66「サークリス防衛戦決着」

 ウィルが現れた時刻より、少し遡る。

 ラシール大平原では、サークリス防衛班と魔導巨人兵の壮絶な戦いが続いていた。

 イネアは常に先頭に立って戦っていた。

 さしもの彼女も、ライノス及びリケルガーを数百頭斬り、黒龍と戦い、さらに魔導巨人兵と、度重なる連戦でかなりの体力を消耗してしまっていた。

 それでも自分が踏ん張らねば、総崩れになってしまう。

 決死の思いから、疲労の蓄積する身体に鞭打って戦い続ける。周りを鼓舞しつつ、懸命に気剣を振るい続けた。

 だが彼女の奮闘あれども、やはり個人の力では、八十体もの巨大兵器はいかんともし難いものがあった。

 巨体から繰り出されるなぎ払いが、そして魔導砲による砲火が、仲間たちの命を容赦なく奪っていく。

 それまでの戦いで半数になっていた仲間たちが、さらに百人、二百人と倒れていった。

 イネアは炎龍と協力して、一体一体着実に倒していく。

 しかし十数体も倒した頃には、もはや気力も底を尽きかけていた。


 そんな折、イネアの元に、五体の巨人兵が同時に襲い掛かる。

 五体から次々と繰り出される攻撃をかわし、彼女はその内の一体の拳に飛び乗る。

 金属製の巨腕を足場にして、一気に駆け上がっていく。

 ある程度登り詰めたところでジャンプすると、その先には巨人兵の首が見えた。


「せいやあっ!」


 気剣の一撃で、その首をすっぱりと切断する。

 その瞬間、他の一体の手が、上から至近まで迫っているのが彼女には見えた。

 力任せに叩き付けるつもりか。

 避ける時間もないと判断した彼女は、しっかりと気でガードを固める。

 だが気力が底を突きかけているのか、どうにもかかりが悪い。

 巨大な手は、イネアを地面まで一気に叩き落とした。

 着地したとき、ダメージと疲労から、彼女は一瞬身体がふらついてしまう。

 その隙を狙って、もう別の一体が魔導砲を彼女に向けている。

 視界のすべてを魔素の濃緑一色に塗り潰す、無慈悲の砲撃が襲い掛かった。


「しまった!」


 絶体絶命の窮地に、さすがの彼女も死を覚悟したとき――。


 彼は現れた。

 黒髪短髪の大男は、彼女の前に庇うように立ち塞がる。

 その迸る猛き気力によって、凝縮された魔素の砲撃をいとも簡単にかき消してしまった。

 そして彼は、己のよく知る彼女に振り返る。


「本当に久しぶりだな。イネア」


 イネアが最も敬愛している人物。

 三百年以上前、ウィルとの戦い以来行方不明となり、もう二度と会えないと思っていた。

 その人が今、彼女の目の前にしかと立っていた。

 彼女はまるで、夢でも見ているような気分だった。


「師匠……。師匠、ですよね?」


 まだ信じられないといった様子の彼女に、彼――ジルフ・アーライズは。


「ああ」


 ふっと笑って頷くと、ぽんと彼女の頭に手を置いた。

 かつて彼女が若い頃、よくそうしてやっていたように。


 確かな手の温かみを感じたとき、イネアには様々な想いが込み上げた。

 懐かしさと、嬉しさと、寂しかったあのときの気持ち。

 そして――。


「ずっと……ずっと、会いたかったんですよ。今までどこに行ってたんですかっ……!」


 気付けば、彼女はジルフに力強く抱き付いていた。

 その目には、他の誰にも決して見せたことのない涙が、一杯に溜まっていた。


「おいおい。泣くなよ。嬢ちゃん」


 彼は彼女の肩を抱き、子供をあやすように優しく頭を撫でる。

 彼女は顔を上げると、すぐに袖で涙を拭って、はにかんだ笑みを師に向けた。


「師匠。私はもう子供じゃないですよ」

「ふっ。そうか」


 二人の間に、和やかな空気が流れる。

 時を超えても、二人の絆は変わらずに存在していた。


「積もる話もしたいところだが――残念ながら、今はそれどころじゃないな」

「ええ。さっさとこいつらを仕留めるとしましょうか」


 イネアにはもう、先ほどまでの危機感はなかった。

 絶対の信頼を寄せる師が味方してくれた時点で、既にこの戦いの勝利を確信していたのだ。

 ジルフは手始めに、自身の能力【気の奥義】を用いて、イネアに関わる気力の理を覆す。

 彼女に秘められた潜在能力が、一時的にだが、世界それ自身が定める限界基準を遥かに超えて引き出される。


