53「エルンティア独立戦争 3」
俺とリルナは、一対一の戦闘においては存分に強さを発揮できるのだが、圧倒的多数が相手となると少し苦しいところがあった。
多数に対し効果的でかつ手軽な技を持っていないからだ。
俺は一々女になって限られた魔力でやりくりするしかないし、リルナの《フレイザー》は周囲を巻き込んでしまう。《セルファノン》は強いが、大技ゆえに連発はできない。
一方、ステアゴルは俺やリルナと同じ近接戦闘タイプではあるものの、パワーアームを使えば広範囲を狙って破壊できる。
ジードとブリンダは元々の機能からして、対集団戦や中距離以上のレンジを得意としている。
やはり戦いは単純な強さだけじゃない。
三人は単純な戦闘力ではリルナには及ばないが、俺や彼女にはできないことができる。
実際、ディーレバッツの三人が加わったことで、見違えるほど戦況は好転した。
こちらを押し潰さんばかりに畳みかけてきたプレリオンの猛威が、三人がそれぞれ放つ広範囲攻撃によって綺麗に削がれてしまったのだ。
たとえ宙に逃れようとも、ブリンダが使う謎のガスが容赦なく叩き落とす。
足の止まったプレリオンは、格段に相手がし易かった。
ここに来て士気は大いに上がり、態勢の整った隊の連携が最大限に発揮された。
もはや殺戮天使は、皮肉にも自らが殺戮されるだけの憐れな存在と化した。
……うん。今後の課題だな。
ここのように滅多に魔法が使えない世界でも、一対多において有効な攻撃手段を一つくらいは持つ必要がある。それに、ちょっと飛び上がられただけで満足に対処できなくなるようではまだまだだ。
三人の活躍を横目に、俺は自分の至らなさを噛み締めながら、そんなことを思った。
今度こそ目に見える範囲はあらかた片付いたところで、予定通り隊を二手に分けることになった。
中央工場と中央処理場の制圧は、ディーレバッツの三人が中心にやってくれるということなので。
俺は予定を変更して、リルナとともにディークラン本部の制圧に向かうことにする。
そのまま一緒に、まだ見ぬギール=フェンダス=バラギオンの対策を練ることにした。
アスティも俺に付いていくと言って、第三隊に加わった。
***
それから、本部の制圧自体はさしたる困難もなく達成された。
拠点内部まで辿り着けば、屋内では一度に大勢を差し向けることはできない。
各個撃破すればよいとなれば、俺とリルナにとっては敵なしの状況だった。
アスティを始めとした狙撃班の的確な援護もあって、本部は犠牲者を出すことなくこちらの手に落ちたのだった。
「怪我のひどい者は医務室へ連れて行け。それ以外は、直ちに有用な装備の回収に当たれ」
急ごしらえで設置した作戦指令室から、リルナが檄を飛ばす。
俺も同じ部屋にいたが、その辺にあった長椅子に座って身体を休めることにした。
戦い続きで消耗しているから、休めるときには休んだ方がいい。
各々が自分の役割を見つけて動き始めたところで、リルナが歩み寄って声をかけてきた。
「これでようやく対策が打てるな」
「やっとだな」
「さすがのお前も少しはくたばったか」
「君と違って生身だからね」
肩を竦めて小さく笑うと、彼女も同じように笑い返してくれた。
少しだけ皮肉交じりで。
「疲れを知らない機械女で悪かったな」
「はは。何も悪いなんて言ってないだろう」
やっと少しは落ち着ける状況になると。
遥か上の宇宙で対峙しているであろう、レンクスとウィルのことがふと気になった。
何となく天井を見上げる。
「どうした?」
「何でも。あっちはどうなっているんだろうなって」
すると彼女は別の意味に取ったらしい。むしろそう考えるのが自然だろうけど。
「ラスラの方も上手くやってくれているようだぞ」
「それは何よりだ」
生返事をしつつ、考えを続ける。
どうせまたウィルが何かしたのだろう。
中央工場の地下で突然起こった爆発は、そうとしか思えない。
だが――殺そうと思えば、あの爆発のときに俺たちなんて簡単に殺せたはずだ。
『そうなんだよね』
「私」も頷く。
それどころか、ディースナトゥラごと消し飛ばすこともできたはず。
なのにあえてしなかった。そこが引っかかる。
