49「全ナトゥラ殲滅命令発動」
「破滅を突きつけられているだって!?」
「プレリオンがなんだというのだ。確かに数は多いが、決して倒せない相手ではないはずだ!」
「そんなものは問題ではない……」
食ってかかるリルナを窘めるように、プラトーが言った。
静かな声には、だが強い厳しさが込められていた。
「お前たちに言っておく。これ以上システムを刺激するな。取り返しの付かないことになるぞ」
「取り返しの付かないことって――!?」
その瞬間、遥か下の方で何かが爆発する音がした。
立っているのも辛いほどに、床が激しく揺れる。
「なんだ!?」
「どうした……?」
「まさか……! なぜだ!?」
ここまで感情の動きが控えめでややわかりにくかったプラトーが、初めて誰の目にも明らかな動揺の声を上げた。
揺れが収まる間もなく、頭上で天井が崩れた。
さっとその場を飛び退く。
リルナとプラトーも、咄嗟のことでしっかりとかわしていた。
前を見ると。
分厚い金属の塊が、ガラスケースの中に入っていたモノに直撃するところだった。
「あっ」と声を上げたときには、もう遅かった。
中身の液体が漏れ出し、それの肉体の大半は潰れて、未完成のままの四肢をぐったりと投げ出していた。
こちらを見て、一瞬だけ。
穏やかに笑ったような顔を見せて――そして、もう動かなくなった。
「崩れるぞ!」
リルナが叫ぶ。俺もすぐに動いた。
「転移魔法で脱出する! 早く手を繋いで!」
リルナは素早く手を取ってくれた。
プラトーが躊躇する仕草を見せたので、一喝する。
「何もたもたしてるんだ! さっさと掴まれ!」
どこか煮え切らず、茫然自失としたままのプラトー。
その左手を強引に掴んで、女に変身する。
リルナと目が合った。
その瞳孔は驚きを示すように開かれていたが、表情はむしろほっとしているようだ。
行き先を考えている暇がない。とりあえず前の場所へ飛ぼう!
《転移魔法》!
間一髪のところで、私たちは難を逃れることができた。
***
再びディースナトゥラ第三街区六番地。
人気のない裏路地に転移し終わると、すぐにプラトーは私の手を振り払った。
信じがたいという顔で問い詰めてくる。
「なぜオレを助けた……。お前に敵であるオレを助ける義理はないはずだ」
「どうもこうもないよ。見殺しにしたら寝覚めが悪いでしょ」
ごくあっさりと返す。
呆気に取られたように言葉を失った彼に、リルナはぽんと私の頭に手を乗せて目配せした。
ふふ、と小さく笑って。
「諦めろプラトー。ユウはこういう奴だ」
プラトーは、何も言い返さなかった。代わりに小さく溜め息を吐く。
と、そこで。妙な違和感を覚えた。
「おかしい。近くにナトゥラのいる気配がない」
「なに――本当だ。どうなっている?」
ナトゥラだからもちろん気はないのだけど、そういうレベルの問題ではなかった。
ここは大都市の真ん中。
であれば、どんな裏路地であろうと、絶えず何かしらの音が漏れ聞こえて来るはず。生活の気配というものがあるはずだった。
それが、異常なほどに消え去ってしまっていた。
無音。どこまでもしんと静寂が満ちている。
まるでこの街から、すべてのナトゥラの気配と音が、そっくり盗まれてしまったかのようだった。
早速三人で表通りに出てみることにした。
プラトーは、私とリルナからはやや離れて歩いているものの、敵対する気はもうすっかり失せてしまったようだった。
出るとすぐに、恐ろしい異変に気が付いた。
通行中だったナトゥラが、その場で凍り付いたように動きを止めていた。
ぴくりとも動かない。
「え……」
「なんだ……?」
見渡すと、誰も彼もが、同じようにその場から動かなくなっていた。
空を飛んでいた車までもが、音もなく静止している。
「あっちも」
「こっちもだぞ」
私とリルナは、揃って間抜けな声を上げていた。
