40「その手を合わせて」

「――ということで、しばらく行動を共にさせてもらうことになった。元ディーレバッツ隊長のリルナだ。よろしく頼む」


 話があるということで、会議室にテオ、ロレンツ、ラスラ、アスティの四人を呼んでおいてから、リルナを連れてきた。

 彼女を見るなり、当然四人はぎょっとした。

 それから座る四人の前に立って、俺の横で彼女が事情を説明している間も、ずっと落ち着かない様子だった。

 挨拶が終わると、ロレンツは額に手を当てていた。

 何かを言ってやらずにはいられないといった調子で立ち上がる。


「……いや。いやいや。待て。色々と待て」

「どうなってるんだ。このあり得ない絵面は……」

「わーお。その時歴史が動いたって感じね♪」


 ラスラが続けて、ほとほと呆れた顔を見せる。アスティは心なしか嬉しそうだった。

 テオは何か言うわけでもなく、熱い眼差しで俺とリルナへ交互に視線を移している。


「そういうわけなんだ。みんな、筆舌に尽くし難いわだかまりはあると思うけど……」

「あのな、ユウ。お前、なんてとんでもない奴をけろっとした顔で連れてきてんだよ! あのリルナだぞ! リルナ!」

「ああ。わたしはリルナだが」

「んなこたわかっとるわ!」


 すげなく答えた彼女にすかさず突っ込みを入れたロレンツは、わなわなと拳を震わせて、彼女に指を突きつけた。


「そもそもこいつは、親友の仇なわけでだな!」

「その件については、何も言い訳をするつもりはない。すまなかった。謝って許されることだとは、到底思わないが……」


 神妙な顔で素直に謝るリルナに、すっかり調子を狂わされてしまったのか。

 ロレンツは一気にトーンダウンして、大きく溜め息を吐いた。


「はあ……拍子抜けだ。もういい。事情も知った今となっちゃ、恨むにも恨めねえじゃねえか。くそったれが……」


 何もない宙を叩くように拳を振るった彼は、自身も神妙な面持ちになって言った。


「俺たちだって、数え切れないほどナトゥラを殺してるわけだからな……お互い様だ。わかってるさ。本当に倒すべき何者かが、どうやらいることくらいはよ」


 ラスラも椅子から立ち上がり、歩み出てリルナの前にまで来た。

 そして、右手を差し出す。


「事情はよくわかった。今はとにかく戦力が必要なときだ。貴様が力になってくれるというなら、これ以上のことはない。喜んで歓迎しよう」

「感謝する。わたしも、さすがに一人ではどうしようもない。協力できる者が欲しかったからな」


 ラスラとリルナは、がっちりと握手を交わした。

 二人が握手をしている間、ぎちぎちという音が聞こえてきそうだった。

 お互い顔こそ穏やかだが、一切目が笑っていない。

 やはり頭ではわかっていても、すぐに仲良くというわけにはどうしてもいかないようだ。

 つい先日まで殺し合いを演じていたわけだし、互いに互いの仇がいる状態だからな。仕方ないだろう。

 と、どこからともなく拍手が上がる。

 見ると、テオだった。

 アスティも続いて、温かい笑顔で拍手を向ける。ロレンツも渋々と言った感じで、手を叩いた。


「歴史的瞬間かもしれないな。まさかぼくが生きているうちにこんな光景が見られるとは、思わなかったよ」


 テオが嬉しそうな顔で言った。

 やっぱりこの人は、王と言うにはあまりに裏表のない性格のような気がする。

 親しみやすいから、俺は好きだけど。みんなそれで慕っているのかもしれないな。


「その歴史的瞬間とやらも、すぐに意味のないものに帰するかもしれないがな」


 握手を終えたリルナが、こちらに戻りつつ、難しい顔で言った。

 彼女が隣にいてくれるという事実に、改めて心強い気持ちになる。


「この戦いの裏で、何かが暗躍していることは間違いない。そして、それに気付いてしまったからなのかは知らないけど、事態は大きく動こうとしている」

