Ⅶ
ぎちり――と。
あたかも金属の軋むような、軋轢の音。
怪物の腕と、自分の短剣。まるで鍔迫り合いのように力は拮抗し、一進一退という状況だ。
発条仕掛けの手足を持つレヴェナントが、爛々と輝く赫眼でこちらを見据えていた。トバリは口の端を釣り上げて笑みを作る。
鬩ぎ合っていた力を軽く横に受け流す。
同時に手首を捻り、短剣を翻して怪物の腕に叩き込んだ。
「――吹ッ!」
気合一閃。呼気と共に閃く斬撃。しかしレヴェナントの硬い身体は、容易くトバリの刃を受け止めて弾き飛ばす。
(かなり硬いな……けれどっ)
だが、それでも威力は殺し切れない。体重移動も計算に入れた、洗練された体捌きと組み合わさった力強い一撃に、発条足の怪物はたたらを踏んだようによろめいた。
「そら――よっ!」
其処に更にもう一撃。今度は刃を振り抜いた勢いそのままに、旋回からの蹴足をどてっぱらに叩き込む。
ブーツの底から感じ取るしっかりとした手応えに笑みを深めながら、トバリは蹴り込んだ足を一気に振り抜く!
同時に
パンッ! という空気が弾けるような音が蹴り込んだ足先から響く。同瞬、蹴りを叩き込まれたレヴェナントが、まるでクリケットで打たれた玉のように吹き飛んでいく。
ガシャンガシャンと激しい金属音を響かせて、レヴェナントが路地を転がる。その様子を端目に見ながら、トバリは振り返って倒れる二人に駆け寄った。
「怪我は?」
訊ねると、キャスケット帽の娘が「アタシは無事」と端的に答えた。
「簡潔で結構――さて、ミスター・グラハム・ベル。アンタは?」
「見て判らないのか。頭と腕に軽傷だ。血は出ているが、見た目ほどではない」
そう言って、仕立屋の店主アレックこと、アレクサンダー・グラハム・ベルは忌々しそうに顔を顰めた。そんな彼の態度にトバリは別段腹を立てることもせず、ただ苦笑と共に肩を竦める。
「それだけ元気なら充分だ。それじゃあ質問――俺のコートは?」
にたりと、口元を歪めてグラハム・ベルを見据えると、彼は「やれやれ」とでも言いたげな様子でかぶりを振り、肩から下げていた鞄から折り畳んだ衣服を取り出す。
「ありがとうよ」と礼を言い、トバリはそれを受け取るや否や、今まで来ていた黒のコートを脱いで颯爽と袖を通す。
愛用のコートはまるで新品同様に仕立て上がっていた。流石世に名を遺す天才技術者だけのことはある。たとえ畑の違う仕事をしても、どうやら点は二物も三物も人に与えるらしく、その出来栄えは一級品と言って過言ではない仕上がりとなっていた。。
しかもしっかりと注文通り、中には鋼糸が仕込まれているらしく、ずっしりとした重さとそれに見合うだけの頑丈さを感じさせる出来。これはまさに見事の一語に尽きる。
コートの仕上がりに満足し、トバリはグラハム・ベルの隣にいる少女を見やる。
「お前……あー、なんだっけ」
のだが、少女の名前が判らず、困ったように目線を泳がせると、
「名前? リズィ」
少女――リズィはあっさりと名乗ってくれた。実に察しが良くて有り難い。
「リズィ。このご老体の手当てを頼んでいいか? 俺は今から忙しくなるからな」
「いいけど……なにするの?」
「勿論――怪物退治」
そうふてぶてしいほど自信満々に言い放ち、トバリはフードを被りながら傍に落ちていた
短剣を左手に持ち直し、空いた右手で拳銃を握る。弾倉を開いて確認。計六発がしっかりと込められている。この霧で湿気ってないといいなぁなんて考えながら、トバリは一歩、霧の中に足を踏み込んだ。
耳に届くのは、ガシャンガシャン――と金属が跳ねる音。
同時にぬぅぅぅっと霧から顔を表すのは、鋼鉄の頭蓋に半分だけ人の皮を被ったクロームの怪人だ。長い発条仕掛けの四肢を器用に操り歩行する人型の異形に、トバリは口笛を吹いて相対する。
「なるほど。発条足で飛び回る――《
姿を見せた怪物を前に、トバリは不敵な笑みを浮かべた。
左手の上で短剣をクルクルと躍らせて、そのまま逆手に握り相手を見据えて――
「幾らでも来いよ、怪物ども。その
獣の咆哮の如く、トバリは声を上げながら疾駆した。
地面を踏み砕くほどの鋭く強烈な踏み込み。真紅の
「――
駆け抜ける勢いのままに斬撃を叩き込む!
