3-8
次の日、私は何とも無かったように町の中に一旦戻ってから、散歩には行かずにロを探しに行く事にしました。
もし、姉さんだけでも助けられる可能性が出来たとして、それを決行する日は不死鳥が来る日しかありません。
きっと、沢山の智獣が不死鳥の方に集まり、あの檻の近くは手薄になると思えたからです。
そんなに余裕のある期間ではありません。
ただ、地図を見て、頭の中にロらしきそのワイバーンの被害に遭った場所は入っていましたが、それでも探すべき範囲はとても広く、すぐに見つかるとは思えませんでした。
それに、そのワイバーンがロだと言い切れる事もありませんし、出会えたとしても私のする事に協力してくれる可能性も分からず、協力してくれたとしても、それでもたった二匹でどうやって助け出すのか、と様々な疑問が浮かんできてしまいます。
それは僅かな希望と言うには本当に僅か過ぎて、取り敢えずはと会えるまで深く考えないようにしようと思わずには居られませんでした。
右の角が折れていて、左の角は曲がっている。そのワイバーンの肉体的な一番の特徴です。
私は、空襲が得意という特徴を追加して知ってから、それがやはりロではないか、と確信を強めていました。
成獣になって間もない頃の、最後に見たロとアカの喧嘩の事を思い出すと、アカがロの頭を強く踏みつけて気絶させていたような記憶が蘇ってきました。
その時、角まで踏みつけていたかどうかは分かりませんが、成獣のワイバーンの体重が角に掛かったとしたら、罅割れとかが起きてもおかしくないと思えましたからです。
後々それが響いて、そんな形になってしまった。
そう考えるとしっくり来ました。
……でも、それがもし本当にロだったとしたら。もし、ロがアカを見返す為に強くなろうとずっと頑張っていたなら。
アカがもう番を得ている事を知ってしまったらどうなってしまうのでしょう。
強引にアカと番になろうとしても、ロが食べた智獣の数ではアカには勝てないように思えました。
理由はきちんとあります。
アカは一人も智獣を食べずに、十人以上智獣を食べて、更に何年間も鍛えて身に付けた私の力量を、たった三年程度の猛特訓で身に付けたのです。
魔獣が智獣を食べて強くなれる理由は、智獣の質の良い魂を体に取り込むからだという事も思い出していました。魂を取り込む事で無意識の魔法がそれで強化されたりして強くなれるのですが、それをせずにアカは私と同じ力量なのです。
アカにはとても凄い戦いの才能がありました。魂を取り入れて身体を強化したとしても、それに素で追いつける才能です。
ロがそれに追いつくには、三桁に届く数の智獣を食べても足りないのでは、と思えました。
もし、私の仮定が全て当たっていたら、ロが惨めに感じられました。そのワイバーンはロであって欲しくないとは、少し思いましたが、姉さんよりは惨めではありませんでした。
夜になり、今日は月が見えない日だったので早めに寝る事にしました。
夜目もある程度効くようになり、飛ぶ速さも上手さも成獣したての拙い頃とは断然違います。
それに加え、私の中には今まで食らった智獣の魂があり、それが私の能力を底上げしていました。
肉体と魂、その事について思い出すに連れ、それでも私がどうしてワイバーンに転生したかは分かりませんでした。
魂とは、生物の根底に存在する何かである。
魂は空気と同じように、そして地面の下も含め、世界を隈なく流れ、覆っている。
魂は肉体という器に入ってこそ安定するものである。魂は肉体という器を失った時、不安定になり、その時、ばらばらになる事もあれば、他の魂とくっつく事もある。
魂は変質する時のみ、智獣と魔獣は見る事が出来る。幻獣はいつでも魂を見る事が出来る。
魂は自分自身でのみ、何らかの条件が揃って干渉が出来る。
そんな事を思い出してはいたのですが、魂がコボルトの肉体から私の今の肉体へそのまま入ったとして、記憶が引き継がれるかどうかも分かりませんでした。
私は魂に干渉したのだろう、とは思いましたが。
しかし、それを思う度に、私は死を思う時と同様に嫌な予感に襲われるのです。
もしかしたらそれは、私が知りたい事に近いから、そして私が知りたい事は知ってはいけない為なのかもしれない、という予感がしました。
しかし、私は知らないで後悔するよりは、知って後悔した方が良いと思っていました。
無視して生きるよりも、真実を知って、受け入れて生きる方が良いと、何故か断言出来るのです。
-*-*-*-
意外な程早く、町を出てから数日でそのワイバーンを見つける事が出来ました。
そのワイバーンはケットシー達の馬車目掛けて空から火球を連続して放ち、飛んで来る魔法や矢を華麗に避けて急降下し、燃え盛っている馬車を破壊して、炎を撒き散らして着地しました。
着地の直後、撒き散らされた炎で怯んだケットシー達を次々に無駄の無い動きで屠り、一匹を食らいながら数匹のケットシーの攻撃を軽く避け、踏み潰し、毒針を直接尻尾で突き刺し、堪らず森の中に逃げた残りは追わずに成果を食らい始めました。
魂は死んですぐに肉体から離れてしまうのです。智獣を生きたままか、死んですぐに食らわなければ強くなれない理由はそこにありました。
馬車は無残に破壊され、馬はそれに巻き込まれて死に、ケットシーの大半も屠られていました。
それは本当に僅かな時間の出来事で、その戦い方は乱暴ではありましたが、かなりの域に達している動きでした。
