44「ユウとレンクス、旧時代の首都を調査する」
翌日。私は支度を整えてから、レンクスと二人で旧時代の首都エストレイルの調査に出発することにした。
レンクスのおかげでばっちり復調したリルナが「わたしも行こうか」と申し出てくれたが、こちらはレンクスがいれば十分過ぎるほど間に合っている。
それより、もし私たちが留守の間に何かあったときに対応できるように待機していて欲しいとお願いしておいた。彼女は快く引き受けてくれた。
レンクスと一緒に別荘の外に出た私は、うんと伸びをして朝の空気を吸い込んだ。
あまりおいしくはない。というかこの世界に来てから、空気をおいしいと感じたことがなかった。
美しい自然などほぼ欠片もない情景がそう感じさせるのか、実際に空気が汚れているのか。
おそらくどちらもなんだろうけど。
旅立ちというには、大都会のど真ん中過ぎて何の感慨も湧いて来ない光景だった。しかも、これから行くのは気ままな旅ではなくて、調査がメインである。
それでも、私には少し楽しみな気持ちがあった。
「二人旅は、イスキラ以来だね」
「そうだな」
「これからまたしばらくよろしくね」
「おう、と言いたいところだが」
「なに?」
「出発の前によ。ちょっと試してみたいことがあるんだよな。少し俺の手を握っててくれるか」
「え、うん」
言われるがまま手を握ると。
次の瞬間、何度も感じた覚えのある浮遊感が身を包んだ。
これは――と思う間もなく、私は彼と一緒に見知らぬ場所に立っていた。
「着いたぞ。エストレイルだ」
「……はい?」
辺りは、先ほどまでと打って変わって、見える限り灰色一色の雪原だった。
見える限りというのは、同じ色の吹雪が絶えず舞っていて、視界を著しく悪くしているからだ。
空はどこまでも黒く濁った雲に覆われている。そこから、灰色の雪は降り続けていた。
雪と一緒に叩き付ける心無い猛風が、容赦なく身を凍えさせようとしてくる。
先ほどまでとはあまりの変貌ぶりにきょとんと身動きの取れなくなっている私に、レンクスはうんと頷いて言った。
「やっぱり飛べたな。さすがに世界を跨いでは使えないが、一度行ったことのある場所なら、まあこの通りだ」
なるほど。うん。素晴らしい。とても。
君がいればトライヴゲート要らずだよ。でもね。
「はあ。旅の味わいもへったくれもなかったよ」
せっかく久しぶりの二人旅が楽しめると思っていたのに。
「割と事態が逼迫してるんだろ? ありがたく思え。ついでに放射能から身を守る保護もかけておいたぞ」
「うんありがとう」
「なんだよ。その気のない返事は」
「何でも当たり前にできると、かえってありがたみがないって本当だね。これならリルナ連れてきてもよかったじゃん」
「う。なんか悪かったよ」
ややばつの悪そうに頬を掻いたレンクスは。
すぐに気を取り直した様子で辺りを見回して、悲しそうに目を細めた。
「普通に飛べてしまったということは、残念ながらここが本当にあのエストレイルで間違いないってわけか……。ひどい様だ……」
母さんの話によれば、幻想郷のように華麗で先進的だった街並み。
そんなものなど、今や欠片も見当たらなかった。
文明の匂いどころか、生物の影すらも感じられない。どこまでも死の雪原が続いている。
核の冬。まるでこの世の終わりの光景に思えた。
一人だけで行っていれば、どうしようもない心細さが身を襲っていたかもしれない。
「どうしようか。とても何かありそうには思えないけど」
「いや。かえってこの有様であれば、下手にほじくり返されてはいないはずだ。もしかしたら、地下部分が無事なら手つかずで残っているかもしれないぜ」
「でも、どうやって」
「まあ任せろって」
レンクスは手をかざして、何やら集中し始めた。
すると、いきなり辺り一帯の吹雪がぴたりと止んでしまった。
固唾を飲んで見守っていると、彼はやがて狙いを定めた。
「そこか」
その言葉と同時に、遥か向こうの方で降り積もった雪が、いっぺんに消失してしまった。
溶かしたわけでもなくて、文字通り跡形もなく消えてしまったの。
そして雪が消えた後には、地下への入り口と思しきものが開けていた。
「よし。行くぞ」
「ちょっとは驚く暇が欲しいよ」
レンクスの後に続いて雪が消えた場所へ向かい、地下への階段を下っていく。
階段はかなり長かった。最後まで降りてさらに進んでみると、ずらりと錆びついた金属の棚が並んでいる部屋へと入った。