白銀の軌跡が二閃三閃。クロームの怪人は反応する間もなく、無防備のまま次々と真紅の影が放つ刃を浴びていく。
一見すれば、トバリのほうが優勢に見えるだろう。何せレヴェナント《跳ねる者》は、速すぎるトバリの攻撃になす術もなく立ち尽くしているのだ。
しかし、
(――これまでの
刃を振るうトバリは、レヴェナントの身体を見ながら内心舌打ちをする。
これまで――このロンドンに来て早数カ月の間に相手をしたレヴェナントはそこそこな数になる。だがその殆どのレヴェナントは、この短剣の刃の下に早々に沈む程度の輩ばかりだった。
だが、このレヴェナントは――《跳ねる者》はこれまでトバリが相手取って来たレヴェナントよりもはるかに強固な硬度を誇る個体らしい。
しかし、だからと言って――御しきれないわけではない。
――
無遠慮に、トバリは短剣を振るいながら一発、銃弾を叩き込んだ――発条足の名に相応しいその発条状の右足に向けて。
勿論、その程度で。たかが小口径の銃弾一発如きでレヴェナントの持つ
此処で漸く、レヴェナント《跳ねる者》が動いた。
まるでこの瞬間を待っていたかのように、《跳ねる者》はその柔軟かつ長い手足を振り回し、肉薄するトバリを引き剥がそうと縦横無尽に手足を躍らせる!
その、間隙を縫うようにして。
――
更にもう一発、銃撃を叩き込む。弾丸を打ち込んだのは前と同じく右の発条足だ。
更に続けざまにもう一発撃つ。同じように。同じ足に。
そう。寸分と違わずに――だ。
ビュンビュンビュンと、発条足の怪物は全身を回転させ、凄まじい勢いで四肢を振り回していた。路地の壁は一瞬にして抉り取られ、地面はまるで爆撃でもあったのかと疑いたくなるような採掘痕が無数に刻まれていく。
最早霞んで見えなくなるような勢いに達した発条足の嵐の中で、トバリはそれらのすべてを見切って交わしながら銃口を持ち上げ――
残る散発の弾丸が、まるで緻密な計算から導き出された道程を辿るように、先の三発が叩き込まれた箇所に
――ビキッ
鈍い、だけどはっきりと聞こえたひび割れのような音に、トバリは浮かべていた笑みを深いものに変えて距離を取る。地面を滑るように後退して、なおも暴れる《跳ねる者》を一瞥して――
――バキンッ
《跳ねる者》が振るう四肢が響かせる風を切る音の中、その音だけが辺りに強く木霊し、弾け飛んだ《跳ねる者》の右足が、面白いくらい空高く舞い上がって地面に落ちる。
同時に、グラリと身体を傾がせるレヴェナント。当然だ。その長大で重い鋼鉄の身体を支える足の一本が失われれば、体重バランスは著しく狂う。レヴェナントの中に組み込まれている、蒸気機関の緻密な演算が保っていた姿勢維持
体を起こそうともがく。だが片足なしにその身体を支えることは困難を極めていた。なんせ《跳ねる者》の四肢はそれだけで二メートル近いのだ。同じ二足歩行をする人間などよりもはるかにバランスの維持が難しいはずだ。
案の定、《跳ねる者》は身体を持ち上げるまでには至るものの、片足で立つことは不可能らしく、立ち上がるたびに支える足を失った右に傾いでは倒れ、立ち上がっては倒れを繰り返す。
「――
弾の切れた拳銃を放り捨てながら、トバリはもう一本の短剣を引き抜いて、ゆったりと構えた。姿勢を低く、背後に二刀を携え――まるで獲物に襲い掛かる獣のように殺気を研ぎ澄まし、
「こいつで、とどめ――」
吼え、もがく《跳ねる者》にとどめを刺すべく切りかかる――その時である。
きゃははははははははははははははは――!
声が――
きゃははははははははははははははは――!
きゃははははははははははははははは――!
