくれるし。だからユングの奥さんが身体を壊さないように、二人がずっと仲良くいられますように、どうか見守っていてください」


 祠の前で目を閉じ、手を合わせて祈る。すると、頭の中で雨が降る音のような音が微かに響いた。グレンはパッと目を開けて辺りを見渡す。しかし何もない、誰もいない。


(最近こういうことがよくあるんだよな……もしかして本当に水精様に声が届いてんのかな?)


 そう思うと嬉しくて、一人にやにやとしてしまう。誰にも見られていないのだが、何だか恥ずかしくてグレンは両手で顔を覆った。




--ザワッ。




 また物音がした。しかし先ほどとは違う、頭の中ではない。草木が風になびいてこすれあうような音。グレンは恐る恐る後ろを振り返る。いつの間にか背後に人が立っていた。


「わぁっ!?」


 驚いて尻もちをついてしまった。高鳴る胸を押さえながら顔を上げ、その目に入ってきたのは--陶器の仮面に長いローブ。先ほど家の前ですれ違った背丈の低い方の人間だ。




「ヤオ村のグレン……一つ、取引をしない?」




 リン、と鈴の音が響いた気がした。



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