mission3-1 スウェント坑道へ



 一台の馬車が細い山道を器用に進んでいく。あたりは鬱蒼うっそうと木が生い茂り、陽射しが地に届くのを阻んでいて、空気はひんやりと湿っぽい。


 時折聞いたことのないような獣の甲高い鳴き声が聞こえた。その度にユナはびくりとしてきょろきょろと辺りを見回したが、何かが見つかるわけでもなかった。


「あれはアルフモンキーの鳴き声だ」


 ユナの不安そうな顔を見て、ガザは笑いながら言った。


「基本的には大人しい奴らだから心配はない。ただ気に入ったものに関しては乱暴してでも手に入れたがる。繁殖期は人間が襲われることもあるから気をつけろよ。この辺には無謀なことのたとえで、"アルフモンキーに惚れ薬"ってことわざがあるくらいだからな」


「それって全然大人しくないじゃん……」


 ユナはがっくりと肩を落とす。横でガザが書いたミッションシートを見ていたアイラは、ふっと笑って言った。


「アルフモンキーなんて可愛いものよ。繁殖期なんて年に一度しかないんだから。人間の男はもっと厄介」


 そう言って、呆れた顔でミッションシートに添付されていたカードをひらひらさせる。


「一体なんなの、このふざけた支給品は」


 光沢のある金色に紫の文字で『インビジブル・ハンド』と描かれている。説明がなくとも、そのカードからはどことなくいかがわしい雰囲気が醸し出されていた。


「おい、ぞんざいに扱うなよ。それは限られた人間しか持てない特別な会員証なんだぜ。キッシュに行くんなら、俺の行きつけの店に招待してやろうと思ってな」


 アイラは心底嫌そうに顔をしかめた。


「お断りよ。だいたいキッシュへは遊びに行くわけじゃない。神器を作ったら次の任務があるんだから」


「はっはっは。お前は本当に仕事中毒ワーカホリックだな。そう気を張ってばかりじゃ疲れるだろう」


 ルカは腕を組んでうんうんと頷いた。


「そうだよアイラ。ガザがこんなに気前よくしてくれるなんて珍しいしさ」


「お前、俺のことをそんな風に見ていたのか」


「で、そのお店ってどんな店なの? 高級レストランとか?」




 ルカは期待に満ちた瞳で言った。混じり気のないその眼差しに、一瞬の沈黙が流れる。




「どんな店って、それはお」


「あああああああそうだ! 今日もシアンさんのエナジードリンクを飲まないと! キッシュに着くまではまた破壊の眷属が現れるかもしれないもんね? 確かこの鞄の中に入ってるんだっけ」


 ガザが言いかけたところで、ユナが口を挟んだ。ごそごそと慌ただしくアイラのショルダーバックから瓶を取り出す。きらきらと目を輝かせていたルカは、不思議そうに首を傾げた。








 やがて分岐路まで来ると、馬車を走らせていたホットレイクの女将が一瞬馬を止め、後ろに乗る四人に向かって言った。


「ここから南の方へ行けばルーフェイ領、北の方へ行けばキッシュにつながるスウェント坑道じゃ。あんたら、本当に坑道を通るつもりかえ? ホットレイクが寂れてしまってからあの道を使う者は少ない。今ではほとんど整備されておらんのじゃが……」


「他にキッシュに行ける道はあるんですか?」


「かなり遠回りになるが、ルーフェイ領の中を通るのが一般的なルートじゃよ」


 しかしルカは首を横に振る。


「それはあくまで一般市民にとっては、だよ。ルーフェイは検問が厳しいから、おれたちみたいなのはすぐに引っかかる。ユナでさえ怪しまれる可能性があるよ。普段外に出ないはずのコーラントの人間だ、ってね」


「そういうこと。悪いけど、私たちについてきたからには楽はできないわよ。それでも大丈夫?」


 ユナはためらいもなく頷く。実を言うと、あまりルーフェイの領内には近づきたくはなかった。どうしても母親のことを考えてしまう。


「私は坑道でも平気。こう見えても、洞窟とかには慣れてるし」


「はっはっは。なんだ、大人しいお姫さんだと思ってたがこりゃ安心だな。それじゃあ決まりだ。女将、スウェント坑道の入り口のところまでよろしく頼むよ」


 女将は「あいわかった」と返事をすると、再び鞭を取り、分岐路の北の方角へと馬車を走らせた。






 しばらく進むと道は途切れ、坑道の入り口が見えてきた。


 入り口の側には金属板の看板に『スウェント坑道 ホットレイク方面口』と書かれている。看板は随分とび付いていて、入り口の周りも草が伸び放題になっていた。女将の言う通り、しばらく使われた形跡がない。


「あたしが送れるのはここまでじゃ」


「おばーちゃん、ありがとう。わざわざここまで連れてきてもらって」


「よい、よい。あんたらはホットレイクを生き返らせてくれた。いくら礼をしたところで足りないくらいじゃ。無用な心配かもしれんが、ここいらにも破壊の眷属の目撃情報がある。どうか道中気をつけて行かれよ」


 ルカたちは荷物を持って馬車から降り、坑道の入り口に立つ。全員が降りると、女将は馬の鞭を手に取り、にっこりと皺くちゃな頬をほころばせた。


「また会える日を楽しみにしておるよ。良かったらキッシュでもホットレイクの温泉が再び湧いたことを知らせておくれ」


 ルカは白い歯を見せてにっと笑った。


「うん、もちろん」


 山道にひづめの音が響き、馬車は徐々に遠ざかっていく。




 女将の姿が小さくなっていくのを見てユナは思う。旅とはきっと、こうして誰かと出会い、別れることの繰り返しなのだと。


 しかし、この別れを寂しいとは感じなかった。


 閑静な渓流にある癒しの里ホットレイク。故郷とは別の--いつか帰りたいと思える場所が、ひとつ増えたのだから。



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