何処からか――
きゃははははははははははははははは――!
きゃははははははははははははははは――!
きゃははははははははははははははは――!
声が、耳障りな笑い声が、此方を嘲る哄笑が、無数に頭上から降ってくる!
踏み出そうとした足を止め、トバリは頭上を見上げる。霧が立ち込める夜闇の中――しかれどその霧と闇をも貫く赫々と輝く無数の赫眼。赫眼。赫眼!
ガシャンガシャンガシャンと、次々と降ってくる金属の音と共に。長き四肢を携えて、その手に備わる鋭利なる爪を振り下ろしてくるのは、
「――《跳ねる者》っ!?」
クロームの怪人。ロンドンを飛び回る発条足男。その名を体現せしレヴェナント《跳ねる者》が、計四体!
自分を取り囲むように立ちはだかる《跳ねる者》たちを見て、トバリはつい先日読んだ新聞の内容を思い出し苦笑した。
「ははっ。なーるほどね。目撃情報多数……そういうことか。こんだけいれば、そりゃあ目撃件数も数十件近くになるわけだ」
新聞の情報は、あながち間違っていなかったのだ。二週間という短い期間で、両手両足の指より多く目撃される事件の真相。なんてことはない。犯人は複数いた――ただそれだけのことである。
本来人目を忍んでことを起こすレヴェナントが、どのような理由で目撃例を増やしているのかは知らないが――今はそんなことを考えるよりもまず、この状況をどう切り抜けるかを考えるほうが重要だろう。
(しかし……実際問題結構ピンチだな、こりゃ)
トバリは《跳ねる者》たちを警戒しながら、その胸の内で舌を巻いていた。
これまで望む望まないは別として、何度もレヴェナントと戦ってきた。しかしそれらはすべて単体との遭遇であり、今回のような一対多数という状況は残念なことに経験がない。これが対人戦とならば、別段困ることはないのだ。急所を狙って一息に終わらせることなど造作ない。
だが、今トバリが相手をしているのは
そんな風に考えていると、《跳ねる者》たちが動き出した。トバリは瞬間的に
レヴェナントを倒す術は一つ。身体の何処かにある
《跳ねる者》たちは人型である。ならば、その位置は大体予想がつく。
(頭か――心臓!)
まどろっこしいことはせず、一直線に相手の攻撃を躱しながら肉薄する。二刀を閃かせ、頭部と心臓部それぞれに刃の切っ先を叩き込む!
必殺の一撃。しかし放った刃は硬い感触と共に弾き返された。片足を奪った《跳ねる者》同様の硬度。やはり一撃で奪えるほど生易しくはないらしい。
さて、どうする?
勿論、手段を熟考している
ほんの一瞬でもトバリが足を止めると、《跳ねる者》たちはまるでその瞬間を待ちわびていたかのように、一斉に飛びかかって来る!
前後左右、計八本の腕が――否、中には足すらも得物として振るう個体までいる。発条仕掛けによって凄まじい速度で殺到する腕爪や蹴足を、トバリは二刀で凌ぎ、体捌きで紙一重に躱す。だが、それでも対処しきれない。《跳ねる者》たちの攻撃に対応するには、手も足も頭も足りない。
「この……くそったれどもがっ」
悪態で吼え、頭を狙ってきた爪を短剣で受け流し、
「俺が人より少し頑丈だからって、そんだけ殴られれば痛いんだっつーの!」
爪先から腕までに連動する関節で、出せる最大限の捻りと全体重を乗せた一撃が、鋼鉄の身体を貫き、穿ち抜く!
「――ちっ」
周囲からの襲撃で狙いが僅かに逸れた。穿ったのは心臓部分から僅かにズレた腹部だ。
悔いるべき失態だが、嘆いている暇はない。短剣を引き抜き《跳ねる者》から距離を取る――其処に襲い掛かる、残る三体の《跳ねる者》たち!
