47「中央工場の奥底で見たモノ」

 俺たちをすっかり取り囲んだ敵は、プレッシャーをかけようと、じりじりと距離を踏み潰すように整然と歩み寄ってくる。

 俺とリルナは、押しやられる形で距離を詰め、ほぼぴったりと背中をつける形になった。

 そのとき、様子見とばかりに、一体のプレリオンが飛び出して斬りかかってきた。

 そいつの刃を見切って掻い潜ると同時、逆に頭から気剣を振り下ろす。

 縦に真っ二つになった殺戮兵器は、左右に分かれて地面に倒れ、その無機質な中身を晒した。

 同様の状態になった無残な人間の死体を何度も見て来たことがあるが、それに比べれば心にくるものはずっと少ない。

 俺が容赦なく敵を斬り捨てたのを見たリルナが、眉根を吊り上げた。

 少し意外だとでも言いたげに。


「お前でも普通に殺すのだな。不殺主義者かと思っていたぞ」

「さすがに心のない敵にまで遠慮はいらないだろう」


 それが合図になったのかどうかは知らないが、他のプレリオンたちも刃を立てて、一斉に飛び掛かってきた。示し合わせる暇もなく、俺たちはすぐに応じる。

 特殊機体と言うだけあって、ディークランの一般隊員の連中よりはずっと手強く感じた。

 ただ、ディーレバッツと比べると……。

 非戦闘員のトラニティ辺りよりかは強いかもしれないが、それでもジードやステアゴルといった戦闘タイプに比べれば、かなり劣るというところだろうか。

 ともかく、俺たちならば問題なく相手ができる程度の強さでしかない。

 一体一体は、リルナに比べれば動きが止まって見えるほどだ。容易く見切ることができる。

 彼女も同じように感じていることだろう。特に苦も無く《インクリア》で敵の首を刎ね、四肢を飛ばしていく。

 ただ、何よりも数が多い。

 二体までは同時にいけても、三体以上同時に相手をするとなると少しきつかった。

 なるべく一対一か一対二の状況を作るように、上手く立ち回って対処する。

 全員が同じ蒼白な、無表情な顔面を張り付けたまま不気味なほど静かに迫ってくるのは、悪い夢でも見ているような気分にさせられた。 


 そのうち埒が明かないと判断したのか、敵は攻撃パターンを変化させてきた。

 近くの敵が刃を振りかざしつつ、遠くの敵がビームライフルを構えて集中的に狙ってくる。

 射撃を防ぐ手段がないならば、どうしようもない攻撃だっただろう。

 だが今の俺は、《マインドバースト》の効果で防御力も上乗せされている。

 射撃は、察知できる限りはまったく大したことはない。

 遠距離から気配なく正確に撃ち抜いてくる、あのプラトーの職人技に比べれば。

 一部は避けて、かわし切れない部分は、命中する箇所に集中的に気力強化を施して防ぐ。

 リルナの方は、《ディートレス》のおかげでまったくノーダメージのようだった。

 敵のときは厄介そのものだったが、味方に回ると恐ろしく頼りになる。

 自分はというと、気力の使えない左腕側を集中的に狙われると、さすがにやや辛いところがあった。

 そこはリルナが目敏く気付いて、フォローに回ってくれた。

 もう何体目になるかわからない殺戮天使を刺し貫いた彼女に、声をかける。


「ありがとう」

「わたしの責任だからな」


 増援は際限なく、次から次へと湧いてくるように思われた。倒しても倒しても敵は補充されてくる。

 余計なスタミナは消耗したくないのだが、中々膠着状態から抜け出せない。

 それでも、工場内部からの増援はさすがに有限だったらしい。

 それが途切れたタイミングを見計らって、リルナと頷き合わせる。

 彼女の手を取り、《パストライヴ》で囲みを一息に突破する。

 背面に集中強化をかけつつ、雨あられのようにビームが飛び交う中、敵に背を向けてドームの入り口へと駆け込んだ。


 飛び込んでみると、まず目に映ったのは、大量の巨大な機械装置群だった。

 やはりというか、すべてがほぼ輝く白銀一色だ。特殊合金のポラミットが非常に優秀な素材なのはわかるけど、ここまでひたすら使われていると、さすがに目が痛くなってきそうだった。