「どうなっている?」
リルナが、困惑の顔をプラトーに向ける。
彼だけが一言も喋らず、難しい顔で考え込んでいるようだった。
ディースナトゥラは、沈黙していた。
どこまでも静かだった。まるでここだけ時間が止まってしまったみたいに。
そのうち、大量のプレリオンが隊列を為してやってきた。
残念なことに、彼女たちだけはどうやら普通に動いているようだ。
咄嗟に身を隠して、様子を窺う。
彼女たちは、動かなくなったナトゥラに近寄ると、簡単に持ち上げていた。
そのまま、どこかに持ち去って行こうとしている。
「あいつら、何をやってるの?」
そこで初めて、しかめ面のプラトーが口を開いた。
「処分する気だろう。おそらく、中央処理場に運んでいる」
「「なっ!?」」
リルナと私が、同時に驚きの声を上げる。
「止めさせなくちゃ」
「ああ」
飛び出そうとしたところを、強く手で制止された。
「早まるな。あの数を見ろ。お前たちだけで何が変わるというのだ」
「そうか……。そうだよね」
諭されて、私はその場だけはぐっと堪えることにした。リルナも仕方なく追随する。
それにしても、プラトーがやけに素直になったような。
すっかり毒気の失せたように見える彼は、やるせなさそうに呟いた。
「こんなことになるとはな。誰かは知らないが……やってくれた。この星はもう終わりだ……」
「さっきから破滅だとか終わりだとか、どういうこと?」
彼は、その問いに答える気はありそうだった。
でも代わりに、まず違う話を始めた。
「システムを管理しているコンピュータは、全部で四つあった」
「そうなの?」
「ああ……。百機議会はリルナが破壊した。地下はつい先ほどやられた。ティア大陸にも一つあるが、おそらくそこも同時に破壊されてしまっただろう」
「もう一つは、どこにある」
「この星にはない」
「何だと?」
リルナが驚きの声を上げる。先ほどから、彼女は専ら驚き役だった。
私もこの星の真実について予想を付けていなければ、きっと同じようなものだっただろう。
「今はそのことはどうでもいい」
彼は私を見つめて、問いかける。
「ユウ。システムが存続を危ぶまれるほどの大打撃を被ったとき、一体何が優先されると思う?」
「システムの防御に全力を注ぐ。あるいは、原因の徹底的な排除……」
自分で言ってみて、はっとした。
彼が頷く。
「そうだ。ナトゥラもヒュミテも、この星の文明も、その気になればまた造り直すことができる……。少なくとも、とっくの昔にくたばってしまった奴らにとっては、そういう計算だったはずだろう」
「じゃあまさか、ナトゥラまで皆殺しにするつもりだって言うの?」
プラトーは、暗い調子で肯定した。
「システムは、ついにナトゥラとヒュミテのすべてを危険因子とみなした。今まさに行われているのは、その端緒だ」
「そんなこと、許せるものか!」
リルナが怒りに燃える一方で。私は。
彼の言葉の節々から感じられる、どこか諦めたような含みが、さっきからどうしても気になっていた。
「端緒……まだ何かあるって言うの?」
彼は、口の端を皮肉たっぷりに歪めた。
そして、こちらを非難するように鋭く。
でもどこか哀しげな視線を投げかけて、言ってきた。
「お前たちは、どうあっても逆らうべきではなかった。現状維持だけが、望むべく精一杯のことだったのだ……。あれを起こすことだけは、避けなければならなかった」
「それって何なの? あなたは、何をそこまで……」
本当の歴史をその目で見てきたプラトーが、そこまで恐れるものは何か。
私たちではどうしようもないものとは、何なのか。
彼は、絶望的な調子でその名を告げた。
「焦土級戦略破壊兵器。ギール=フェンダス=バラギオン」
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