補遺4 私はあなたをみつける。そして―


 教授に借りた車の助手席に田中さんを乗せ、朝早くから出発し、昼過ぎにはもう隣の第25行政区に入っていた。行政区庁舎所在地の街で高速を下り、そこからさらに一時間車を走らせる。


 世界歴2015年12月25日、逆鉾村さかほこむらの入口。僕は教授の提案で、田中さんと温泉宿・蒼鷺館あおさぎかんを目指していた。


「あれ? 先生は田舎っていってたけど、道路は村に入ってからのほうがしっかりしてるな。融雪装置もすごく整備されている・・・・」


 第76行政区も雪国ではあるが、僕の通う大学のキャンパス近くの道ですら、融雪装置が整備されていないところもあるくらいなので、こんな山奥でこんなに整備されているのをみると、少し違和感がある。


「そこのコンビニも、真新しいですね。観光地開発中なのかなぁ。ちょうどいいんで、そこで道聞いてきます。」


と、車を降りて、コンビニに向かう。そこへタイミングよく、雪国特有の二重ドアからこちらに出てくる人影があったので、「すみません」と声をかける。


 こんな山奥の寒村には不釣り合いな、黒のゴシック系ロングコートで、フードの脇から金色の髪が胸元まで垂れている、田中さんよりも一回り小さな、可愛いという形容詞がぴったりの女の子だった。


「・・・何か用ですか?」


 声も可愛らしい。


蒼鷺館あおさぎかんという温泉宿、この辺だと思うんですけど分かりますか?」


 ああ、それなら・・と道を教えてもらう。


「なるほど。ありがとう!助かったよ。あ、そっちの子も、じゃぁね!」


 道を教えてくれた女の子と、その陰に隠れていた一回り小さな女の子にお礼を言って、車に乗り込む。どうやら、もう少し村の奥の高台のようだ。僕は車の中の気まずい雰囲気を何とかしたくて、目的地に急ぐ。この時、道を教えてくれた彼女たちのことは、もう気にも留めていなかった。


「へぇえ。 ねぇ、アンタも聞いた? えっと、76行政区ナンバーか。ふぅーん・・・・」


 道を教えてくれたほうの女の子がフードを脱いで、金色の長い髪を軽く左右に振る。その顔はにんまりといった表情だった。





■ 世界暦2017年4月3日 第76行政区魔法大学校古陵こりょうキャンパス 第三呪術研究室



「えっ!?青魔道士あおまどうしなんですか? でも、何でまた呪術学の研究室うちのきょうしつなんかに・・」

「・・・えっと、君、最近ちょっとわざと自虐じぎゃくネタ言ってない? まぁいいけど。


 そう、青魔道士。青魔法は訓練などを経ても、後天的こうてんてきに取得することがほとんど出来ないと言われている謎だらけの魔法体系だからね。私も"こんなところ"に来るメリットなんかないと断ったんだけどねぇ・・・・」


 (自分も、自虐ネタ多くなってるじゃないか・・・)と思ったものの、僕の公聴会後に起こった一連の騒ぎのせいで、今年も76行政区魔法大学このだいがくの学部・修士学生は配属されなかったし、他大学からの大学院入学もこの一件のほかにはない。

 つまり、今年もこの研究室には僕と教員二人、秘書が一人の予定だったので、人数が増える分には歓迎したい気持ちでいる。そうそう、僕が博士研究員ポスドクに、佳苗さんがまた大学雇用に切り替わったので、そこだけが状況がかわっている。



「・・・でも、東都とうと大学院で修士課程にいたんですよね?何でわざわざ東都大学院を辞めて、こっちに入り直したんだろう?」


 櫻国の国立大学には、第二次魔導大戦前の帝国大学が戦後に改組された旧帝国大学と、各行政区に元々存在していた技術指導を主とする実学主義の専門学校や、教員養成のための師範学校を母体として、戦後に新たに設立された新設大学があり、規模や予算の面では圧倒的に旧帝国大学の方が大きい。

 第76行政区魔法大学校は新設大学、そして、東都大学は櫻国首都・東都にある最も古く、最も大きな旧帝国大学であった。そんなところから、こんな田舎の大学院に入り直すなんて、よっぽどのことがないかぎり、普通はない。


「こういうケースだと、多いのは研究室の教授BOSSと合わなかったり、途中でもっと別の興味が湧いたり、あとは何か問題を起こしたってのかな。


 ・・・・まぁ、今回のは"間違いなく"最後のやつだろうけど。」


 松田先生がお決まりのインスタントコーヒーを片手に、苦々しい顔でそうつぶやく。


「?? 何か事情知ってるみたいな雰囲気ですけど、先生の知ってる学生なんですか?」


「・・・ああ、君には彼女の指導もしてもらうわけだから、話しておこうか。今度、この第三呪術研究室にくる『朝比奈あさひな 黎花れいか』君は、私の弟の娘、つまりめいなんだよ。」


「そうなんですか! 確か先生も東都大学ですよね? 親戚に複数の東都大卒業者がいるって、僕らからすると凄いですよ。 ・・・・ん?でも、姪っ子さんなら、何でそんな気まずそうな感じしてるんですか?」


 僕は、この教授室で松田先生をぶん殴ってからというもの、幾分いくぶんかずけずけと物が言えるようになってきていた。


「・・・・君も、"逢えばわかる"よ・・・・」


 本当に苦々しくそういうと、松田先生は残りのコーヒーを呷る。教授室の窓からは、ちらほらと咲き始めた桜がやや強く吹く春の風で揺れているのが見えていた。



■ 第二部へ

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