24「Prison Breakers 5」

 ラスラが、ありったけの憎しみを込めて叫んだ。


「リルナッ!」

「なぜ急に現れた!? 転移がどうとか言ってたな」


 デビッドは驚きながらも、努めて冷静に分析する。

 テオが掠れた声で答えた。


「あちらのトラニティという者は、転移機能が使える。胸部に、げほっ……小型のトライヴ装置を埋め込んでいるんだ」

「なに!? トライヴだと!?」


 ラスラが驚愕の声を上げ、デビッドと二人でタンクトップ姿のトラニティを睨む。

 それとほぼ同時、トラニティはやや驚いた顔でテオに尋ねた。


「そんなこと、ほとんど誰にも話したことはないはず。なぜあなたが知っているのかしら?」

「フ、ぼくだって牢に繋がれている間、何もしなかったわけじゃないさ。うっ、ごほっ! ごほっ!」

「もういい。無理して喋るな」


 再び激しく咳き込んだテオの背中を、ラスラはスレイスを持っていない方の手でさする。

 トラニティは訝しげに目を細めて、苦しむ彼を見つめた。


「やはりあの王。油断なりませんね。今すぐ始末をするべき」


 トラニティが右手を構えると、指先が赤く光り始めた。


「それならもう知っているぞ!」


 かつて刃を交えた経験から、彼女の攻撃を即座に見抜いたラスラは、スレイスをガードモードに切り替える。

 直後、トラニティの指先から赤い光弾が雨あられと飛び出した。

 ラスラはテオを庇う位置に立って、剣を巧みにふり回す。

 スレイスが光弾をすべて弾き飛ばした。


「なっ!? 全部弾いたですって!? ヒュミテごときが!」


 予想外の完璧な対応に、つい頭に「オイルが上った」トラニティは、さらに攻撃を加えようとする。

 距離を詰めるべく動き出こうとしたのを、冷静なリルナが視線で制する。


「待て。お前は戦闘タイプではない。深追いしてもしものことがあれば、わたしは困る」

「くっ……!」

「落ち着け。少し下がって、奴らが万が一にもここを通れないように見張っておけ」


 言われたトラニティは、確かにそうだと思い直した。

 能力の高い前衛のヒュミテならば、後方支援型である自分の攻撃を防いでしまうことなど、十分想定できることだったのだ。


「……しょうがないわね。任せたわよ。隊長」

「ああ。この程度――わたし一人で十分だ」


 トラニティとは違う。

 真の戦闘兵器たるリルナが、ついに一歩を踏み出した。

 ラスラとデビッドは、即座にアイコンタクトを取る。最悪だが、この場合の立ち回りは想定済みだ。

 デビッドがリルナを引き付けて、ラスラがテオを守りつつ、どうにか隙を見つけてトラニティを突破する。

 互いに頷き合うと、ラスラはすぐにテオを背負った。

 二本のスレイスを構え、デビッドはリルナの一挙一動も見逃すまいとじっと観察する。

 彼はあえて軽口で挑発をかましてみた。


「随分な自信だな。たった一人だけで、オレら三人を殺ろうってか?」


 余裕を演出するデビッドも、額からは既におびただしい量の冷や汗が流れている。

 内心では、襲い掛かる絶望を跳ね除けようと必死だった。

 こいつには確かに、一人だけでこちらを皆殺しにするだけの力があると。

 そんなことは痛いほど知っていたし、感じていたからだ。


「二刀流か。以前は持っていなかったはず。真似事のつもりか?」

「……さあな。心境の変化ってやつだよ」


 彼が手にしていた二本目のスレイス。これは元々、彼自身のものではなかった。

 実は、死んだ戦友の形見として受け継いだものである。

 亡き友の想いも背負って、彼は今日まで二刀を振るい続けてきたのだった。


 リルナは油断なく戦士を観察する。

 彼の事情は知らないなりに、その気概は認めるが、あくまで戦闘への評価は冷徹に下した。


「付け焼刃の二刀で、わたしに届くはずもない」


 リルナの姿が、忽然と消える。


「おっと!」


 デビッドは即座に振り返り、剣を振り抜いた。

 バチッ! と両者のレーザー剣が火花を散らしてぶつかり合う。

 リルナの攻撃で、最も致死率が高い初撃――ショートワープからの背後よりの奇襲――を、デビッドはしっかりと対処していた。

 事前にユウから情報を得ていたことが、ここで大きく効いていた。


「そう簡単には、やらせねえよっ!」


 吼えながら、もう一本の剣を彼女の首目掛けて振るう。

 リルナもまた、もう片方の《インクリア》で攻撃を的確に防いだ。

 リルナの両腕が塞がったタイミングで、ラスラは好機と判断した。

 テオを背負ったまま、彼女の横をすり抜けようと走り出す。

 だが、あくまで顔はデビッドに向けたまま、リルナは二人の生命反応をもしっかりと感知していた。

 みすみす逃亡を許すはずもなく。


《フレイザー》


 彼女が新たな機能を宣言した瞬間――彼女の全身、ありとあらゆる箇所の体表が開いた。

 そこから、大量の銃口が飛び出す。


「ちいっ!」


 身の危険を感じたデビッドは、即座に剣を引いてバックステップを取った。

 直後。リルナを中心に、全方位360度。

 一切の隙間なく、想像を絶する数の青き光弾が放たれる!