 プレス機やベルトコンベアなどが、一定の配列で整然と並んでいる。

 一見してわかる通り、組み立てラインだった。それも、ナトゥラの製造ラインのようだ。

 ラインはなぜか一切動作していなかった。緊急時だから止まってしまったのかもしれないが。

 造りかけのままのナトゥラの生首がずらりと並んで、生気のない目でこちらを見つめている。

 今にもけたけた笑い出しそうだ。首だけで。

 一方で、首から下が宙ぶらりんに吊り下げられているのも見えた。

 裸の若い男女たちの機体が。

 おそらく、ドッキングする途中だったのだろう。

 人間のものかと見紛うほど精巧な女性の肢体が、あられもなく晒されている。

 けど、首もないのが無造作にぶら下がっているのを見つけても、何も嬉しくはない。

 正直なところ、不気味極まりない光景だった。ホラー映画にでも出てきそうな。

 リルナも同じ感想だったらしい。ぽつりと呟いた。


「実際に造られているところを見るのは、ぞっとしないな」

「同感だよ」


 プレリオンたちも、すぐに追いかけて中に入って来た。

 奥からもまた追加でやってきて、挟み撃ちの状態になる。

 さすがに内部でビームライフルを撃ち回せば、設備が破壊されてしまうだろう。

 それはまずいと判断したのだろうか、専ら紫色の光刃のみを使用して白兵戦を仕掛けてきた。

 こちらは、外のときと同じように対処していく。

 さすがにナトゥラの製造ラインを破壊する気は俺にもなかった。

 目的は、この場所に何があるのかを見極めること。

 そしておそらくここにも存在するコンピュータシステムの発見と、こちらは文句なく破壊だ。

 元々俺は気剣だけだったから、特に動きに関して遠慮する必要はない。

 リルナも俺に気を使ってか、こちらを巻き込む《フレイザー》は、最初から使用せずに立ち回ってくれていた。

 だから特に不都合はなかった。

 むしろ敵が好きに撃てなくなった分だけ、戦いやすくなったと言える。


「どうやらこのフロアじゃない。どこかで地下へ続いているはずだ。道を探そう」

「わかった」


 大立ち回りを続けるうち、やがて向こうにメインエレベーターらしきものを見つけた。

 リルナと合図を取って、上手く隙を見計らってともにその目前まで駆け込む。

 リルナがエレベーターのボタンを押した。

 籠がやって来るまで待機している間、力を合わせて敵の動きを牽制する。

 ドアが開くとすぐに、二人で同時に乗り込んだ。

 同乗しようとしてくる敵は容赦なく斬り、蹴り出してやる。

 あとは入り口横のボタンを押せば、ドアは閉まるのだが……。

 どんどん敵が向かって来ようとするので、一向にドアが閉まろうとしない。


「あまり壊したくはないが、やむを得ないだろう」


 リルナが、右手を砲口に変化させる。


「ターゲットロックオン。エネルギー充填10%。《セルファノン》――発射」


 リルナの髪色と同じ、水色の光線が発射される。

 10%なので威力もそれなりだが、目前に迫る敵をすべて吹き飛ばすだけの望ましい効果はあった。

 ふと気になったのだけど、今のはただ単に前へ撃っただけじゃないのか。

 別にターゲットをロックオンしてないときにもそう言うのは、仕様なのだろうか。

 こんなときに聞くことでもないので、黙っておく。 

 もう一度ボタンを押すと、やっとエレベーターのドアが閉まった。

 音もなく、滑らかな動きで地下層まで降りていく。


「そう言えば、まだプラトーを見ていないな」

「もしかしたら、奥に潜んでいるのかもしれない。そうじゃなくても、これから来るだろう」


 俺には、確信めいた予感があった。

 この世界に潜む真実を暴こうとするイレギュラー因子が、最重要拠点の一つを掻き回しているのだから。

 彼は俺たちの前に現れるしかないはずだ。

 既に遠くから狙撃のチャンスを狙っているのかもしれない。気を引き締めておかないと。


 エレベーターのドアが開いた。

 辺りはそれまでと打って変わって、気味の悪いほどの静けさに満ちていた。薄暗い通路を、ぼんやりと蛍光灯らしきものが照らしている。

 地下極秘エリア。

 ギースナトゥラでずっと見えていたあの銀の巨大柱の内部に。

 俺たちは反逆者としては、おそらく歴史上初めて足を踏み入れたことになる。

 プレリオンたちは、もう追いかけてきては来なかった。

 円形カーブを描いて、通路がずっと続いている。ちょうどディースナトゥラの通りを思わせるような構造だった。

 なだらかに傾斜が付いて、下の方まで伸びていた。

 周囲を警戒しつつ、リルナと一緒に歩いて先へ進んでいく。

 やがて、内側に巨大な扉が付いている所まで来た。


 生体――製造プラント。


 一部文字が掠れているが、部屋の入り口にはそう書かれたプレートがあった。

 覚悟を決めて扉に近づくと、プシュー、と大きな音を立てて自動で開いた。

 音のやかましさから、長い間ほったらかしにされていたことが窺える。

 そして、扉の向こうには。


「これは……なんだ……」


 リルナが、顔を真っ青にして完全に言葉を失ってしまった。

 正確には、ナトゥラである彼女に顔色などないはずなのだが、すっかりそう見えるほどだった。

 いつも冷静な彼女が、わなわなと肩を震わせて狼狽えている。

 無理もなかった。誰だってそうなるだろう。


 なぜなら、そこには。


 この世界の前提が根底からひっくり返るほどの、衝撃の真実があったのだから。


「……そうか。やっぱり、そうだったのか」


 もしかしたらと、思っていたんだ。

 確証はなかったけれど。


 予想は、当たってしまった。


 緑色の液体に、それは浮かんでいた。

 一列に並んだガラスケースに、一つ一つそれが入っている。

 中から、こちらを一点に見つめるモノがあった。

 まだ人になる前の形。

 皮膚は出来上がっていない。ぐちゃぐちゃな肉の筋が、体表を覆い尽くしている。

 彼は――いや、胸に少し膨らみがある。彼女なのかもしれない。

 それはこちらに向かって、歯を剥き出しにした。

 笑っているのかもしれない。泣いているのかもしれない。

 造られたモノの悲哀が、その表情に込められているような気がした。


 そこには――。


 製造途中のが入っていた。

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