mission4-15 風の哭く崖・ジーゼルロック



--その道にも、やはり風は吹いていなかった。



 ルカたちはヤオ村を出てアルフ大陸の北西端、ジーゼルロックへと繋がる丘陵地帯を歩いていた。この辺りは村よりも標高が高く、あまり背の高い木が生えないので景色は開けている。だが、ヤオ村と同じようにどこか空気が澱んでいる感じがした。草木がしおれ、地面は村人たちの皮膚にあった赤黒い斑点のような色を帯びている。周囲に生き物の気配がない分、余計に不気味で落ち着かない。


「この辺は前まではよく薬草が取れる場所だったんだ」


 ジーゼルロックまでの道案内を買って出たグレンは、そばに生える潅木かんぼくの葉をプツンと千切って検分したのちに地面に捨てる。その葉もやはりくすんだ色をしていてしおれかけていた。


「グレン、こっからジーゼルロックまではどれくらいなんだ?」


「一日あれば行ける」


「えっ、そうなのか? 地図上だとウンダトレーネを抜けてから二日くらいかかる道だったと思うんだけど」


「地元の人間を舐めるなよ。少々険しい道だが近道があるんだ」


 グレンは得意気に鼻を鳴らす。しかしそれに水を差すようにリュウが声を低くして言った。


「……険しいってこういうことか?」


 一行は辺りを見回して愕然とする。いつの間にか破壊の眷属けんぞくに囲まれていた。枯れ木と汚泥をつなぎ合わせたような異形のものたちが次から次へと地面から湧き、こちらに向かって威嚇の声を上げている。


「し、知らねぇよ……ジーゼルロックへ行くのはそれこそ七年ぶりくらいなんだ……当時はこんなんじゃなかった」


 先ほどまでの自信はどこへやら、声を震わせるグレンにアイラは呆れたように溜息を吐く。そして両耳のピアスを銃に変化させて言った。


「そもそも私たちがジーゼルロックに目をつけた発端は、破壊の眷属たちの大量発生だったわね。全く、嫌な方向に色々繋がってくれるわ……みんな、構えて!」


「おう!」


「うん!」


「ああ--行くぞ!」


 先陣を切るのはリュウだった。破壊の眷属たちの群れに向かっていきながら右腕を鬼人化させる。破壊の眷属たちは逃げることを知らず、近づいてくる鬼人族の青年に腕を伸ばし襲いかかろうとする。


 しかし、それは叶わなかった。


--ドゴッ!


 まるで爆発でも起きたかのような激しい音とともに、リュウが拳を叩き込んだ周囲からは破壊の眷属消滅の証である黒煙がいくつも舞い上がる。


「あいつ、相変わらずの馬鹿力だな! こっちもやるか--クロノス!」


 ルカの呼びかけとともにネックレスの黒の十字は紫の光を発して大きな鎌に変化する。破壊の眷属たちはリュウの一撃により既に隊列を乱していた。とにかく近くにいる人間に標的を定めることにしたようだ。ルカにも何体かが襲いかかってくる。ルカは目を閉じ大鎌を両手で構えるとその場で立ち尽くす。


「おいルカ何してるんだ! このままじゃやられる……」


 慌てるグレンを薄桃色のヴェールが包む。腕輪を円月輪に変化させたユナが背中合わせに立っていた。


「ルカなら大丈夫。それよりグレンも気をつけて!」


「あ、ああ……ありがとう」


 グレンは深く息を吐くと、背負っていた神器を下ろして構える。矢がないのにどうやって攻撃するのだろうか。ユナが不思議に思って見ていると、グレンが弓を引き絞った。すると本来矢があるはずの場所に群青色の光が集まっていく。