 もはや横を通り抜けるどころの話ではない。

 ラスラは、おびただしい量の光弾に当たらぬよう必死に身を動かし、スレイスを振り回して対処するだけで精一杯だった。

 やがて撃ち終わると、再び辺りに静けさが戻る。

 ラスラは、元の位置よりも随分下がらせられてしまっていた。息もすっかり絶え絶えになっている。

 どうにか自身とテオだけは守り切ったが……。退路はますます遠い。

 そんな彼女に、リルナはちらりと視線を向けて言った。


「動くな。そこで見ていろ――この男の最期をな」


 ラスラとテオは、はっとする。

 彼女たちでさえ、避けるので精一杯だったのだ。

 それよりもずっと近くで光弾を受け止めることになった、彼は――。


「「デビッド!」」


 全身血塗れの状態だった。

 今にもくたばりそうなほど、身体をふらつかせている。

 大量の弾に撃ち抜かれた身体のあちこちは無残に抉れ、流れ落ちゆく血は、その場に大きな血溜まりを作っていた。


「これは死んだわね」


 戦況を眺めていたトラニティの嫌味ったらしい言葉が、突き刺さるように通路に響く。


「しっかりしろ! デビッド!」


 考えるよりも先に、ラスラの身体が前へと動き出す。

 しかしデビッドは、大声を張り上げてそれを制止した。


「来るなッ! 王をこっちへ寄こすんじゃねえッ!」

「……っ……くそっ!」


 デビッドの言う通りだ。

 ラスラは煮えくり返るほどの衝動を、辛うじて抑え込む。

 ぶるぶると拳を握り締め、リルナを殺さんばかりに睨み付けた。

 あまりに強く握った拳からは、血が滲み出ている。

 リルナも、矜持だけは素直に認めた。


「賢明だな。だがその傷では、もう助かるまい。一思いに殺してやろう」


 彼女はゆっくりと右腕を上げ、水色の刃を構える。

 すっかり弱り切って死に体の彼を、一撃の下に突き殺してやるつもりだった。

 正面から堂々と戦った相手を、敵と言え無駄に痛み付ける趣味はない。せめてもの慈悲だ。

 満身創痍のデビッドは、だがその目はまだ死んでいなかった。

 しっかりと両手にスレイスを構え、闘志と執念漲る目を彼女に向ける。


「へっ。それには及ばねえよ」


 だが気持ちに反して、身体はついて来ようとしない。


「ゴフッ!」


 口から激しく血反吐が噴き出す。もう既に限界は近かった。


「まだ、死ねねえ。オレにだってな……」


 デビッドは、一瞬だけ目を瞑る。


 ロレンツ。わりいな。

 これで、最後かもよ。一足先に行かせてもらうぜ。


「意地はッ! あるんだよおおおおっ!」


 デビッドは猛然と駆け出した。

 リルナは、その鬼気迫る動きに動揺する。

 火事場の馬鹿力というべきか。彼女の予想を遥かに超えるスピードで、デビッドは迫っていたのだ。

 形見のスレイスを突き立て、捨て身の覚悟で突撃する彼に、リルナはわずかに対応が遅れてしまった。

 その隙が決定的だった。

 彼の刃が、彼女へと真っ直ぐ突き刺さる。


 かと思われた。


 だがしかし、その奇跡の一撃は。

 無情にも――。

 リルナが誇る鉄壁のバリアに、完全に弾かれていた。