『あいつは、何を考えているんだ……?』
『私にも、さっぱり……』
たった一人で、世界を破滅「させかねない」事態ばかりを引き起こして。
そうだ。あいつはまだ世界を滅ぼしていない。やろうと思えばいつでもできるはずなのに。
やろうと思えば、たった一人で。
そう。たった一人で。
頭の中でそのワードが反響する。
だから。
だから、フェバルの理不尽な強さはどうも好きになれないんだよな。
星脈によって与えられただけの不条理な力。
俺たちが必死になって力を合わせても、彼らの一人にさえ遠く及ばない。
圧倒的な力の論理がまかり通ってしまうのだ。あいつらだけは。
それが遥か上から嘲笑われてるみたいで、気に入らない。
『いつも振り回されてるもんね。私たち』
『ほんとな』
俺たちの運命は、何を考えているのかもわからない超越者の気まぐれに弄ばれている。
まるで喉元に核兵器を突きつけられてるようだ。いつだって発射ボタンに手がかかっている。
けど……俺にも人のことは言えない。
俺にもそんな彼らと同じ力が宿っている。
ほとんど制御の効かない、なおのこと性質の悪い力が。
贅沢言えるほど強くもないし、使えるものなら何でも使っているけど。
こんな恐ろしい力に頼らないで済むなら、それに越したことはないだろう。
いつ暴発するかわからない爆弾のようなものだ。もしこれが完全に爆発したなら――。
『俺と君は一体、どうなるんだろうな』
『そんなことさせないよ』
『わかってる。けど』
これまでの経験からして、きっとろくなことにはならない気がする。
「随分思い詰めているな。わたしでよければ話を聞くが」
リルナはいつの間にか俺の隣に座り、心配そうにこちらの瞳を覗き込んでいた。
「私」にはいつも話は聞いてもらっているが、人に頼れるなら頼った方がいいよな。
俺は素直に話すことにした。
「……俺には、自分でも上手く抑えられない莫大な力が眠っているんだ。君と戦ったときに一度暴走させてしまった、あの力だよ」
「あれか……」
思い出したのか、あのとき殴られたお腹の辺りを軽くさすったリルナ。
彼女の目を見て、続ける。
「あの力を抑え切れなかったとき。もしかするとこの世界を滅茶苦茶にしてしまうのは、まともな理性を失った俺かもしれないって、ついそんなことを考えちゃってね」
小さい頃親戚に仕返しをしたとき。空中都市エデルでの覚醒。ディースナトゥラでの暴走。
ぱっと思い付く限りすべてで、俺にまともな理性は残っていなかった。自分でも何をするのかわからない。
「それほどの力なのか」
彼女は馬鹿げたことと笑わずに、真剣に聞いてくれた。
俺は頷く。
「それほどなんだ。ポテンシャルだけなら、きっとこの世界のどんなものよりももっと恐ろしい何かが眠っている」
いざ強敵を前にして、俺はこの力に呑まれてしまわないだろうか。それが心配だった。
それをすれば、バラギオンに勝つことだけはできるかもしれない。
だが、代わりにもっと大事なものを失ってしまうような気がしてならなかった。
俺は簡単に説明することにした。
自分の能力のことを。『心の世界』とそこに宿る力のことを。
「もし、この力がまた暴走したら……」
「大丈夫だ」
リルナに力強く手を握られた。
はっとして見つめると、いつもよりも目が優しいような気がした。
金属でできているはずなのに、まるで人の手のように温かく感じられる。
「もしもお前に何かがあれば、そのときはわたしが止めてやる。必ずだ」
「……君が?」
彼女は頼もしく頷いた。
少し考える素振りを見せて、穏やかな物腰で言葉を紡ぐ。
「お前の話を聞いて、わたしにも何となくわかった。今からとても変なことを言うが、聞いてくれ」
「うん」
「……実は、少し前から時々だがな。ユウ、お前の感情がかすかに伝わってくるようになったのだ」
「何だって?」
あまりに意外なことを聞かされて、俺はぽかんとしてしまった。
彼女はこの反応を予想していたのか、軽く微笑んでから気にせず続けた。
「それ以来、明らかにわたしの動きが良くなった。本来のスペックに上乗せされたようにな」
「そんなことが……」
「ああ。そして一度気が付いてみれば、わたしだけではない」
