紅の女神

@shirotama

第1話 旅のはじまり

『―――――』


(――これは……)


 そこは、二人でよく行った花畑だった。

 彼女が好きな薄紫色の小さな花が、あたり一面足元を覆いつくしている。

 風になびく長い艶髪。ひらりとゆれるスカート。全てがあの時のまま、彼の前に在った。


『綺麗ね……』


 澄んだ声で、彼女はそう言った。しかし彼は、芳しい香りを放つ花よりも、何よりも目の前にいる彼女に目を奪われ、そして視線を逸らすことが出来なかった。


(ああ……)


 その白い肌も。愛らしい顔も、小さな唇も、華奢な体も――全てが愛おしい。自分の体が壊れてしまうんじゃないかという程、ただ彼女の事を愛していた。

 そしてそれ以上に、彼は彼女に愛されていた。


『レイ、』


 レイが視線をあげると、彼女はふわりと微笑んで、


『愛してるわ』


 まるで朝の挨拶を交わすが如く、当たり前のことのように彼女は囁いた。

 そしてその当たり前さが、彼女たちの愛の深さを物語っているのだった。


『――ああ』


 身が切れるほど切なく、哀しく、彼はそれに答えた。


『俺も、サラのことを誰よりも、強く愛してる』

『私とずっと一緒にいてくれる?』


 ――その彼女の願いに応えたかった。

 今すぐその体を抱きしめ、口づけを交わしたかった。


 レイは手を伸ばす。サラに触れようとするその瞬間、風景が一変した。

 薄紫色だった花は赤黒く様変わりし、マグマのようにドロドロに溶けた。

 愛しい彼女は微笑んだまま表情を凍らす。かと思えば花と同じようにその全てが変色し、周りと同化する。


『!』


 彼女が、消えて無くなる。

 またレイの前からいなくなる――


 やめてくれ……

 その叫び声は声にならず、レイは既に溶け切ってしまった彼女に向かって、走り出した。



 彼の意識はそこで途切れた。

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