寸前までトバリが立っていた一を狙った三体の爪は、今まさにトバリに腹を穿たれた《跳ねる者》に殺到する。「ご同胞だろうと遠慮なしってわけかよ」鋼鉄の爪によってズタズタに切り裂かれ、壊れた
そんなトバリの背に、
「――おや、随分と忙しそうだな。トバリ」
そんな呑気な声がかけられた。あまりに場違いなその科白に、トバリは振り返りもせずに溜め息を吐いた。
「見ての通り、人気者なんだよ――で、何しに来た?」
「なーに。アレクは私の友人だ。心配になって様子を見に来たんだ。ついでに君の様子も、ね。思ったよりも、状況は切迫としているようだが」
くつくつと笑うトップハットの単眼鏡男――トバリの雇い主たる錬金術師ヴィンセント・サン=ジェルマンが、杖突く音を引き連れて霧の中からゆるりと姿を現し、そうのたまった。
「それが判ってるなら手伝うくらいしろよ、錬金術師」
「手伝いなどできるものか。せいぜい君に贈り物があるくらいだ――ホレ」
言葉と共に、ヴィンセントがひょいと何かを投げて寄越す。トバリはそれを反射的に受け取った。布にくるまれた、長さ九〇センチほどの長物だった。
「なんだこりゃ」
思わず、そんな科白を零し――咄嗟にその長物を横ぶりに振るう。
頭上から飛び掛かって来た《跳ねる者》の爪を受け取め――爪の威力で、長物を包んでいた布が破ける。
破けた布の中から覗くそれを見て、トバリは戦闘中にも拘らず呆気に取られてしまった。
二○センチほどの柄に、僅かに弧を描く細い片刃。柄や鍔飾りの部分に異様な蒸気機関が備わっているが――それは刀。そう、刀と呼ばれる極東の剣だった。
「機関式の装置を備えた〈
呆気にとられるトバリの背に、彼は小僧のように覇願しながら言った。
そんな彼の科白に、トバリは思わず失笑を零し、
「なんてもん造りやがるんだよ、お前ってやつは!」
声を張り上げながら、刀の柄を握り――気合一閃!
細く薄く、そして鋭い刃を持つ刀身が、濃い霧を切り裂いて《跳ねる者》の発条腕に叩き込まれる。白銀の弧が夜闇の中に鮮やかな軌跡を残し、その
なかなかに――良い切れ味だ。
トバリはヴィンセント作の刀の感触を確かめながらそうほくそ笑む。
「鍔飾りにあるスイッチを押せ。その程度のレヴェナントなら、それでケリがつくはずだ」
「もう少し余韻に浸らせろよな……風情がねぇ奴」
そう愚痴を零しながらも、トバリは言われた通りにスイッチを押す。実際問題、これ以上長々とこいつらと
スイッチを押した瞬間、突如刀身が鳴動を始めた。超高速で震える刀身から、キィィィィィンという鼓膜を通して脳に直接響くような不快な音が響く。
「――
「いや、説明されても意味わかんねーから」
得意げに言い放つヴィンセントに一言投げながら、トバリは全神経を
トバリの手に握る刀から響く音に何かを感じ取ったのだろうか。《跳ねる者》たちが一斉にトバリから逃れるように後退し、跳び上がろうとするが――もう遅い。
《跳ねる者》たちが跳躍するのと同時に、トバリも又地を強く蹴って空へ跳び上がった。壁に足を掛け、更に強く踏み抜きより高みを目指して飛翔し――《跳ねる者》たちの頭上へ!
飛び跳ねた姿勢のまま、まるで愕然としたように自分を見据える赫眼の視線を受けながら、トバリは八双に構えた刀を天高く翳し――
「――これで、しまいだ!」
裂帛の気迫と共に、刀を振るう!
抗おうと咄嗟に突き出された発条仕掛けの腕ごと、最も近かった《跳ねる者》を斬断する。
そして刃が動力核ごと断ち切るや否や、切り伏せた《跳ねる者》を足場に、次の《跳ねる者》へ飛び掛かり胴を一文字に断ち切ると、即座に残る一体へ襲い掛かり、大上段から真向唐竹割りでとどめを刺す!