部屋の外に繋がるドアを数瞬見やってから、彼女は俺に視線を戻す。
「ヒュミテたちの動きも相当良くなっている。お前はよく知らないかもしれないがな」
「そうなのか?」
「ああ。本来の彼らは、ディークランの一般兵にも苦戦するレベルの連中だった。それより遥かに強いプレリオンになど、普通に考えれば到底太刀打ちできるはずもなかった。なのに、ここまで満足に戦えている」
言われるまで、まったく気付かなかった。
みんなが精一杯やっているからどうにかなっているものだとばかり。
だが冷静に考えてみれば、気の持ちようだけでどうにかなる戦いでもないのは確かだ。
「死者が少なくて済んでいるのは、きっとお前の持っている不思議な力のおかげもあるんだ」
「俺の力が……」
「そうだ。お前は言ったな。心の状態に能力の発揮が依存していると。そして、心の繋がりが現実の力に変わると」
言った。確かにそう言った。
でもそれは、俺と「私」だけの話だと思っていた。
リルナは教えてくれる。
「今は一つの大きな戦いに向けて、全員が想いを一つに結束している。その繋がりがお前の持つ『心の世界』とやらを核にして、わたしたちに戦う力を与えてくれているんだろう。おそらくな」
彼女は「少なくとも、そう考えれば素敵じゃないか」と言ってから、俺の肩に手を乗せた。
いつの間にか、身体がくっついてしまいそうなほど距離が近くなっている。
彼女の口元は、いつもの険しく引き締まったへの字のラインとは逆に、柔らかく上向いていた。
青い瞳はどこか熱を帯びて、こちらの心を見透かすように俺を一心に見つめている。
その微笑みが俺だけに向けられているのだと、意識してしまったとき。
こんなときだと言うのに、ついどきりとしてしまった。
「だから、ユウ。悪いことばかり考えるな。お前はその力を素晴らしいことに使えるんだ。どんな力も使いようだと、わたしは思うぞ」
「確かに……そうだね」
「そんな力に負けるな。振り回されるな。逆に使いこなしてやれ。お前ならきっといつかできる」
「……ありがとう。だいぶ気が楽になったよ」
「紛いなりにもわたしに勝ったのだからな。そのくらいしてもらわなくては困る」
そこまで臆面なく言ってから、思い返して恥ずかしくなったのだろうか。
彼女は慌てて顔を背けてしまった。可愛らしいところがあるなと思う。
そんな彼女を見るうちに、俺は胸が熱くなるのを感じていた。
『いいこと言ってもらえたね』
『うん』
本当にありがとう。助けられたよ。
リルナ。君の言う通りだ。
恐ろしい力だからと避けていたら、いつまでもそのままじゃないか。
きっとこの戦いは、これまで以上に能力を積極的に使いこなせなければならない。
そうしなければ、何となく負ける予感がしてならなかった。
あのウィルが再度繰り出してきた手だ。前回と同じままで通用するとは思えない。
今まで能力に関しては、レンクスや「私」だけに頼りっ放しだった。
けど、この世界の旅で何度も力を使ってみてわかった。それではダメなんだ。
レンクスは、いつもいるとは限らない。
「私」は『心の世界』の住人だ。存在そのものが本質的に能力に従属している。
サポート役としてはこれ以上ない存在だけど、君ができることにはどうしても限りがある。
『俺が不甲斐ないばかりに、君には辛い思いばかりをさせてきたよな』
『ううん。不甲斐ないのは私も一緒だよ。でも、やっと少し掴めたみたいだね』
『そうだな』
真に能力をコントロールするためには、まず何より俺自身がしっかりしなくてはならない。
俺自身がはっきり人間という枠を超えて、力を使う覚悟を決めなくてはならないんだ。
今まで振り回されてばかりだった力を自ら制御して使っていく覚悟。
本当に守りたいものを守るために。
……化け物になってしまわないだろうか。
その心配は常にある。今だってそうだ。
けれど。力に負けない強い心を持てば。そして誰かの支えがあれば。
きっと人間でいられるはずだ。
『うん。きっと大丈夫だよ』
そう信じよう。また一歩踏み出す勇気と、リスクを背負う覚悟を持とう。
「私」とは今まで通り、力を合わせていくとして。
俺はしっかりと彼女の目を見つめて、右手を差し出した。
