【3-2】
夏もそろそろ終わろうとしていた。城ヶ崎さんの一件以降、彩色堂に依頼が舞い込むことはなく、僕としても平和な日々が続いている。
時々考える。
大学生活も残りあと僅かである中、果たして僕の人生は今後どのようになっていくのだろうと。特にやりたいことが見つからぬまま、周囲に流されて大学へ入ったはいいものの、今の僕は、大学に入る前の僕と大きな差は無い。
未だやりたいことなど無いし、趣味だって無い。
確かに、大学入学以降は色々な出会いがあった。真帆さんと出会えたというのがまず第一にあるし、いわゆるこの世の裏というのも、嫌というほど見て回ることができた。
しかしそんな風に色々なことを知ってしまった自分だからこそ、果たしてこれから愚直に生きていくことができるのか疑問だった。
この世は基本、裏社会の精巧な悪意をベースに回っている。下にいる者は、永遠に上の人間に搾取され続ける運命なのだ。そんなことを考えながら、僕はそれでもと割り切って、この国に貢献していくことができるのだろうか。
今の様に目先の小銭のことだけを考えるのではなく、人生という長いスパンで物を考え、生きていくことができるのだろうか。
「……」
この間の真帆さんに向けてのプロポーズも、今となってはまるで実感が沸かない。自分の面倒もロクに見れないような自分に、果たして1人の女性を生涯に渡って支えていくことが可能なのか。
今は目の前の課題を着実にこなすこと。まずは己の本文をまっとうすべしとはよく言うが、今の僕には、その本分というものが存在しない。
……分かってる。今の自分の立場における本分とは勉強なのだろう。それに対してわざわざ異論を唱えたりはしない。それでも、敢えて言わせてもらえるなら、そんなものを積み重ねた挙句、僕は一体何者になれるというのだろう。
まったく世間とは生き苦しい。
イデオロギーが欠如している僕にとって、世間というやつは膨大すぎた。
こんなことを学生のうちから考えているようじゃ、社会に出た暁には身も心もボロボロになって自閉症にでもなるのが関の山である。
もっと柔軟な考えを持とうと思った。
人の為でなく、国の為でなく、あくまで自分中心の考え方ができたならどんなに人生は楽だろう。そんな考えが決して許されないということは、こんな僕でも重々承知している。
うっかり道を違えてしまわないよう、将来はもっと頑張らなくては。
だから、せめて今は、純粋に今夜の鍋を楽しみにしよう。
僕は闇鍋の具材を探すべく、近所の雑貨屋へ足を運んだ。
「あ、これくらいならまあ……」
僕は棚から海外のものと思しきチョコレートを手に取った。一応ちゃんと食べ物であるし、ネタ具材と考えれば妥当なところだろう。
2人で鍋を囲む(向き合うという表記が正しい)ためにそこまでの具材は必要ないと考え、僕はその他4つ5つばかりの具を見繕って会計を済ませた。
全ての具材でネタに走ってしまったため、会計袋の中身はかなり散々と言ってよかった。
というわけでバイト先のスーパーで数点まともな食材を買い、僕は飄々とした足取りで彩色堂へ向かうのだった。
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