4-17
籠一杯に入った海の魚。それと一緒に町からそこそこ離れた場所に降り立ちました。
魚は、見ただけですぐに毒有りではない魚だと分かりました。いつかの前世ではあの町で漁師でもやっていたのでしょう。
まあ、そんな事もう、どうでも良いです。毒が無いと分かっただけで十分です。
私は籠に口を突っ込み、十匹位を一気に貪りました。
おお。やっぱり違う。塩気があるし、何かさっぱりしてない。まったりというか、ざっくりというか、そんな美味しさがある。
でも、さっぱりしてないと飽きるかもしれない。
それは私の味覚の問題かもしれません。まあ、食べられるのはきっとこの一回だけですし、存分に味わう事にしましょう。
しかしながら籠の中身を全て出して、ツイにも食べさせつつ、炎で少し焼いてみたりもしている内にすぐに終わってしまいました。
もっと食べたいとも思いましたが、止しておく事にします。ツイも不満があるようでしたが、ツイにとっても、この味に舌を占めさせてはいけないでしょう。
それからはまた、ただ飛んで移動するだけの日々に戻りました。
群れが近付いて来るに連れ、ツイの表情は何か思い悩んでいるような顔になっていきました。
何を思っているのか、私には大体想像出来たのですが、私からは何もする事はありません。何にせよ、ツイは自分でその選択をしたのですし、そのような場所に生まれて来たのですから。
帰りは、私は意図的に町を避けて飛びました。
ファルとの約束の事を思いましたが、やはり町に入るのは私には無理そうですし、何を伝えようと有益な事は一つとしてありません。
不死になれる方法がある。不死になってはいけない。
それはただ、破滅への道を教えるようなものでしょう。
そして、最後に私がしたい事がもう一つ、ありました。ファルやタルベの事ではありません。
あのドラゴニュートと大狼、それとロが今どうしているのか、知りたかったのです。
ドラゴニュートも大狼も、今生きていたとしてももう、戦えない程に老いている筈です。どちらか、それかもしかするともう両方とも死んでいるかもしれません。
そして、ロの事も疑問にありました。
智獣を今でも食べているのでしょうか。もう、幻獣に転生出来る数もとっくに越えて。
そこまで食らってしまえば、流石に智獣の方も本腰を入れて討伐に挑むと思います。もしかしたら、ロも死んでいるのかもしれません。もしかしたら、あの場所にはもう、誰も居ないのかもしれません。
そうあっては欲しくありませんでした。
緊張がありました。
ドラゴニュートと大狼も含め、全員生きていて欲しいと私は思っていたからです。
この長い生で一緒に過ごしたのは僅かな時間でしたが、それでもあの日々は群れとは違った安堵感があったのです。
何故でしょうか。
もし私が姉さんの救出に成功していたら、あのファルの家の中庭がそのような安堵感を覚える場所になっていたか、と思っても私にはそうは思えないのです。
理由を自分で考えてみると、私は嬉しくなりました。
その理由は単純で、きっと私は智獣だらけの場所では完全に安心出来ない、という事でした。
あの町で自分の前世を探っていた時の記憶は、姉さんを私自身の手で殺した時の記憶とは違い、もうぼやけたものとなっていましたが、群れの中とはともかく、森の中と比べても安心が出来ない場所だったとは覚えていました。
当然の事ではありましたが、それは私にとってとても嬉しい事でした。
私は、智獣の世界では安堵を覚える事が出来ない。それは、私にとって上辺だけワイバーンとして生きていない、という事でした。
