12「アスティ、ユウに迫る」

 アスティと名乗った女の人は、私の全身を興味深そうに眺めた後、つかつかと歩み寄って来た。

 どうしたのかと思ったら――。


「……!」


 いきなり胸を掴まれた。

 乱暴さはない。探るような優しい手つきで、ゆっくりと揉んでくる。

 突然の行為に私は戸惑って、身体が固まってしまった。


「あ、あの。なにを」

「おー。確かに本物だねー」


 私のすぐ目の前で、感心した顔をするアスティ。

 彼女の興味はそれだけに留まらなかった。さらに身体を密着させて、手を伸ばしてくる。


「あっ……!」

「こっちも本物かなー?」


 ちょ、ちょっと! どこ触ってんの!


「ア、アスティ。やりすぎだぞ」


 ラスラまで、すっかり顔を赤くしている。

 アスティは悪びれずに答えた。


「一応本当に女の子なのか、確かめておきたくて」

「やめて!」


 慌てて彼女の手を振り払い、さっと身をかばった。

 心臓がドキドキしている。

 私の反応をしげしげと見つめたアスティは、自分なりに何かを掴んだようだった。


「ふーん。なるほどねー」


 恥ずかしくなった私は、これ以上変ないたずらをされないようにと、男に変身した。心の状態を変えて、気持ちを落ち着かせる意味合いもある。

 だが、これは悪手だった。ここでもアスティは、意外な反応を見せたのだ。

 変身を初めて見せると、みんなまずは驚くものなのだが、彼女は、


「あはは! おもしろーい! ほんとに姿変わっちゃうんだ!」


 と、最初から興味津々モードだった。

 再度こちらへ近づいてくる。今度は何をするつもりなんだ。

 彼女はもう、目と鼻の先だった。


 か、顔が近いよ。


 大胆な行動に、思わずドキッとしてしまう。

 なめらかな左手で、ぺたっと頬に触れてきた。

 さらに息がかかりそうなところまで顔を寄せて、じっと瞳をのぞき込んでくる。

 そして言った。


「こっちも中々かわいいんだね。結構好みのタイプよ」

「えっ」


 な、なに言ってるんだこの人!


 そんなこと、面と向かって言われたことなんてほとんどなかったから。

 かなり動揺してしまう。

 そんな俺を見て、彼女はにんまりといたずらな笑みを見せた。


「あ、顔真っ赤だよ。もしかして、意外とウブなのかなー? 童貞?」

「ど……!」


 確かに恋愛経験はないけど!

 そ、それはさ! たまたま付き合いたいと思ったり、思ってくれるような相手がいないだけだから!

 それにどうせ付き合ってもそのうち別れなくちゃならないから、中々踏ん切りが付かないというのもあるし。

 だからなるべく意識しないようにしてるというか。男としてなのか女としてなのかって、微妙な問題もあるし……。


 頭の中で色々と言い訳を巡らせていると、もう語らずとも落ちた状態だったらしい。

 既に俺から顔を離していたアスティは、心底面白がって笑っていた。


「きゃはは! ラスラねえと一緒だねー」

「うるさい黙れ!」


 あ。ラスラも経験ないのか。

 顔を真っ赤にする彼女に、ちょっとした親近感を覚える。


 とりあえず俺たちを弄って満足したらしいアスティは、話題を変えてきた。


「ところでこれって、ついにあたしにも初めて弟キャラ? 妹キャラ? ができちゃった感じですか!? やったー!」


 無邪気にはしゃぐ彼女。弟キャラって俺のことか。

 でも君は19歳みたいだから、残念ながら違うんだな。


「喜んでるところ悪いけど。これでも一応21なんだ」

「げ。まさかの年上!?」

「なっ……! 貴様、私と同い年だったのか。全然見えんぞ」


 ってことは、ラスラも21なのか。

 どこか子供らしさを残した俺や「私」の姿と比べて、思う。

 大人だから当たり前だけど、本当の21ってこんなに大人っぽいんだな。


「そんなあー。あたしの素敵先輩計画が、台無しじゃないですかー。もっと若返ってよ」

「無理言わないでくれよ」


 苦笑いした俺の顔を、アスティは不満そうに見つめていたが。

 間もなく名案を思い付いたというような顔で頷いた。


「決めた。あたしの心の弟・妹キャラに、勝手に認定させてもらいまーす。だって見た目が完全に年下だし、何よりかわいいもん。これからもユウくんやユウちゃんって呼ばせてもらうねー」

「はあ。どうぞご勝手に」

「やった。じゃ、ユウくん。みんなが待ってるから、早速会議室に向かうよ」


 強引に手を引かれるまま、彼女の後ろをついていく。

 今のやりとりだけで、大分精神的に疲れてしまった。この人は適当なところであしらっておかないと、振り回されてへとへとになりそうだな。



 ***



 ウィリアムと、彼の横にいたオレンジ髪の男と合流して、会議室に向かった。

 大きな机の向こうには、クディン、レミ、リュート、その他幹部と思わしきアウサーチルオンが二人いた。さらに、彼ら五人の反対側には、ルナトープの隊員と思われる三人の男女がいた。

 一人は物静かな感じの銀髪の男性、一人は少し天然パーマがかかった金髪を持つ落ち着いた雰囲気の女性で、見た感じラスラよりもそれなりに年上のようだ。

 残る一人は、流れるような青髪を持つ若い男で、腰には二本のやや小ぶりなスレイスを差していた。

 全員が席についたところで、ウィリアムが立ち上がり前へ歩み出た。彼が進行役を務めるようだ。


「それでは、ただいまよりヒュミテ王救出作戦会議を始める。とはいっても、初顔合わせが多いだろう。まずは簡単に、自己紹介からしてもらうことにしようか。ユウ・ホシミ。君からお願いしてもいいかな」

「はい」


 俺はすっと立ち上がり、自分に向けて一手に視線を注ぐみんなを見回してから、一呼吸おいて自己紹介を始めた。

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