mission4-21 水源への道
ユナたちが進んだ通路は、広場よりも空気がひんやりとしていた。その理由はすぐに分かった。水だ。通路を進んで間も無く、道は池のような水で浸され水路のようになっていたのだ。ユナは覗き込んでみたが、暗いせいで底がどれくらい深いのかは分からない。
「ここ、泳いで行かないと進めないのかな」
ユナが水に触れようとすると、アイラが「ダメ!」と叫んだ。
「忘れたの? グレンが言っていたでしょう、ヤオ村の水の水源はジーゼルロックの封神殿の中にある、って。この水も穢れてしまっている可能性は十分に考えられるわ。触れるのは危険よ」
「そっか、そうだよね。でもそしたらどうやって渡ろう……」
アイラはうーんと言って辺りを見渡す。
「砂を使って道を作ることもできなくはないけど、向こう岸が見えないから厳しいわね。そこまでセトの力を使ったら私は体力切れになるし」
「そうだよね……何かいい方法はないかなぁ」
ユナはふと水際に目がいった。水と地面の境目だけ、やたらと雑草が生い茂っている。
(何でこんなに……?)
ふとヤオ村での会話が頭をよぎる。グレンの家に泊まった夜、ヤオ村の話を聞いたのだ。村人たちとは会話にならなかったから、その分ルカはグレンに対して質問攻めにしていた。この地域の料理は何が一番美味しいかとか、家に取り付けてある風車は何のためなのかとか、村で作られる薬はどんな風に使われるのかとか。グレンはいつまでも寝る気のないルカにうんざりした表情を浮かべていたが、自分の村に興味を持ってもらえること自体にはまんざらでもない様子だった。
『おれ、ルーフェイの呪術って見たことないから仕組みが分からないんだよ。詳しく教えてくれ』
『要領は神石と同じだ。土地神の恩恵を受けた触媒と、術者の神通力があれば呪術は発動できる。神石の場合は共鳴によってその二つが結びついて、体力がある限り力を使えるだろ。それに比べると呪術ってのは消耗品なんだ。触媒に宿せる土地神の力は有限で、誰でも使える代わりに使うたびに共鳴状態を作らないといけない。そのために呪術式を書くんだ』
『コーラントの魔法と仕組みは一緒だね。コーラントの場合は歌の神の
『そういうことだろうな。コーラントは元々地理的にもルーフェイに近いから、呪術文化が形を変えて魔法というものになったんだろう』
『なるほどな。で、ヤオ村で作る薬はその呪術のための触媒になるんだろ?』
『そうだ。うちの村の薬は傷の回復や植物の成長を促す呪術によく使われるんだ。それも水精の力が宿ったこの村の水のおかげ……だから俺たちは聖水って呼んでる』
ユナはもう一度足元の水を見た。かつて聖水と呼ばれていたもの。今は村の人々を疫病に……破壊の眷属に変えてしまったもの。
「アイラ、一つお願いしてもいいかな」
「ええ、何?」
「試してみたいことがあるの」
ユナが考えを伝えると、アイラは頷いた。そして水際に生える草に向かって手をかざす。彼女の耳のピアスから黄色い光が放たれる。
--ズズズズズ……
アイラは雑草を根元の砂ごと宙に浮かせると、水路の上まで移動させた。自分たちでは手が届かないあたりまで運び、「ここら辺で落とすわよ」と確認する。ユナはうんと頷いた。
--ポチャン
アイラが力の発動をやめ、雑草は水の中に落とされた。
「これで何かが起きるのかしら--!?」
反応が現れたのはすぐのことだった。雑草を落としたあたりからブクブクと気泡が湧き上がる。ユナ達は息を飲んでその様子を見守る。すると水面に何かの影が現れ、次の瞬間には姿を現した。
アイラが落とした雑草が、巨大な水草となって水路の上に浮き上がったのだ。
「嘘でしょ……こんな急成長するなんて」
アイラはもう一度別の雑草を抜き、巨大化した水草の奥に落としてみた。すると、やはり同じことが起きた。小さな雑草が水に落ちた瞬間、人が乗っても沈まないくらい丈夫な水草に変化するのだ。