 同時にスレイスの刃は。物質によらない光の刃は。

 バリアによって構成力を失い、いとも簡単に砕け散ってしまうのだった。

 散り散りになった赤刃が、無残なエフェクトを残して消えてゆく。


「ちく、しょう……!」


 彼の目から、ついに希望の光が失われた瞬間だった。

 一方で、項垂れる彼を目の前で睨むリルナには。


「……意地が、何だというのだ」


 激しい怒りが燃え上がっていた。


「それでどうにかなるとでも? わたしにも意地ならあるぞ。舐めるなよ。ヒュミテ!」


 彼女の瞳がさらに憎悪に燃えたかと思うと、右の細腕に万力が込められる。

 狙い澄ました一撃が、デビッドの胴目掛けて放たれた。

 彼は残る一本のスレイスで、懸命にその攻撃を受け止めようとする。

 しかし、そこで――。

 彼のスレイスが――光の刃であるにも関わらず、根元から綺麗に斬り落とされてしまった。

 デビッドの、そして戦いの様子をしかと見ていたラスラの目が、驚愕で見開かれる。

 スレイスを消し飛ばしてしまうのは、何もあのバリアだけではない。

《インクリア》は、込めた力次第では、非物質であろうと斬ってしまえる。

 その恐ろしい事実が、判明した瞬間だった。

 これでは、スレイスは――彼らが全幅の信頼を寄せてきた決戦兵器は。

 もはや彼女に抗し得る武器にすらなり得ない。

 やはり最初から、勝ち目などなかったのだ。


「付け焼刃が落ちたな。終わりだ」


 すべての武器を失い、とうに肉体の限界を超え、がっくりと膝をつくデビッド。

 もはや何も手は残されていなかった。

 リルナは左腕を振り上げ、下ろす。

 慈悲なき処刑の刃が、彼の頭上へと落とされようとしていた。


 そのとき。


「きゃああっ!」


 突如として、トラニティが悲鳴が上げた。

 それを聞いたリルナの刃が、ぴたりと止まる。


「トラニティ!」


 リルナが振り返ったとき、トラニティは既に倒れていた。

 代わりに立っていたのは、一人の男。

 ユウだった。

 トラニティは、背後より気付く間もなく接近され、《気断掌》の一撃だけで仕留められてしまったのである。

 戦闘に意識が向いているところを、生命反応を一切持たない「彼女」がこっそり近づくことなどわけもなかった。

 そして今や「彼」となったその男は、気剣を携えてリルナと対峙する。


「お前は――あのときの!」


 彼は、リルナの言葉にすぐには応じなかった。

 まずラスラと、その背に負われている白髪の王に目を向ける。

 怒りと絶望に染まったラスラの顔を見て、おおよその経緯を理解する。

 それから、今にも死にそうなデビッドを目に映したとき。

 彼は悲しげに目を伏せた。

 もう助からない。

 そのことが、今にも尽きてしまう気の弱々しさでわかってしまったからだ。

 彼はやるせない気持ちで顔を上げると、リルナを真っ直ぐに見つめて、泣きそうな声で言った。


「リルナ。こんな形でなんて、会いたくなかったよ」


 ユウとリルナ。幾度目かになる両者の邂逅だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る