4-18
私と、多分ロの子供が獲って来てくれた獲物を食べる頃には毒も抜け、普通に動けるようになっていました。
食べ終えて一息吐くと、ロは付いて来いと言うように私の前で飛んだので、私も飛びました。
ばさり、ばさりと飛んでいると、何人もの護衛を付けて荷馬車が通っているのが遠くに見え、更に上空ではワイバーンに乗った智獣達が私達の方を視認しているのも見えました。
ロは面倒そうに迂回して、また、智獣達は追って来る事はありませんでした。
流石に四匹を相手にするのにはあちらのワイバーンの数も腕の立つ智獣の数も少なかったのか、それとも単にロが恐れられているのかは分かりませんが。
そして暫く、遠くに見える山脈に平行して飛んで行くと、隆起して出来た崖がありました。その場所の近くでは、他のワイバーンも居れば、下には大狼も複数居ました。
私はそれを見て、心から良かったと思いました。
ロとその娘のワイバーンはそこに降り立ち、私とツイも後を追って、取り敢えず大狼が居ない場所に着陸しました。
ツイは大狼を警戒していますが、私が大狼と一緒に居るロの方に行くのには付いて来ました。
ワイバーンや、特に大狼が警戒気味に私達の方を見つめている中、私とツイはロの居る場所に着き、そして遠くに見える赤い智獣が目に入りました。
ドラゴニュートでした。隣にはドラゴニュートの相棒である大狼も居ました。
しかしながらやはり、私やロ以上に老けていました。
ドラゴニュートの体の鱗は鮮やかさを失っており、大狼の毛並ももう、ぼろぼろでした。
どちらも、寿命が本当に近付いている事が、この遠くからでも分かります。私とツイには気付いていますが、あちらから動く気も余り無さそうでした。
ロは、それに気付いた私を見て、何とも言えないような表情をしてから、その方へ歩き始めます。
私もそれに付いて行きました。
「……久々、だな。生きてたのか」
ドラゴニュートは、うたた寝をしている大狼の背に寝そべっていた状態から上体を起こして、私にそう言いました。
声も既にしわがれていて、近くで見るその肉体は、あの時のような剛健さももうありませんでした。
「ヴゥ」
ドラゴニュートはロを指さして私に聞きました。
「こいつとは、元から知り合いだったのか?」
頷いて肯定しました。
「……ったく、俺の家見て来たんだろ? あの方角からやって来たって事は。
こいつが荷馬車ばっかり襲うから、俺にまで迷惑掛かっちまったよ。どうしてくれるんだ」
そうは言いながらも、特に本当に嫌そうにはしていません。
「まあ、俺もな、智獣をそこそこ殺した身だからな。愚痴位言わせてくれ」
ふぅ、と空を見て息を吐いてから、またドラゴニュートは大狼に背を預けました。
うたた寝をしていた大狼は、何度か瞬きをしただけでまた、目をゆっくりと閉じました。
ドラゴニュートは、呟くように言い始めました。
「どんな残酷な事であっても、それが智獣の中での正義であるならば、その智獣を殺してはいけない。
どんな正義な事であっても、それが智獣の中での悪であるならば、その智獣は殺しても良い。
んな面倒な事、やってられるか。
……お前等は良いよな。
智獣を殺したって、善悪何も無いんだから」
確かに私も智獣を殺す時、そういう思考をした事はありました。
魔獣として生きているからこそ、智獣を食べる事が出来る。肉体的にも、そして倫理的にも。
ロのように頻繁に悪でない智獣を食べる事はしていませんが、智獣にとっては必ずしも悪ではない行為をしている智獣を私は沢山殺し、沢山食べました。
魔獣として正しくとも、そこにはほんの僅かな淀みがありました。正当化しなくてもいつものように居られる程、私は魔獣としては出来ていないのです。
私はドラゴニュートのその呟きには、何も反応しませんでした。いや、どう反応したら良いのか分かりませんでした。
「ここに留まる訳じゃないんだろう?」
その問いに、私は頷きました。
ロは驚いたように私の方を見ましたが、反対するようではありませんでした。
「遠くから見た事がある。
老いたワイバーンが、子供のワイバーンと戦って死んでいく光景を。
子供達に強く在るように託して、お前も死んでいくんだな?」
もう一度、頷きました。
「だ、そうだ」
ロは、無理だ、と言うように頭を振っていました。
ここに居る、ロの子供らしきワイバーンの数はそれ程多くありません。ロは生まれたワイバーン全てを生かしている、という程甘くはしていないとは思えました。
ただ、それだけです。締まった肉体をしていて、毎日のように喧嘩をしている証の沢山の生傷もありましたが、そこまで強いと思えるワイバーンは居ませんでした。