自分が思っている以上に、私はワイバーンとして生きられているのかもしれない。
何か、とても良い気持ちになりました。
しかし、ドラゴニュートの場所が近付いて来るに連れて、その気持ちはすぐに失せてしまいます。
別れがあるのは仕方ない事ではありますが、せめて死ぬ前に、せめてロだけにでも会っておきたいと思いました。
また拒絶されたとしても、今も生きて暮らせていると分かればそれで十分です。
群れの中で私の世代で生きているのは、私を含めてほんの数匹しか居ないのですから。
-*-*-*-
そこには、誰も居なくなっていました。
小屋さえもが燃えて風化したようで、かなり前にこの場所は放棄されたというようになっていました。
……。
こうは、なっていて欲しくなかった。
周りの木々には矢が刺さった痕が多々残っており、きっとこの場所に直接、ロを討伐しに来た智獣達が居たのだと思えました。
その戦いを生き残ったのか、それとも負けて討伐されたのか。
それは分かりません。この場所の近くを歩き回ってみても、その矢の痕跡以外は何も見つけられませんでした。
……何だか、今更になって泣きたくなってきました。
ファルとタルベには会えません。私があの場所に入れば殺されるかもしれませんし、何よりも私自身の問題がとても強いです。……会いたくない、と言った方が良いのでしょうか。
そして、ここに居るドラゴニュート、大狼、ロにも会えません。
私がまだ自分を知らなかった頃、歳が十にも満たなかった頃の全ての親しい智獣、魔獣とはもう、私は会えないのです。
私の上にも隣にも、もう誰も居ないのです。
年老いた身としては、子供がこうして居るという事だけで満足すべきなのかもしれません。
しかし、満足すべきであるのと、満足出来るのは全くの別物です。
満足すべき、と自分の中で区切りをしっかりと付けられたらそもそも私は自分を探しにも行かなかったかもしれませんし、今こうしてまた群れの外に出たりしていません。
どうしようもなく今の私は、誰かに甘えたく、頼りたかったのです。それは、私より年下のワイバーンでは駄目な事でした。
羽毛が無くとも冬眠せずに冬の寒さに耐えられる程、ワイバーンの肉体は強いものです。
しかし、流石にだだっ広い場所で普通に寝ようとすれば寒さを感じずには居られません。
それは、今の私にとっては幸いな事でした。
ここでもう誰とも会えないと分かってから急激に強くなった、頼りたい、甘えたいという気持ちは表には出さずにいましたが、隠せているかは分かりません。
しかし、いつものように息子のツイと身を寄せ合って寝られるという事で、私は少なからず安堵していました。
親しい誰かと体温を分け合うというのは、とても安らぐ事です。
族長を喪ってから、冬以外、私は一匹で寝ています。そんな時、どうしようもなく寂しさを覚える時もあったのです。
そんな寂しさを、森に逃げて紛らわしたりする必要が今は無いのが、とても嬉しい事でした。
ツイは、ただいつものように小さな鼻息を鳴らして寝ています。
その姿がいつもより頼もしく思え、私は満たされるような気がして目を閉じました。
「ヴラァッ!」
その声と、げしげしと蹴られる衝撃で私ははっと目を覚ましました。
深く寝入ってしまっていたようで、すぐに立ち上がります。
……三匹?
私は何度か瞬きをして、目の前に居る三匹のワイバーンをじっくりと眺めました。
一匹は言わずもがなツイです。もう一匹はツイよりやや年上なワイバーンで、そしてもう一匹はその父親らしき、老けたワイバーンでした。
……ロ?