「リルナ。頼む。俺に力を貸してくれ。君と一緒なら、頑張れそうな気がするんだ」
リルナは少し驚いたように目をぱちくりさせたが、心から嬉しそうな笑顔で右手を返してくれた。
「喜んで力になろう。わたしがお前の助けになるのなら」
かたく握手を交わしたとき、俺の中に温かい力が漲っていくのがはっきりとわかった。
『心の世界』を通じて、お互いの心が通い合う。
リルナの好意や戦いに向けた覚悟、色んな感情が混じり合って、俺の中にすっと入ってきた。
驚いた。ここまではっきりと感情が通じ合ったことは、今までになかったから。
いつの間に、俺は彼女とこんなに深く繋がっていたのだろうか。
あれほど敵対していたリルナが、今はこんなにも近く感じられる。
俺にはそのことが嬉しかった。
俺の決意を読み取った彼女が、ふふ、と左手で胸の装甲を撫でた。
「どうやら覚悟はできたようだな」
「ああ。やってみるさ」
良い雰囲気になっていたところに、ドアがバタンと開いて、男が元気良く飛び込んできた。
「リルナさん! ディグリッダーの整備、完了しました!」
「あ、ああ。わかった。すぐに行く――ユウ。少し見せたいものがある」
彼女は俺に目配せした。
***
案内されるがまま、指令室を出る。
他の建物と比べても一際大きな格納庫まで付いていくと、そこで度肝を抜かされることになった。
そこにあったのは、目算で高さ十数メートルほどの人型ロボットだった。
無駄に角ばった装飾などは一切なく、ナトゥラ――というより、プレリオンをそのまま大きくしたようなデザインだ。
右腕には巨大なビームライフルが付いていて、左腕にはこれまた巨大な光刃が出そうな平たい穴がある。
そんなものが、二十体ほども整然と並んでいた。
リルナはそれらをしげしげと見渡した後、振り返って簡潔に解説してくれた。
「機動兵器ディグリッダーだ。ナトゥラが電子接続することで、自分の身体のごとく自在に動かせる仕組みになっている。言わば、巨大なナトゥラの抜け殻みたいなものだな」
「こんなものがあったんだな」
感心する俺を尻目に、彼女は起用方法を考えていた。
「これはヒュミテには扱えないから、地下の連中に乗ってもらうしかないか」
「リルナは乗らないのか?」
彼女は静かに首を横に振った。
「使わない方が強いからな。わたしの異名は知っているだろう?」
ふっ、と自嘲気味に笑った彼女に、しかし暗さはどこにもなかった。今は戦闘兵器であることを誇りに思っているようだった。
その後、四人乗りの対大型兵器用装甲車なるものも紹介された。
こちらは例によって高速で空を飛び、さらに赤のレーザー砲《ファノン》を大幅に強化したものが付いている。さすがに《セルファノン》には及ばないだろうが、中々の威力が期待できそうだった。
装備を整えたところで、再度みんなが集まる。
中央工場と中央処理場を完全に制圧した第四隊からも、主力となるステアゴル、ジード、ブリンダの三人が戻ってきていた。
さらにしばらくして、地下からディグリッダーの操作経験のある者たちが派遣されてきた。
彼らは元軍用ナトゥラで、怪我による故障で処分されそうになっていたところをクディンに助けられたのだと言う。
対バラギオン戦の作戦を練っていく。
ただの歩兵が超巨大兵器を相手にしても無意味なのは明らかだ。ゆえに大半は、ラスラが指揮を取る首都の戦いに引き続き参加してもらうことになった。
奴との戦いに赴くのは、以下の戦力に決まった。
第一戦力として、兵器級の実力を持った者――つまり、ディーレバッツのみんなと俺だ。
第二戦力として、対大型兵器用装甲車に精鋭を乗せたもの。アスティもここに含まれている。
第三戦力として、機動兵器ディグリッダー。
これら三つの勢力でもって、焦土級破壊兵器を迎え撃つ。
戦力としては心許ないが、これができる精一杯だ。何としても勝たなければならない。
やがて、遥か南方より百メートル級の巨大敵影高速接近中との情報が入った。
対大型兵器用装甲車三十台とディグリッダー二十機は、中央区より直ちに南進を開始した。
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