A-6「リルナ、地下へ突入する」

 隊長リルナと副隊長プラトーは、一旦追跡をディークランの隊員たちに任せ、ディークラン本部に戻ってきていた。

 あの場から慌てて追いかけたところで、おそらく逃げ切られてしまったことだろう。それよりも、消費したエネルギーの回復を優先させ、可能な限り万全な状態で仕切り直そうと考えたのである。

 そもそも地下に逃げたところで、いくらか目に届きにくくなるというだけだ。簡単にこの首都から脱出できるほど、ここの守りは甘くはない。

 ダウンしたセキュリティシステムも、じきにバックアップによって復活する頃合いだった。

 そのうち、やはりというか、地下へ転移されて追う道を絶たれてしまったという報告が上がってきたのだった。


 さて、リルナのダメージが大きいと判断したプラトーは、彼女にディーレバッツ部署で最低限の回復を済ませるよう告げた。彼自身は、状況報告や指示等をしに向かった。


 残るは、自分とプラトーだけになってしまったな。


 リルナは辺りを見渡して、寂しい気持ちになっていた。

 ほとんどのメンバーがやられてしまって、準備室はがらんとしている。

 いつも軽装でにこやかな笑顔で出迎えてくれるトラニティも。

 豪快に笑って、しょっちゅうお気に入りのパワーアームを弄り回しているステアゴルも。

 壁に背を預けて、物静かに古風な喋りをするジードも。

 そんな全体の様子をやや首を傾けて楽しそうに眺めているブリンダも。

 今は誰もいない。

 すべては、突然現れたあのヒュミテ。

 ユウが、たった一人でやってくれたのだ。

 精鋭ディーレバッツの隊員が、ここまで見事に総崩れにされるとは。

 前代未聞の事態だった。

 幸いなのは、彼らが全員修理中で済んでいるということだ。

 つくづく甘い奴だ、とリルナは改めて思う。

 ヒュミテの戦士には、とても似つかわしくない甘さだ。

 自身に湧き上がってくる、ユウに対する一言では言い表せない複雑な感情を、もう彼女は隠そうともしなかった。

 そして――。


「ザックレイ……」


 他の者にやられてしまった彼だけは、もう二度と戻っては来ない。

 あいつは口は悪いが、色んなことによく気が付いてくれる、可愛げのある奴だったのだ。

 彼がよく座っていたテーブルに目を向けて、リルナは俯いた。

 とそこに、一枚のメモが折られた状態で置かれているのに気が付いた。

 彼女はそれを手に取って、開いてみた。


『予想される連中の逃走ルート

 ディースナトゥラ外周ゲートより地上ルート 論外 警備厳重 市外はなだらかな丘で一切の死角なし

 ギースナトゥラルートウェイ 本命 警備厳重 対策済

 物流ルートに紛れての逃亡 本命その2 対策済

 超長距離トライヴの利用 可能性極低 そもそもトラニティを除き未実用化のはず 

 ルオン地下鉄道 可能性低 封鎖から長い年月が経過している 念のため要捜査か』


 そして、ルオン地下鉄道のところがぐるぐると丸で括られていた。

 丸っこい字で『やっぱここかも!』と、軽くメモが添えられている。

 女っぽい字だと本人が気にしていたのを、リルナはふと思い出した。

 まるでこのメモが置き形見のように思えてきて、彼女はどうしようもなく悲しみに包まれた。

 なのに。悲しいのに、なぜだか可笑しくて笑えてくるのだ。

 なぜだろうな。可愛い字で悪かったなと、不貞腐れるお前がそこにいるようで。

 なあ、ザックレイ。


「ルオン地下鉄道か。確かに臭うな」


 ぽつりと出てきた独り言は、脳裏に浮かぶ彼の姿とは、関係のないものだった。


 ルオン地下鉄道。

 まだこの都市がヒュミテの手にあった頃の、旧時代の遺産である。

 トライヴ技術が実用化される以前は、鉄道と呼称される陸上運行の機関が利用されていたという。

 確か、エルン大陸各地の旧都市に繋がっていたはずだ。

 とっくの大昔に封鎖されて、現在は地図上からも消えてしまっているものだ。

 長らく手つかずで放置されており、老朽化も著しく、常に崩落の危険が高い場所のはずだが……。

 なるほど。厳重な警備の目を掻い潜って、こんなところまで忍び込もうという連中だ。

 案外この辺りが正解なのかもしれない。


「感謝する。ザックレイ」


 返事がくることはあり得ないが、彼女は、彼が生きていたときそのままの体でそう言った。

 そして、直ちに補給カプセルへ向かう。

 ものの数秒でエネルギー回復を済ませると、彼女は決意を秘めた顔で呟いた。


「どうしても。やはりこの手で、ケリをつけなければ」


 ザックレイの予想が正しければ。

 おそらく今頃、奴らは既に鉄道とやらに乗っているのだろう。

 この首都に長居することの計り知れないリスクを、奴らも重々わかっているはずだ。


 今、彼女の内では、二つのものが激しくぶつかり合っていた。

 彼女の脳裏に今も取り付いて離れない、ヒュミテに関する忌まわしい記憶。

 そして、ウィリアムという男の問いかけた言葉。


 ――行けば、きっとわかるはずだ。


 行けば。何が正しいのか、少しははっきりするはずだ。

 彼女には何となく、そんな予感がしていた。


 わたしは、奴らの元へ追いつかなくてはならない。

 そして奴らと――ユウと、決着をつけなければならない。

 やられた者たちのためにも。すべてのナトゥラのためにも。


 殺意だけではない。言い知れぬ使命感のようなものが、沸々と込み上げてきていた。

 リルナはプラトーの帰還も待たず、気付けば一人だけで駆け出していた。

 専用のオープンカーに乗り込み、すぐさま全速力で飛ばす。


 彼女の乗った水色の車は、中央区を抜けた付近にある、地上と地下を繋ぐ巨大な螺旋階段へ辿り着いた。

 既に封鎖は解除され、地下への入口は開けていた。

 そこへ車ごと、強引に突っ込んでいった。

 縦にひたすら長く、ぐるぐると渦を巻く階段の周囲には、ポラミット製のガードが円柱状にかけられている。

 車体をがりがりとガードに擦り付けながら、階段に沿ってオープンカーをひた走らせ、猛烈な勢いで地下へと突入する。

 その鬼気迫る走りは、彼女の内に燃え上がる感情の強さを、そのまま反映するかのようであった。

 ガードの隙間から覗く地下都市の姿を、彼女は静かに視界に捉えていた。


 そして彼女を乗せた車は、いよいよ階段を抜けて、地下都市ギースナトゥラへと躍り出る。

 その上空を、他は走るもののない中、ただ一台だけで飛ばしていく。

 建物を次々と置き去りにするほどの速さで、駆け抜けていく。

 地下都市の終端、ルオン地下鉄道へ向けて。


 入口に取り付けられたバリケードを突き破り、ついに広大な地下トンネルへと乗り入れた彼女は。

 その場所が意外にも整備されており、最近使用された形跡があるのにすぐ気付いた。

 彼女は、透き通るような青い瞳を湛えた眼を鋭く細め、口の端を引き締めた。


 旧時代の遺産である鉄道を使うしか、もはや手がなかったのだろうが。

 とうとう尻尾を掴んだぞ。


 この鉄道は、途中までは一本道だ。

 列車に乗っているのであれば、間違いなく逃げ場など存在しない。


「このわたしから逃げ切れると思うな。これで最後だ。決着をつけてやる!」

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