「その何かの正体を、プラトーは確実に知っている。システムやらテストやらな。あいつから何としても吐き出させてやらねば」

「そうだね。だけど、今の戦力と情報量では何をするにしても厳しい。ティア大陸では、まずヒュミテの有志を募る必要があるな」

「兵器や人員のバックアップは任せてくれ。ぼく自身は戦えないが、王としての務めを果たそう」


 テオの頼もしい言葉に、俺は頷いた。


「助かるよ。あとは、リルナを修理して。俺も義手が必要だ」


 少しでも個の力を回復させておきたい。これからの戦いのために。


「それから。少し落ち着いたら、一度ティア大陸を調査してみようと思うんだ」


 ティア大陸。

 汚染大陸とも呼ばれているかの地は、その大半が人の生存を許さぬ領域。

 何の準備もせずに足を踏み入れれば、恐ろしい濃度の核被爆によりたちまち死に至るという。

 過酷な土地柄、多くのものが核戦争当時のまま手付かずで残っている。

 とは言っても、ナトゥラならばきっと何ともないのだろうけど。でも彼らの活動地は北のエルン大陸が中心だからね。

 もしかしたら、南の方にはまだ何かの手がかりが残っているかもしれない。そう思ったのだ。

 おそらくそれを知ったために、消されてしまった可哀想なトラニティ。

 彼女が掴んだような何かが。


「放射能から身を守る装備が必要だな。どこまでカットできるかわからないが……最上級のものを用意させてみよう」

「ありがとう。色々と」

「いいさ。礼を言わねばならないのは、ぼくたちの方なんだ」



 ***



 準備が整った俺たちは、すぐにメーヴァを抜け出した。

 隠密行動を心掛けて、目立たぬよう進んでいく。

 ディーレバッツ亡き今、拍子抜けするほど逃亡は簡単に上手くいった。

 もしかすると、俺たちの存在など、もうさほど重要ではない段階にまで来ているのかもしれないけれど。

 そしてついに、海岸線にまでやって来た。とうとう来たんだ。

 夜明けの海。しょっぱい潮風が、頬を厳しく打ち付ける。

 遥か向こうには、ティア大陸が待っている。


「この死の海を渡れば、いよいよティア大陸だな」


 ラスラが、しみじみと言った。

 死の海などと陰気な呼び名で呼ばれる海も、完全に汚染されてしまっていた。

 俺の知る綺麗な青などでは決してない。まるでヘドロのように、ドス黒く濁ってしまっている。

 この世界の人に地球の綺麗な海を見せたら、なんて感想を漏らすだろうか。

 などと、俺は何度考えたかわからない妄想に駆られていた。


「やっとここまで来たって感じですね~」

「まさか生きて再びこの海を拝めるとは、思わなかったぜ」


 彼らは皆、感慨深げな表情で汚れた海と朝日を見つめていた。

 いや、きっと汚くなんかないんだ、と俺は思い直した。

 彼らにとっては、この星が唯一の故郷なのだ。

 だから、この星のすべてを当たり前のように受け止めて生きてきた。

 血塗られた戦いの歴史も、すべて。

 争うことしかできなかった二つの種族が、まだほんの小さな芽だけど、変わろうとしている。

 両者が手と手を取り合う未来の可能性が。

 その芽を潰さないように、守り育てる手助けをしてやること。

 それが、俺がこの世界で課せられた役割だとしたら――ずっと素敵なことだろう。

 全身に力が漲るのを感じていた。


「帰ろう。懐かしの故郷、ルオンヒュミテへ」

「わたしは初めてなんだがな」

「俺も別に行ったことないけど」


 リルナと俺が、顔を見合わせて笑い合うと。

 ラスラはこほんと咳払いして、言い直した。


「行こう。ルオンヒュミテへ」

「「おう!」」


 四人のヒュミテと、一機のナトゥラと。

 そして一人の異世界人が、その手を合わせた。

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