「クソ……当たれよ!」


 光の矢を思い切り放つ。それはまっすぐに宙を進んでいき、破壊の眷属の身体に命中した。


「ギャァァァァァァァ!」


 命中とともに矢が水となって弾け、魔物の身体をバラバラに粉砕する。


「--っし!」


 グレンは額を流れる汗を拭いながらぐっと拳を握り締める。安堵する彼の肩を誰かがポンと叩いた。


「やるじゃない、グレン。でもまだまだ使いこなせていないようね。私が手本を見せてあげるわ」


 アイラはそう言って双銃の側面、黄色の神石に手をかざした。石が光る。敵が一体こちらへ向かってきていた。アイラはふっとそれをかわすと、その身体を足蹴にして跳躍し、


「”熱砂ねっさ”装填。燃え尽きなさい--!」


 舞のような軽やかな身のこなしで発砲の反動を受け流しながら、休みなく次弾に繋げていく。アイラが手を振り上げると、既に放たれた銃弾が砂に変わり、破壊の眷属たちを飲み込んでいった。


「すごい……!」


 グレンもユナも、思わず見とれてしまう。一方、沈黙と静止を守るルカの方には破壊の眷属の魔の手が迫っていた。その醜い枝のような腕が届かんとした時ルカはカッと目を見開く。


「一気に片をつける! “時間軸転移タイム・シフト”!」


 瞬間、ルカに襲いかかろうとしていた破壊の眷属たちの足元が紫色に光る。


「グ、グガッ……!」


 光は一気に湧き上がり破壊の眷属たちの身体を包み込む。そして動きが止まった--その隙に、ルカは黒い大鎌を振りかぶった。


--ズシャッ!!


 ルカの周囲を囲んでいた破壊の眷属たちは、一斉に黒煙と変わり果てる。


「やったか……?」


「まだだ!」


 リュウが叫んだと同時に地面から再び破壊の眷属が姿を現した。いくら倒してもまた新手がやってくる。


「ダメだ、キリがない! 今のうちに先に進もう!」


 リュウが前方に立ちはだかる破壊の眷属たちを蹴散らす。その折を狙って、一行は攻撃を取りやめ目的地に向かって駆け出す。破壊の眷属たちは一行を追ってきている。足は速くはないが、気を抜いたら追いつかれる勢いだ。


 そんな時、アイラのコートのポケットから声が響いた。


「アイラ! ノワールから連絡や!」


「チッ。タイミング悪いわね!」


 アイラはポケットからサンド二号を取り出し、力強くその身体を叩いた。するとぼふんと白煙を吐いてぬいぐるみは人の顔ほどの大きさまで巨大化。ルカたちにとってはすでに見慣れた光景だったが、初めてその様子を目にしたグレンは目を丸くする。


「な、なんなんだそれ!」


「これも神石の力の一種よ。付喪神の眷属・サンドシリーズ、私たちの通信手段なの。ノワール! 今追われてる最中だから手短にお願い!」


『追われてる? そんなやばいことになってんのか。お前がしばらく連絡寄越よこさないから何かあったんじゃないかとは思ったが』


「やばいも何も、ここまで野盗に遭って荷物を奪われるわ、ジーゼルロックで待っているはずのリュウはヴァルトロ四神将に吹き飛ばされてウンダトレーネで合流することになるわ、ダイアウトになっているヤオ村では奇病が流行っているわ、そのダイアウトで疫病に罹った人間が破壊の眷属化して襲ってくるわで散々よ!」


『おいおい待て待て。色々と想定外すぎるんだが』


「ええそうね! でもこれだけは言える。あなたの読みは当たっていた。ジーゼルロックにはやはり破壊神が隠されている。目的は分からないけれど……どうもルーフェイ王家が一役買っているそうよ」


 アイラの言葉に一瞬サンド二号の口から聞こえてくるノワールの声が止んだ。息を飲むかのような無言。自分たちが走る足音だけが響く。


『ルーフェイ王家か……なるべく聞きたくなかったが、その可能性が一番高いとは思っていた』


「どういうこと?」


『クレイジーの報告内容の中に、ルーフェイ王家が定期的にジーゼルロックに向けて使いを送っているって情報があったんだよ。変だろ? 王家にとってあんな辺境に用があるなんておかしいと思っていたんだ』


