54「Level Scorched Earth 1」
俺は装甲車の中には入らず、その上に乗せてもらって移動していた。
リルナもステアゴルもジードもブリンダも、同じようにしている。その方が、いざ戦いになったときに車両を出る手間も省けて身軽だからだ。
俺たちがディースナトゥラの外壁から外側に出て数分ほど移動したところで、遥か彼方に黒い点がぽつりと現れた。
点は次第に大きさを増していき、飛来するギール=フェンダス=バラギオンそれであると断定するまでに、さほど時間はかからなかった。
『目標捕捉! 現在の進行状況では、約五分後に接敵すると思われます!』
通信でそんな連絡が入るまでには、俺はもう奴の姿をしっかりと捉えて注視していた。
まだ遠いから、人型の輪郭だけで、細かいところまでははっきりと見えない。
ここは女に変身して、詳しい姿を確認しておくか。
今から使う魔法はほとんど魔力を使わないから、心配は要らない。
遠くを見通せ。
《アールカンバー・スコープ》
少し拡大すると、くっきりと浮かび上がったのは、巨大な人型兵器の姿だった。白の殺戮天使プレリオンとは逆に、真っ黒でがっちりとした男性的な体格だ。
まるで全身甲冑鎧を着た武者のように無骨なデザイン。闇さえも吸い込みそうな漆黒の金属を基調とし、関節の辺りに所々黄のラインが走った、見るもまがまがしい容姿を備えている。
特徴的なのは、胸部にある黒い球体状のパーツだ。半透明で、胸部の大半をそれ一つだけで占めており、そこに埋もれる形で取り付いている。
いかにもメイン部位っぽい感じがするけれど、どんな機能を司っているのかまでは、見た目からは判断できない。
それから、巨大な砲身が全身にくまなくついているのも確認した。こちらは何か撃ってくるぞというのが明らかな外観で、それがざっと見ただけでも前面に十二カ所も取り付けられている。
背中にはまた黒の両翼が付いており、そこと足から何かを噴射して、高速でこちらへ向かってきているようだった。
まだ敵とはかなりの距離があるはず。
にも関わらず、少し拡大しただけでこれだけ大きく見えてしまうということは――。
実際は恐ろしく大きい。まるで山のようなサイズのはずだ。
かつて龍や伝説の一角獣と戦ったこともあるけど、それに輪をかけて巨大だ。前を走る機動兵器ディグリッダーと比較しても、大人と赤子のようなものだろう。
自分の乗っている装甲車が、豆粒のように小さく頼りないように思えた。
今から、あんなデカブツと戦わないといけないのか。
私はごくりと息を呑んだ。
ん。急にどうした?
突然、飛行を続けていたバラギオンの動きがぴたりと止まった。
まだこちらとの距離は随分あるままだ。
すると、奴の胸に備わる球体上の黒いパーツが、真っ白に輝きを湛え始めた。
まさか。もう何かを仕掛けるつもりだって言うの!?
そのエネルギーを、直接は感じ取れない。気でも魔法でもない何か。
ただ間違いなく、これはやばいと直感が告げていた。
慌てて通信機を掴み、全員に呼びかける。
「みんな! 気を付けて! 敵は何かをしようと――」
え――。
ほとんど意識する間もなく。
味方も後方の首都も。
あらゆるものを呑み尽くすほどの、圧倒的な勢いで。
視界のすべてが、眩い白一色に塗り潰されようとしていた。
***
「どうした。助けに行かないのか?」
ウィルは鋭い眼付きでこちらを油断なく見据えながら、どこまでも憎たらしい笑みを浮かべている。
本当に人をおちょくるのが上手い野郎だ。
「素直に行かせてくれるってんなら、今すぐにでも喜んで行くけどな」
「あの星を僕らの戦場にしたいのなら、どうぞご勝手に」
こんの野郎……! マジでむかつく奴だな。
だが……エルンティアでフェバル同士が、ガチの一戦を交えるわけにはいかない。
バラギオンなんかを待つまでもなく、世界全体が滅茶苦茶に壊れてしまう。
バラギオンもやばいが、圧倒的にまずいのは俺たちの方だ。
……大き過ぎる力を持つのも考え物だな。軽々しく本気でやれない。
しかし、こうして睨み合いを続けていても何も進展しねえ。むしろ状況は刻々と悪化していくばかりだ。
バラギオンも、ユウたちにとっちゃ厄介過ぎる相手なのは確かなんだ。
あれは『焦土級』だぞ……!