棚の中はほとんど空っぽで何一つ残ってはいなかったが、いくつか金属の板が残っているのもあった。
「ここは……」
「お役所の文書保管庫か何かだな。きっと。かなり広いぜ」
「手分けして探そう」
「おうよ」
早速目に付いた金属の板を裏返してみると、何やら文字が刻まれているようだった。しかし残念ながら、文字は掠れてしまっていてとても読むことができそうにない。
私はレンクスをちょいちょいと手招きして誘き寄せた。
「なんだ」
「あれ使えないの? リルナを直したやつ」
レンクスは金属板をじっと見つめて、困った顔で首を横に振った。
「いくら物でも、さすがに何千年レベルになるとちょっとな。時間操る専用の能力を持ったフェバルとかじゃないと無理じゃないか? まだ会ったことはないけどよ」
「そんなのできる奴がいたら、歴史とか変えてやりたい放題だよね」
「そうだなあ。だがいないとも言い切れないのが怖い所だな。現に俺みたいなのがいるし」
「恐ろしい説得力だよ」
見つけた文書のほとんどは、残念ながらとても読める状態ではなかった。
でもたった一つだけ運良く保存状態の良かったものがあって、その大半を読むことができた。
そこに書かれていたのは、驚くべき内容だった。
【ディー計画文書 エストティア2531周期 268/401日】
『我々はかの宇宙侵略戦争の結果、本星に徹底的な攻撃を受け、すべてを失った。生き残った我々は………………苦渋の決断を下した。
本星の保全管理・データ収集はコンピュータシステムに一任し、実際の作業はナトゥラに担当させることとする。
計画を十全に遂行するため、複数のタイプの汎用型ナトゥラを製造することを決定した。詳細は後日改めて討議する。
本星の環境状態を適宜把握し、…………テストを繰り返し実施する予定。なお、単位テスト期間は200周期とする』
「宇宙侵略戦争……核戦争じゃなかった……!?」
「確かに。ただの核戦争ごときで壊滅的なダメージを受けそうな文明レベルじゃなかったからな。納得だぜ。つうか、文章全体からなんかきな臭い予感がぷんぷんしてくるな」
「ほんとにね」
しかし。ということは、一体どういうことなのだろう。
『心の世界』に残した記憶も合わせて、私は今一度じっくり考えてみることにした。
偽りの歴史は除いて。事実と思われることだけを積み上げて考えるの。
昔はエストティアと呼ばれていた。
人間が恐ろしく高度な文明を築いて暮らしていた。
ナトゥラはあくまで家庭用ロボットだった。
そこに宇宙侵略戦争。この星への攻撃。
荒れ果てた星。すべてを失った。
生き残った我々の、苦渋の決断。
ディー計画。
複数のタイプの汎用型ナトゥラの製造。
ナトゥラとヒュミテの意図された殺し合い。
コンピュータによる管理。データ収集。
テスト。200周期。
すべての線が一本に繋がる、ある可能性が浮かび上がったとき。
私は息を呑んだ。
「まさか。いや、そうだとしたら」
この予想が正しいとすれば――なんてことなの!
「あとは、現在の確たる証拠があれば……」
知ったところで、どうにかなるというものではないかもしれない。それだけで何かが変わるわけじゃない。
それでも、この真実を明らかにしなければ。
知らずに死んでいった者たちが、あまりに浮かばれない。
もしかしたら、本当に戦うべき相手は――。
中央工場。
私の予想が正しければ。
そこへ行けば、きっと真実がわかるはず。
レンクスがいる今なら、乗り込むことは無茶でも何でもない。
「レンクス。お願い。私をディースナトゥラへ連れて行ってくれる?」
「おう。お安い御用だ」
レンクスの手に、私の手が触れようとしたとき――。
「待て。それでは少々つまらないな」
はっと、声に振り返ると――。
いつの間にか、奴はそこにいた。
黒髪の少年が、こちらを不機嫌な顔で見つめている。
相変わらずだ。ほんの一睨みだけで人を殺せそうな、恐ろしく冷たい眼をしている。
「てめえは……」
「ウィル……!」
名を呼ばれた彼は、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「ごきげんよう。四年ぶりだな。ユウ」
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