その、ロらしきワイバーンは、あの時と同じく傷だらけではありますが、きちんと五体満足で居ました。更に嬉しい事に、体には大怪我の痕があり、それは魔法で治癒されたような傷跡となっていました。
ドラゴニュートも、生きている。それも裏付けるであろう、確定的な事を私は見つけました。
片方の角が、曲がっている。それは紛れも無く、ロの痕跡でした。
討伐に遭ったものの、生き延びていた。きっと、全員。その治療痕が紛れも無い証でした。
そして、私がこのワイバーンがロであると分かると、ロは早速私に対して構えてきました。
恐怖、しているのでしょうか。
いや違うと、私はすぐに分かりました。もう大丈夫だ、もう異質な私には恐怖しないと、言っているような気がしました。
普通に喧嘩が出来る。
私は嬉しく、吼えてそれに応えました。
そして互いに走り、鉤爪を合わせて頭突きをしました。
ガン、と頭が響き、そして跳ね返ります。この鈍い痛みは久々な気がして、起きたばかりなのにも限らず、私は気分が高揚していきました。
ぎりぎりと、鉤爪で互いが組み合いながら、単純な力で押し合います。
力は、私よりロの方が強く、ざり、ざり、と次第に足が土の上を滑って行きました。
これまで生きて来た以上、毎年一回しか智獣を食べる機会を持たない私よりも、毎日のように智獣を食べる機会を持つロの方がワイバーンの能力としては強いとは分かっていました。
単純な力に限らず、飛ぶ事に関しても、見る事に関しても、私よりもロの方が格段に上です。
私の方が勝っている点は、ただ一つ。技量です。
純粋にワイバーン同士で戦って来た経験は私の方が格段に上でしょう。私の番でもあった族長とも喧嘩をし、その次の族長、アカとも喧嘩をし、智獣を殆ど食べる事が無くとも私より強いワイバーンとも幾度となく戦ってきました。
そして、族長の強さには敵いませんが、私より才能がある強いワイバーンと戦って、勝った事もあるのです。
勝てない何て事は全くありません。
私はいきなり力を抜き、同時に足でロの腹を蹴りあげました。この巨体でも上手くやればロの体は一回転して後ろの地面に背中から叩きつけられます。
しかし、ロは叩きつけられる事なくそのまま低空を飛び、そしていきなり空高くまで飛び上がりました。
そして、私は思い出しました。
ロは空襲が得意であったという事を。
私が起き上がると同時に、ロは空から突進してきていました。
昔とは違い、体の軸をぶらしてどう攻撃してくるのか読みにくくなっています。
下がるべきか? それともここで受け止めるべきか?
いや、受け止められないと私は確信しました。勢いを全く殺さないまま、私に突っ込める技量を今のロは持っています。
それを真っ向から受け止めるのは族長であっても難しいと思えました。
私は後ろに下がります。ロは足を地面に付けず、本当に地面すれすれの低空飛行に移行して私に突っ込んで来ました。
速い。尻尾で叩きつける暇も無い。
私はロが突っ込んで来るぎりぎりで上に跳びました。受け止められそうになく、横に躱す時間も無く、下に潜り込む事も出来ず、それしか手がありませんでした。
しかし、ロは頭を動かしてざしゅ、と角の先で私の足を軽く切り裂きました。私もただでやられはせず、ロの背中に毒針を刺しました。ただ、ロが既に私に飛ばしていた数本の毒針も、完全には捌けずに私の皮翼を掠ります。
攻防としては、毒針をしっかりと命中させた私の方が有利になりました。ただ、私は足を切られて、更に空中で毒針を捌いたせいで、着地に失敗してそのまま地面に突っ伏しました。
口に土が入り、吐き出しながらすぐに立ち上がろうとした所、尻尾を踏み付けられた感覚がして、私は固まりました。
背後を取られ、尻尾を踏まれ、私は負けを認めました。
ごろり、と仰向けになってから私は起き上がりました。
ロも座り込み、嬉しそうに私の方を眺めて、そして安心していました。
私も負けたものの、いつもの喧嘩よりもとても楽しく、何より生きていてくれた事に、そして私に普通に接してくれる事にとても喜びを覚えていました。
ツイと、ロの娘らしきワイバーンはいきなり喧嘩を始めて、それで終わったら仲良くしている私とロに茫然としていましたが、ロにも私にも毒針の影響が出始めると獲物を取りに行きました。
体に痺れが来て、一緒に木に背を預けてゆったりとします。
ただ黙ったまま、ぼうっと毒が消えていくのを一緒に待ちました。それだけで、私も、そしてロも満足出来ていました。
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