「久しぶりだが、やれるか」

「もちろんです」


 二人でぴったりと背中合わせになる。

 イネアにとって彼の背中は、かつてともに過ごしたあのときとまったく同じように、心から頼もしかった。

 二人は同時に、それを放つ。

 その技は、元々ジルフのものがオリジナルであった。

 イネアが誰でも使えるようにと接近技にアレンジしたが、本来は。

 近距離でも遠距離でも威力を発揮する――万能技である。



 師弟の気剣からそれぞれ、絶大なる剣閃が放たれる。

 気の理を覆したことにより、もはや二人の手を離れても、気は大気中に霧散することはない。

 それは一つの刃としてのまとまりを持って、通過するものすべてを斬り裂く必殺の一撃と化す。

 四十メートルは下らない巨人兵の機体は、縦に真っ二つに両断された。

 斬撃の威力はなお留まることを知らず、際限なく地を割って、地平線の彼方へと消えていった。


「ほう。中々じゃないか。かなり腕を上げたな」

「あれからどれだけ経ったと思ってるんですか」

「それもそうだな。よし。この調子で全部ぶった切るぞ!」

「はい!」


 ジルフが念じると、防衛班の生き残りたちにもそれぞれ【気の奥義】がかかった。

 剣士たちは、気力許容性限界のくびきから開放され、本来の能力の限界を超えた力を手にする。

 魔法使いたちも、自身の気による魔素吸収妨害が無効化されたことによって、魔力が飛躍的に高まった。

 イネアが声を張り上げて、全員を鼓舞する。


「かなり力が漲ったはずだ。このまま一気に畳み掛けるぞ!」

「「おおーーーっ!」」


 形勢は一気に逆転した。もう犠牲者は一人たりとも出さなかった。

 特にジルフとイネアの師弟コンビの活躍は目覚ましく、二人だけで残存する巨人兵の半数以上を仕留める大活躍をしたのであった。



 ***



 全員が勝利の喜びに酔いしれる中。

 イネアとジルフ、そして炎龍は、喧騒からやや離れた位置に移動していた。


『久しいな。ジルフよ』

「おお。あのときの龍か。どうだ。あれから」

『さすがにお主ほどの者はおらんよ』

「まあそうそういないだろうな」


 一流の戦士としての自負を持つ彼は、謙遜せずに頷いた。


「師匠。どうしてここへ?」

「俺がこの世界にまた来られたのは、ある協力者のおかげだ。そいつもフェバルでな」

「そうだったんですか」


 イネアは、その協力者なる人物に感謝した。

 その者のおかげで、またこうして師と出会えたのだから。

 そして。

 胸の内に秘めたまま、結局伝えそびれてしまっていた想いを、再び伝える機会が巡ってきたのだから。

 だが今はまだそのときではない。すべての戦いが無事終わってからだ。

 意を固める彼女に、ジルフは険しい表情で続けた。


「彼によると、ウィルの奴がエデルに来てるらしい」

「なっ!? ユウたちは無事なのか!?」


 衝撃の事実を知り、イネアは居ても立ってもいられなくなる。


「大丈夫だ。あっちにはその協力者が向かっている」

「ですが、奴はあまりにも危険ですよ」


 ウィルと直に戦ったことがある二人には、彼の恐ろしさがよくわかっていた。

 普通のフェバルが一人いたくらいでは、どうにかなる相手ではないのだ。


「ああ。その通りだ。俺たちもすぐに後を追うぞ」

「はい」


 話を聞いていた炎龍が、快く運び役を買って出た。


『我が乗せて行ってやろう』

「ああ。頼む」


 二人は炎龍に乗って、急ぎエデルへと向かう。

 イネアは、彼方に浮かぶ魔法都市を見つめた。

 それから、すぐ前に乗るジルフの背中を熱い視線で見つめた。

 どちらも三百年前と何も変わらない。

 まるであのときに時間が戻ったようだと思った。


 私の方は、すっかり変わってしまった。

 ――まあ、悪くない変化だがな。


 今まで過ごしてきた日々と、その中で築いてきた他者とのかけがえのない繋がりを想う。

 そのすべての行く末が、今ここからに懸かっているのだ。

 改めて気合を入れ直した彼女は、ぽつりと言った。


「リベンジ戦になりますね」

「そうなるな」


 この星の運命を賭けた最後の戦いは、刻一刻と近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る