強くても、精々記憶を取り戻す直前の私と同じ位だと思えます。
それは何か不慮の事態が起きた時、容易に崩れてしまう程度の平和でした。本当に強い、あの色違いとの崖の上での戦いに参加していたような強さを持つワイバーンは居ません。
その生活にもう満足しているようなロは、私の方をとても不思議そうに見ていました。
それを見て、ロはもう私達の群れでは生きていけなくなってしまっていると私は思いました。
元からもう、群れに戻るつもりは無かったのか、それともこういう暮らしに芯から馴染んでしまったのか、ロは頑強な平和よりもある程度奔放な暮らしを望むようになっていると感じられたのです。
悪い、とは言えません。正しさ何てもの、生き方にはありません。
強いて言えば、各々が正しいと思える事こそが、各々の生き方の正しさでしょう。
ロは、この生活に満足しています。正しさも感じているでしょう。
ただ、私は不安でした。
私やロの寿命は長くて後十年と少しでしょう。その時にはこの大狼もドラゴニュートも死んでいるでしょう。
その後、この中途半端な大狼達とワイバーン達は幸せに暮らせるのでしょうか。
何かあっても、この平穏を保てるのでしょうか。いや、何か無くとも平穏は続くのでしょうか。
その事を、ロは考えているのでしょうか。
……何か、した方が良いのでしょうか。
それだけの時間はまだ、僅かながらあります。
すべきなのか、どうなのか、私はすぐには判断出来ませんでした。
その日は他のワイバーンと軽く喧嘩をしたりしている内に、時が過ぎて行き、夕方、私は狩りに出かけました。
そして、森の中を隠れて移動している智獣を目敏く見つけて食らうそのロの子供を私は見つけてしまい、私は何もすべきではないと決めました。
ロは、智獣を襲う事を推奨しているようでした。智獣を襲う事によって強くなったロは、自らの子供達にもそうして強くなるようにしていました。
流石に山麓にある町を襲いに行ったりはしていないようですが、それでも自ら智獣を襲っていては平穏はありません。
強く在れる形の一つだとは思うのですが、安定は無い、私達の群れとは全く違う形です。
その在り方に否定は出来ませんが、私は肯定も出来ませんでした。
自分達の敵、また、自分達に戦いを挑んで来る智獣を食らって来た私の中の正しさとは、相反するものだったからです。
私は適当に獣を狩りながら、明日、帰ろうと決めました。長居すべきでもありません。
また、ツイの事は少し悩みましたが、自分で決めさせた方が良いだろうと思いました。
それが悪路となろうとも、ツイの生はもう、ツイのものです。私がそこまで関する時はもうとっくに過ぎているのです。
夜、ツイは最初に出会ったロの娘と喧嘩をしていました。
しかし、ツイは呆気なく負けてしまいました。理由はきっと、単純に智獣を食べた数によるものでしょう。
「ヴゥ……」
とても悔しそうに、ツイは項垂れました。いつもの喧嘩で負けるよりも、悔しそうでした。
理由は単純です。私はこの一日のツイの様子を眺めているだけで、ツイがそのワイバーンを好いている事を分かっていたからです。
ツイは、堪え切れないように、どこかへ飛んで行ってしまいました。
それを眺めながら、私は思いました。
……出来れば、ツイにはこの群れの一員のようにはなって欲しくありません。
強さというものは、軽々しく手に入れられるものであってはいけないと思うからです。
しかしながら今、ツイはきっと、智獣を探そうと躍起になっているでしょう。
とは言え、私がそれを止めた所でツイはそれを素直に呑むでしょうか? 自分と敵対しない智獣さえも食らう事を止めようとしないでしょうか?
私自身、智獣を食べて来た事は事実ですし、それにまた、ツイにはロに似た部分がありました。
短絡的に、目的を成し遂げようとする。私もその一面がある事に否定はしませんが、ロと同等程ではありません。しかし、ツイは同じ程度にあるかもしれません。
結局の所、私は本当にどうする事も出来ないのです。
何をしようとも、誰かの考えている事まで捻じ曲げる事は出来ませんし、そう裏から仕向けようとする事もしたくありません。
ただ、私は待ってその結果を受け入れるしか出来ないのです。
「……行かないのか?」
そのドラゴニュートの問いに、私はゆっくりと頷きました。
「賢いな、本当にお前は」
そうだとは、余り肯定出来ませんが。
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