「……ここの水は、聖水じゃなかったのかもしれない」
先に進める光明が見えたのは喜ぶべきことだった。しかし、ユナの表情はいささか暗い。彼女は一つの事実に気がついてしまったのだ。
「聖水じゃない?」
「ううん、違うね……ある意味では聖水だし、ある意味ではそうじゃないの。ジーゼルロックから湧き出る水は、何かを増殖させる力のある水だったんだよ」
アイラもハッとして口を覆った。
「増殖……そういうことだとしたらヤオ村の水に浄化作用がなかったのも頷けるわね。封神殿に満たされていた穢れを浄化するどころか、増殖させてあの村に流れていた」
「うん」
「ちょっと待って……そうだとしたら封神殿に破壊神を封印する意味が分からないわ。だって、そんな水がある場所に破壊神を閉じ込めたら、破壊神は弱体化するどころか……!」
アイラはユナと目を合わせる。ユナは神妙な面持ちで声を落として言った。
「ここに破壊神を封じ込めたルーフェイ王家の狙いは何だったんだろう……もしかしたら、私たちは最初から勘違いしていたのかもしれない」
--まぁまぁ、そんなに焦らなくてもそのうち分かるって!
ユナはばっと後ろを振り返った。しかし誰もいない。
「どうかした?」
「さっきから声がするの」
「神石の声じゃない?」
「ううん、ミューズじゃない。多分、ハリブルの声」
「ハリブル? あの子はヤオ村に残っているはずでしょう。あなたきっと彼女に嫉妬しすぎて幻聴が聞こえてるのよ」
「しししし嫉妬!?」
ユナの顔がみるみるうちに赤くなる。アイラはからかうようにふっと笑みを浮かべた。
「やだ、自覚なかったの? 彼女がルカにベタベタくっついてる時のあなた、相当面白い顔してたけど」
「えぇぇ……なんか、すっごく恥ずかしい……」
耳まで真っ赤に染まったユナは消えそうな声でそう言うと、アイラからぷいと顔を背けた。
「お願い、ルカには言わないで……」
「大丈夫よ、そういうことに敏感な男じゃないから」
ユナは深いため息を吐いた。それがルカに対してのものなのか、自分自身に向けられたものなのかは分からないが、少なくともアイラは彼女のこの初々しい反応を楽しんでいた。背中を丸めたユナは小さい声でぽつりと呟く。
「……私、自分でもまだ分からないの。前よりはルカのことはルカだっていう風に見れるようになってきたと思う。でもそれは上書きしようとしてるだけなんじゃないかって、怖いんだ。気づかないうちにキーノとルカが私の中で一緒になってしまうのが怖い……」
「別にいいじゃない、一緒になったって。どんな風であれ大切に想ってくれるのであれば、きっと彼の支えになるはずよ。ルカは時々危なっかしいところがあるから、支えてくれる人が必要なの」
ユナの頭には、ルカのこれまでの言動が浮かんでいた。普段は飄々としているが、何かあった時の思い切りの良さに少しゾッとすることもある。
「でも、ルカのこと支えてるのは私だけじゃないでしょう? アイラだって、ルカのこと目覚めた時から知っているだし」
ユナはアイラの方を振り返る。「そうね」と答える彼女の顔に浮かべられた表情に、少しだけ胸がちくりとした。微笑んではいるがどこか困ったような様子で、アイラはそれ以上詳しく話す気はなさそうだった。
「そういえば、神器の使い方を教えるって話だったわね。歩きながらでいいかしら?」
「うん、大丈夫だよ」
二人は水路の上に大きく開いた水草の上に恐る恐る足を乗せる。体重をかけても沈む様子はなかった。アイラの力で、残っている雑草を水路に落として道を作る。二人は水に触れないように慎重になりながら、水草でできた道を奥へと進んでいった。
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