あの世界に本来あるべきものとは、まるで強さの次元が違う。
何よりも厄介なのは、主砲《ギール》だ。
奴の名を冠するあの悪魔染みた兵器の効果は、物質消滅。
質量をエネルギーに強制変換することで、この世から跡形もなく完全に消し去ってしまう。
異次元に消し飛ばす等の高度な手法ではなく、この直接消すというやり方を「あえて」選んだところが悪魔染みている。
消滅させた物質そのものを一次被害とするなら、そんなものは序の口だ。
莫大なエネルギーに転化された物質は、同時にさらなる壊滅的な破壊を二次的に巻き起こす。巨大都市の二つや三つなど、まとめて簡単に消し飛んでしまうほどの破壊力だ。
そしてこれほどまでに凄まじいエネルギーは、別の所でも猛威を振るう。
辛うじて消滅を免れた周囲の物質に対し、爆発的な核反応を誘導してしまうんだ。
実に恐るべき量の放射能が生成され、まき散らされることになる。
この放射能が、超長期的な三次被害を招く。
つまりあのバラギオンどもが、かつてあんなに美しかったあの星を死の星に変えてしまった元凶というわけだ。
ディースナトゥラだかで追い回されたときに、あの世界の連中のレベルはもうわかってる。
そこらの奴の手に負える相手じゃない。
まだフェバルの力もろくに使えないユウが、仲間を率いて普通に戦ったところで、敵う敵わねえって問題じゃないんだ。
このままじゃ、全員まとめて消されるぞ! どうにか俺が片付けてやらねえと!
だが目の前のこいつは、それを決して許さないだろう。
てめえだって好き勝手やっておきながら、俺が介入するのはルール違反だってか。
ふざけんのも大概にしろよ。
……ちっ。くそったれ。動けねえ。
こいつは少しでも俺が下手に動けば、とことん殺り合うつもりだ。
この野郎は、自分がここに抑止力としているだけで十分だとわかっていやがる。
実際その通りだ。涼しい顔ですましやがって。
俺はギリギリと握り上げた拳を、やるせなく下ろすしかなかった。
一触即発の硬直状態の最中。
意識の大部分はウィルに向けつつ、一部はエルンティアに向ける。
ギール=フェンダス=バラギオンは、今もユウのいる首都に向け巨躯を駆って高速飛行を続けている。
ディースナトゥラ到達まで、幾許の猶予もない。
激しい焦りが押し寄せてくるのを、もう我慢できなかった。
ついに冷静を装うことも忘れて、声を荒げてしまう。
「お前、本気なのか!? あんな物騒なもん、今からぶつけてどうする気だ! まだ戦わせるような段階じゃないだろう!?」
ウィルはまったく気にせずに、ただ愉快にほくそ笑むだけだった。
「だから言っただろう。僕はあいつが壊れるなら、それでも構わないと。ただ少し見てみたいだけだ。ユウがどんな反応を起こし、どう変わっていくのかを」
「こんなこと、俺が許すと思ってんのか?」
「くっくっく。だから勝手にしろよ。僕は僕で勝手にするだけだ」
そして、これ見よがしに付け加える。
「まあお互い、無駄な星は壊したくないものだよな」
「くっ……! てめえは……」
そのときだった。
身の毛もよだつ悪寒が走ったのは。
バラギオンが足を止め――よりにもよって、いきなり主砲をぶっ放そうとしていたのだ。
野郎……! いきなりかよ!
同時にウィルも気付いているはずだ。
ますます口の端を愉悦に歪ませている。
「いいのか? 放っておいても。あれは死ぬよなあ」
「……っちっくしょう!」
もう後先など考える余裕はなかった。
俺は、我も忘れて転移を使っていた。
ユウに襲い掛かる破滅の光をキッと睨み付けて、彼女の前に立ち塞がる。
一瞬だけ後ろに視線を向けると、彼女は驚愕したまま目を見開き、顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。
極大の物質消滅波動が、もう手の届くところまで迫っている。
させるかよ!
「うおおおおおおおおおおおおーーーーーー!」
叫ぶと同時、【反逆】を使用する。
破滅の砲撃から物質消滅の性質を抹消し、軌道を反転させて敵の主砲に向けて撃ち返す。
それは、ほんの一瞬の攻防で――。
「隙を――見せたな」
しまっ――!
すぐ背後から、ぞくりとするような殺気を感じたとき――。
重たい衝撃が、俺を貫いた。
口の中に濃い血の味が広がったと思ったときには、もう遅かった。
見下ろすと、心臓の辺りに惨たらしい風穴が空いている。
致命傷だ。
ちく……しょう……。
なすすべもなく落ちていく。
哄笑を上げて俺を見下すウィルの姿を、視界の端に捉えて。
***
ここは、どこだ……。
地面……? 俺は、倒れているのか……。
何も考えたくない。
このまますべてを手放してしまえば、楽になれる。
死の感覚。
もう何度目だろうか。こんなものに、すっかり慣れてしまった。
「して――」
薄れ行く意識の中で、誰かが俺を呼ぶ声がした。
かすかに目を開けると、そこには涙を流しながら、必死に縋りつく黒髪の少女が映った。
へっ。ほんとにお前は。
泣き顔まで……ユナに……そっくりだな……。
「レンクス! しっかりして! レンクス!」
「は、は……わりい……ドジっちまった……」
「助けてくれてありがとう。ねえ! しっかりしてよ!」
おいおい。なんて顔してるんだ。どうせ死んでも生き返るってのに。
お前は、こんな俺でも……親身になって心配してくれるんだな。
まったく。本当によ。
最後の力を振り絞る。
《許容性限界突破》
ダメか……。いつもほど効果がかからない。
せめてもの置き土産にと思ったが……。
もう能力を満足に使う余力もない、か。
「すま……ねえ……後は、頼んだ……ぜ……」
俺は、力強く頷くユウをしっかりと目に焼き付けて――。
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