私よりも強いかもしれません。
少し怖さもありましたが、接触しないと始まりません。
一度だけ深呼吸をしてから私はそのワイバーンに近付きました。戦い方からして、私は既にロだと半ば確信していました。
やはり、そのワイバーンはロでした。ロも私と同じ位に傷だらけです。
角が折れ、頭の形が微かにおかしいのは、やはりアカに強く踏まれた名残なのでしょうか。
むしゃむしゃと小柄なケットシーの肉体を頬張りながら、珍しいものを見たという目で私を見るロの肉体は私よりも筋骨隆々と言った感じで、馬車を派手に破壊しても大した傷を負っていないのも自然であるのが納得出来る程でした。
ロはケットシーの一人を尻尾で絡めて私に投げ、私も周りに生き残りが居ない事を確認してから食べ始めました。
智獣を食べないという選択肢はありませんでしたが、まだ指名手配はされたくはありませんでした。
豪快に、乱雑にケットシーを食い散らかし、綺麗に全身を食べないでロは次のケットシーを食らい始めました。
千切れた手が私の方に転がって来て、それを私は食べておきます。
魂が抜けない内に食べなければいけないと言うのは分かりますが、流石にこう食い散らかすのはどうかと思いながらも、私はその食べ残しをちまちまと食べました。
……随分と、変わったなぁ。
ロは、七年前とは肉体的にも、そして精神的にも格段に強くなっています。
理由は上手く言葉に表せませんが、がつがつと智獣を食らっているその姿を見て、そう思えました。
ロが食い散らかしたのを私が綺麗に片付けた結果、貰ったのは一人分だけだったのに私は二人分位の肉体を食べたような腹の心地になりました。
焼けた馬は中々良い匂いがしていましたが、流石にそれを食べるだけの胃袋の空きはもうありません。
しかし、この良い匂いに惹かれて獣はやって来るでしょう。
無駄にならない事を少々祈りつつ、私は食事を終えました。
ロもでっぷりと腹を膨らませて食事を終え、げっぷ、と一息吐いてから私の方にのしのしと近付いてきました。
敵意は勿論無く、ロは翼腕で方向を指し示してから空へ飛びました。
どうやら決まった住処があるようで、私もロの後に続きました。
取り敢えず、私が頼みたい事を伝えるのは落ち着いてからで良いでしょう。
流石に食い過ぎたのか、ロは速度を落として飛んでいましたが、休憩しようとは思っていないように見えました。
数年間、討伐されなかった理由がちゃんとそこにあると思えました。
ロは、きちんと智獣の怖さを知っているのでしょう。満腹で空を飛びたいとはワイバーンなら誰も思わないでしょうが、騒ぎを起こした場所からさっさと離れるべきなのをロは知っていました。
失敗して身に付けたのか、他の何者かがそうしている所を返り討ちにされたのを見たりしたのか、それは分かりませんが、ロはきちんと、外界で生きる為に必要な臆病さも身に付けていました。
討伐対象になっている程に智獣を食い荒らしているという点に関しては好きにはなれませんでしたが、今まで外界で生きて来れたその強さには尊敬出来る点があります。
……そう思うと、私の下腹部は強く疼きました。今はまだ、春でした。
しかし、今はまだ、番う訳にはいきません。
やらなければいけない事も、知らなければいけない事も放らないと決めているのです。
私は違う事に意識を逸らす事にしました。森ばかりの光景の先に、遥か遠くに私が越えて来た山脈が微かに薄らと見え、流石にここからは見えませんが、その山麓には村がありました。
そこはもしかしたら、ワイバーンの群れに儀式をしに、もしくは盗みをしに行く為の最終拠点なのかもしれないと、ふと思いました。
盗みは、姉さんの悲痛な叫びを聞いてから、許せないものだと私の中で確定していました。
試練で死ぬよりは盗まれて生きた方が幸せだとは、その声を聞いてしまってからは余り思えなかったのです。
あの村を潰せば、もしかしたら盗みに来る智獣も少なくなるかもしれない。儀式に来る智獣も少なくなるでしょうが。
しかし、それを実行したとしたら、群れ全体が討伐対象になってしまうかもしれないという危険があり、やはりそれは駄目でしょう。
根本から盗みを無くす事は無理でしょうし、結局の所、姉さんみたいな惨状に陥らせない為には、盗みに来る智獣を襲うという対処法しか無いのでしょうか。
少し、もどかしく思えました。
暫くの間飛び、夕方になる頃にロは森の中にぽつんとある小屋へ降り立ちました。
そこには、ドラゴニュートが一人、小屋のドアの前で大狼の背に凭れ掛かっていました。
智獣を食い散らかしているロが、智獣と暮らしていたという事に驚きながら、私もそこへ降り立ちます。
「何だ、また連れて来たのか」
ロと私を見て、そのドラゴニュートは言いました。
外見は、リザードマンのつるつるした鱗がごつくてとげとげしている鱗に変わった程度ですが、魔法も並程度に使え、筋力もリザードマンより一段とある種族です。
ワーウルフと同じく、繁殖力は低いですが。
くあ、と大狼が欠伸をし、同じくそのドラゴニュートも欠伸をしながら立ち上がりました。
また、という言葉に疑問を感じながら、ドラゴニュートは続けて言いました。
「弱っちい奴ならこの前と同じく焼いて食っちまうからな」
……え?
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