mission3-17 インビジブル・ハンド
「いらっしゃいませ。お荷物はこちらでお預かりします」
店に入ってすぐの受付で出迎えたのは、品の良い青年だった。アシンメトリーのストレートヘアと、清潔感のある白いシャツに黒いベストの制服がスマートさを強調している。目が合うと穏やかに微笑みかけてきた。こういった場所はもっと眼光鋭く気性の荒い人間が働いているのだと思い込んでいたユナは、彼の雰囲気にホッと胸をなでおろす。
ガザは青年に荷物を預けると、彼をじっと見てから尋ねた。
「あんた見ない顔だな。新入りか?」
「はい、ウーズレイと言います。この街には引っ越してきたばかりで。至らぬ点も多々あるかと思いますがよろしくお願いします、ガザさん」
ウーズレイはうやうやしくガザに向かって頭をさげた。その仕草はゆったりと優雅で、新入りとは言いつつもどこか熟練の執事のようであった。
ユナはガザの背後からそろりと店内を覗き込む。まだ団体客--ヌスタルト工場の工員たち--は来ておらず、客はまばらだ。赤い革のソファがいくつも並べられ、男性客に薄手の華やかなドレスで着飾った女性がついて、酒を飲みながら談笑している様子が見える。薄暗い間接照明と豪勢なガラスのシャンデリアが、ここが大人の夜の遊び場であることを強調しているかのようだ。改めて自分が場違いなところにいるような気がしてユナは少したじろぎ、後ろにいたルカにぶつかった。
「大丈夫?」
「う、うん。平気」
ウーズレイが受付の裏にガザの荷物をしまって戻ってくると、ガザの後ろにいる三人を見て言った。
「そちらの方たちは? もしかしてママが言っていた……」
「いらっしゃァァァい。ガザちゃん随分ご無沙汰じゃないのよォ」
ウーズレイが言い終わらないうちに、店内から大柄の女性が小走りでやってきて、いきなりガザを抱擁した。近くで見ると、高身長で肩幅もあるガザを包み隠すほど肉付きのいい女性だった。奇抜な蛍光色の髪の色と、髪と同じ色の派手なアイシャドーが眩しい。
「悪い悪い。今日は例の頼まれてた件なんとかしてやっから、それでチャラにしてくれよ、ママ・アダム」
「あらァァァ、もしかしてこの
アダムはガザから離れると、急に真顔になった。品定めをするかのような鋭い眼差しでアイラ、ユナ、ルカを順に見ていく。彼女の視線はルカのところでピタリと止まった。
「んん〜〜? この娘は……」
大げさに首をかしげてルカの正面に立つと、アダムはペタペタとルカの身体に触れ始めた。最初は顔や肩だけかと思ったが、その手は徐々に下に降りて行って、腹や腰、太ももの辺りにも容赦なく触れる。ぞわりと鳥肌が立ち、ルカは極力不快感を顔に出さないよう努力した。なぜならアダムの手は肉厚でごつく、骨ばっていて--どう考えても男の手だったからだ。
一通りルカの身体に触れ終えると、アダムはうんうんと一人頷いた。あれだけ触れればルカが女装していることには気づいているはずだ。やはりこの作戦は無茶だったのだろうか。緊張が漂う中、アダムはビシッと三人を指差して言った。
「あなたたちみんな--ご・う・か・くっ」
(あ、いいんだ……)
ルカは安堵していいような、どことなく不安なような、複雑な気持ちでうなだれた。そんな気持ちを察してか、ユナがルカの肩をポンと叩く。顔を上げてアイラの方を見ると、彼女は蔑むような顔で笑った。なんて意地の悪い。ユナの優しさを半分でも分けて貰えばいいのに。
「じゃ、俺はVIPルームで見守ってっから、しっかり頑張れよ」
ガザはそう言うと、会員証をウーズレイに渡し女を一人指名して店の奥へと消えていってしまった。なんて手際の良い。ルカたちが引き止める隙はない。
「あの男……初めからそのつもりだったのね……」
わなわなと拳を震わせるアイラをユナが「まぁまぁ」となだめる。
「さ、団体のお客さんがいらっしゃるまであんまり時間もないわよォ。ちょっとあなた! この娘たちにお酒の注ぎ方とか教えてあげてくれるぅ?」
アダムが声をかけると、従業員の女の一人が振り向いて「はぁい、ママ」と返事をした。
((あの人--!))
アイラとルカはハッとして目を合わせる。髪の色が銀色だったからだ。アイラは声を潜めてルカに言った。
「本部からの注意喚起、覚えてるわよね?」
「……ああ。気をつけておくよ」
二人がひそひそと話すのを見て、銀髪の女は眉をひそめる。
「ん? 何よ、新人のくせに感じ悪いわねー。あたし、けっこうここで働いて長いんだから、ちゃんと先輩として
銀髪の女は不機嫌になりながらもルカたち三人を店内に案内し、酒の注ぎ方や客との接し方などを丁寧に教えていった。
「そうそう、お客様にお酒をお注ぎするときはこうしてラベルを上にしてね……」
確かに自分で言う通り、ここでの仕事を熟知しているようだ。説明がわかりやすいため、こういった社交場がそもそも初めてのルカたちでもなんとかついていけそうだった。
(今のところ、怪しいところはないわね)
「何よ、あたしの顔になんかついてる?」
「いいえ、何でもないわ」
アイラにじっと見られていることを不審に思ったのか、銀髪の女はムッとした。いや、理由はそれだけではないだろう。新人であるはずなのに、アイラの大人びた雰囲気はこの場にかなり馴染んでいて、先輩である彼女を優に超える美しさを振りまいていた。まだ指導中だというのに、すでに客の男たちの目線が集まり始めている。面白くない--銀髪の女はそう言わんばかりに、アイラとは目を合わさずルカたち二人の方だけを見て説明を続けた。
しばらくしてアダムがパンパンと手を叩き、店内に響き渡る声で言った。
「みんな、団体のお客様がヌスタルト工場からいらっしゃったわよ!」
すると、従業員たちは皆一斉に立ち上がる。それぞれ別々の席につくよう指示されたルカたちも、周りに合わせて立ち上がった。
「いらっしゃいませー!」
従業員たちが声を揃えて店の入り口に向かってお辞儀をする。入り口からはぞろぞろと客が入ってきていた。ヌスタルトの工員たちだ。
(いよいよ始まる……)
ユナはゴクリと唾を飲み込む。緊張で手に汗がじわりとにじんだ。しかし不思議と怖くはない。未知のことへの恐れよりも、今は目的を達成することに集中していたのだ。
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