「
レヴェナントの残骸と共に地面に降りたトバリを迎えたのは、なんとも楽しそうに静観していたヴィンセントのそんな言葉だった。
「何がブラボーだよ」
トバリは憤慨しながら、手にしていた刀を地面に放り投げた。地面に転がった刀の刀身は、見るも無残な刃毀れが全体に及んでいた。ヴィンセントはそれを拾い上げると、何処かさっぱりした様子で、
「うーむ。やはり強度に難有りだな。もう少し調整を見直す必要がある。このままでは完全に使い捨てのガラクタだ」
「……お前、そんなもの使わせたか。上手く機能したからいいが、失敗したらどうするつもりだったんだよ?」
「――その時は、
「何語だよ……」
「さあな。さて――アレックよ、無事なようだな」
会話をぶった切って、ヴィンセントは隅のほうで隠れていたグラハム・ベルへと歩み寄った。グラハム・ベルは苦笑するように僅かに肩を竦める。
「ええ、まあ……こんな有様ではありますが、命はありましたよ。貴方の懐刀のおかげだ」
「なーに。彼は荒事をさせてなんぼ、という男だ。むしろ本望だっただろう。なあ?」
「勝手を言うな」
同意を求めるように振り返るヴィンセントの科白に異を唱えながら、トバリはふと視線を巡らせた。先ほどまでグラハム・ベルの隣にいたはずの少女――確かリズィだったか――の姿が見当たらず、何処に行ったのかと探してみると、
「――ふむ」
トバリは嘆息しながら踵を返し、ヴィンセントたちから離れた。そして少し離れた場所で膝をついているリズィの元へ歩み寄り、彼女の視線の先にいる者を見て――
「――まだ残ってたのか……」
其処には、必死に立ち上がろうとしてもがき続け、泥まみれになった最初のレヴェナント《跳ねる者》がいた。
「……ハリー」
リズィが《跳ねる者》に声を掛ける。ハリー――恐らく、この《跳ねる者》の素体となった人間の名前なのだろうと推察し、
「知ってるやつか?」
尋ねると、リズィは「同じ孤児院にいた。弟分だった」と頷いた。
「そうかよ……」
トバリは適当に言葉を返しながら、短剣を構えた。気づいた少女が振り返る。
「どうするの?」
「とどめ刺す……それ以外、こいつらを救える方法はないからな」
「もとには――」
「あそこにいる錬金術師にもできないなら、まあ……無理だろうな。それに放っておいても、こいつらは人を殺し続ける。無差別に、無遠慮に、無慈悲に。そうなる前にぶっ壊すのが、俺とあそこの似非紳士の仕事だ」
酷かもしれないが、トバリははっきりと事実を伝えた。何処までが真実かはさておいて――少なくとも、放置しておいても百害はあっても一利とてないのは間違いないだろう。
何か、思うことがあるのだろう。
少女は未だ立ち上がろうともがく《跳ねる者》を見つめていた。
トバリは黙ってその隣を横切り、立ち上がろうとする《跳ねる者》を蹴り上げてひっくり返し、同時に短剣を突き立てて地面に叩き伏せた。暴れるかと思ったが――不思議なことに、この個体は抵抗らしい抵抗を見せなかった。
何故かは判らない。別に知りたくもない。
自分がするべきことは、こいつにとどめを刺すことだけ――トバリは無心に残るもう一振りの短剣を胸元に突き立てようとした――
「――待って」
制止する声に、トバリは短剣を振り上げたまま視線だけで声の主を――リズィを見た。
「なんだよ?」
まっすぐにこちらを見据える視線に、トバリは億劫に思いながらそう訊ねた。すると、少女はほんの少しだけ逡巡したのち――何かを決意したかのように吐息を零し、そして言った。
「――アタシにやらせて」
確固たる意志が宿った視線が、まっすぐにこちらの目を見る。
トバリはどうしたものかと一瞬考えそうになって――だけどすぐに考えることを放棄した。
代わりに、手にした短剣を一閃させる。
足蹴にした《跳ねる者》の胸元が弾け飛んだ。鋼鉄の外装が剥がれ、剥き出しになった内部構造の真ん中で、まるで人間の心臓に似た鉄の塊が脈動している。
――
脈動する鋼鉄の心臓。
これを破壊することで、レヴェナントはその活動を停止――人間でいうところの、死に至る。
トバリはその機関核を短剣で指し「こいつを壊せば、おしまいだ」と言って、短剣を差し出した。
少女は躊躇いもなく短剣を受け取ると、《跳ねる者》のすぐ傍らで跪くと、両手で短剣を握り――それを頭上高く持ち上げた。
「―――― ――― 」
ぼそりと、少女が何かを囁いた。
そして、手に力を籠め、握り締めた短剣を一息に機関核へ突き立てて――
トバリも、グラハム・ベルも、そしてヴィンセントすら、黙ってその姿を見つめていた。
誰も何も言わず。
ただ、少女の突き立てた短剣が突き立つ音だけが、ロンドンの闇の中にひっそりと響き渡った。
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