「ちなみにヤオ村の疫病の原因はジーゼルロックに破壊神が封印されたことらしいわ。私たちは当初の目的に加えて、ヤオ村救済のためにもこのままジーゼルロックへ向かう。崖の中に封神殿があって、そこを探れば何かが分かるかもしれない」


『内部には入れそうなのか?』


「ええ」


 そう言ってアイラはグレンを手招きする。


「ヤオ村のグレンという青年の力を借りることにしたわ。彼は神石の共鳴者で、封神殿の鍵を開けることができるらしいの」


「よ、よろしくお願いします……」


 グレンは本当にこのボロのぬいぐるみを通じてどこか別の場所にいる人間とやりとりできるのか不信に思いながらサンド二号に向かって言う。するとすぐに『よろしくな』と男の声が返ってきたので、驚いて身を引いた。


『とにかく無茶はするなよ! 最初はヴァルトロだけかと思っていたが……下手したらルーフェイとも鉢合わせする可能性がある。奴らと戦う必要はねぇからな、今回はあくまで調査任務だ。あの馬鹿二人にもよく言っておいてくれ』


「……ええ。早速それを破ったのが一人いるけどね」


 アイラは横目で後方を走るリュウの方を見やる。リュウは一行の一番後ろで迫り来る破壊の眷属たちの相手をしていた。






「はぁ、はぁ……はぁ……」


 丘陵地帯を抜け、山の中を通る隧道を通り、辿り着いたのはアルフ大陸の北西端。目の前に広がる岩礁と海岸は荒く削られており、波は高くしぶきが陸の方まで届くくらいだ。そしてその向かいには高くそびえる断崖絶壁。見上げてもてっぺんがかろうじて見えるか見えないかくらいで、上部からは滝が勢い良く噴き出していた。


「これがジーゼルロック……!」


 ルカは自然が作り出したその荘厳な景色に思わず息を飲んだ。”凪の期”の影響で風はわずかにしか感じられなかったが、ボコボコとむき出しになった岩肌から普段の風の強さを想像することは難しくない。


「封神殿って……どこにあるんだろう」


 ユナは辺りを見渡すが、それらしいものは特に見当たらない。そもそもこの周囲に人の手が入っているようなものが一切存在しないのだ。


「お前ら、本当にいいんだよな」


 確認するかのように、グレンが神妙な顔で尋ねる。


「今更何言ってんだ。良いに決まってるだろ」


 ルカが即答し、アイラもリュウもユナも、こくりと縦に頷いた。グレンも自分自身の意志を確かめるような様子で頷く。


「今から扉を開ける」


 グレンはサラスヴァティーの神器・水精の鍵を構え、弓をぐっと引き絞った。照準は崖の上部、滝の噴出口のようだった。群青の光が矢の形をなし、最大まで引いたところで手を放す。光の矢は直線の軌道を描き、滝の噴出口の中に飲み込まれていく。


「どうなった……ん!?」


 ルカは目を見張った。


 滝の噴出口から煌々と群青色の光が煌めき--やがて滝の水の勢いは緩やかになって本来ならばありえない方向へと流れ落ちる。そう、ルカたちがいる崖の手前の方まで、まるで登ってくれと言わんばかりに。ルカは恐る恐る足を乗せてみる。水の上だ。しかし落ちない。実体がある。


「ここを登っていけば封神殿の中に入れるんだ」


 グレンは水が作った坂道の上方を指差す。そこには重厚な金属扉があった。表面には怪しげな文様が描かれていて、錆による変色の激しさを見ればかなり年季の入ったものだということがわかる。


「どう考えても、人の手によって作られたものよね……」


 荒々しい自然の営みを感じさせる崖に、人の文明が色濃く刻まれた神殿の存在。この中で待ち受ける者への畏怖を感じながら、ルカたちは一歩ずつ水でできた坂道を登って行った。




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