48「仮面の女の目的」
カルラさんは、自らが仮面の女となった動機と過去を話し始めた。
「わたしは死ぬつもりだった」
ショッキングな語り出しだった。
けどケティさんによれば、カルラさんは以前自殺未遂をしたことがあるって話だったわ。
だからあまり動揺はしなかった。
「最愛の彼を失ったあの日、わたしの人生は終わったの。もうこの世には何の希望もない。死ねば一緒になれる。そう思った」
そこまで深刻に思い詰めていたなんて。よほど彼のことを愛していたのね。
「すべてに絶望していたそんなとき、救いの手を差し伸べてくれたのがマスターよ」
マスター・メギルは、弱り切ったカルラさんに悪魔の提案をした。
失われし魔法大国エデルには、死者と対話できる魔法があると。
「エデル復活に協力するならば、わたしにそれを与えようと」
「そんなものが……」
驚きだった。エデルにはそんなものまであるというの!?
そしてとうとう仮面の集団の目的がわかった。
エデルの復活。
それこそが真の狙いだったのね!
「亡くなった彼にもう一度会いたい。その日から、ただそれだけを求めて生きてきた。わたしは仮面を被り、エデル復活のために心血を注いだ。そのためなら、どんな犠牲をも厭わなかった」
悲しげな目を浮かべるカルラさんに、あたしは何も言うことができなかった。
大好きな人のために懸命に頑張ること。
過程は許されないものだったけれど、その純粋な愛を否定することはできないから。
「後輩の勧誘と素性調査。それだけのためにあなたたちには近づいたわ。親しみやすい先輩というキャラを演じてね」
あたしは微笑んだ。
「それはさすがに嘘ですよ。ほんとはあっちの方が素ですよね」
カルラさんは、自嘲気味に口の端を歪めて否定する。
「あのわたしは三年前に死んだのよ。もうどこにも居はしないわ」
「そんなことないですよ。ちゃんとここにいます」
カルラさんの目をしっかり見て言い切ると、彼女はもう否定しなかった。
「そうね……」
そこで言葉が途切れる。
あたしを見つめていたカルラさんは、少しの間何かを思い、瞑目する。
再び目を開けたとき、キラキラと涙が零れ落ち始めた。
「楽しそうなあなたたちを見ているうちにね。わからなくなった。わたしのやっていることは、本当にこれでいいのか」
カルラさんはやっぱり、ずっと迷っていた。
「あのとき空っぽだったわたしは今、あなたたち後輩と触れ合うことにも新たな生きがいを感じ始めてるのかもしれないって」
そうですよ。
だってカルラさん、あたしたちといるとき、いつも楽しそうでしたもの。
あれは絶対、演技なんかじゃないですよ。
「そのことを自覚してしまったとき、手を血に染めてまで亡き彼を求めるのは間違いじゃないか。そう思い始めちゃったの。それまで何とも思えなかったのにね……」
「カルラさん……」
まだなんて声をかけたらいいのかわからなくて。
あたしはただ、カルラさんの言葉を真摯に受け止めていた。
袖で涙を拭い、カルラさんは続ける。
「でもね。もう後戻りはできなかった。何としてもまた彼に会いたい。この気持ちだけは嘘偽りのない真実よ。それにもし、ここでやめてしまえば、今までしてきたことも数多くの犠牲もすべて無駄になる」
そう言ったカルラさんは、暗く苦い表情をしていた。
既に殺めてしまった命が自らを縛り、さらに罪へと走ってしまう悪循環。
間違ってはいるけれど、それが彼女なりの責任の果たし方だったのかもしれない。
そんな彼女の気持ちもわかってしまう。
もちろんだからと言って、決して悪事を許すことはできないわ。
けれど、自然と憐れみの目が向いていた。
「けど、一度狂った歯車は元に戻らなかったようね。あなたたちは、わたしをすっかり狂わせてしまった……」
わずかに首を振り、申し訳なさそうに語る。
「あなたたちさえいなければ。そう思って手を下そうと決意したのに、結局殺すことはできなかった。気付けば、わたしはこんなにも弱くなってしまったのね……」
力なく項垂れるカルラさんに、あたしは努めて優しく微笑みかけた。
「カルラさんが元に戻っただけですよ。そもそも始めから、こんなことには向いてなかったんです。無理だったんですよ」
カルラさんは、はっとしたように目を見開いた。
それから、小さく肩を震わせて。
ぽつりぽつりと、抑えていた感情を絞り出すように呟いていく。
「ええ。そうね。バカみたい。そんなこと、最初からわかってたはずなのに……!」
カルラさんは、再び大粒の涙を流した。
今度こそ、心のすべてを洗い流すように。
「ごめんなさい。エイク。ごめんなさい。みんな……!」
彼女が仮面の女であることをやめ、あたしたちの先輩に戻った瞬間だった。
***
いくら手を尽くしても解けなかったミリアの石化は、魔法をかけた本人の自主的な協力によって、あっさりと解除された。
「石化解除っと。ミリアなら、これで元に戻ったはずよ」
カルラさんは、事もなげにそう言った。
あたしが与えたダメージが大きくてまだ動けないことを除けば、もうすっかり先輩の調子に戻ったみたい。
ミリアが復活したことも併せて、とても嬉しい気持ちになる。
「本当ですか!?」
「ええ。あの子には悪いことしたわね」
「きっと謝ったら許してくれますよ。彼女が一番事情わかってたと思いますから」
カルラさんは、参ったとばかり苦笑いした。
「あの子にはびびったわ。全部ズバズバ言い当てるんだもの」
「あはは。ユウもあの推理力で、かなり正体追い詰められてましたからね」
ユウの名前を聞いたカルラさんは、途端にばつの悪そうな顔になる。
「あー……。あっちはあっちで、悪いことしたわね」
「何したんですか?」
「何って……まあナニよ。さすがに見かねたから、途中で止めたんだけどね」
気になったあたしは追及したけれど、そこははぐらかされてしまった。
なんかまずいことでもしたのかしら。
「アリスーー! 無事かーーー!」
不意に男の子の声が、遠くから聞こえてきた。
やけに聞き慣れた高めの声。
あたしたちは、天地がひっくり返りそうな勢いで驚いた。
だって。救出しようとしていた当の本人が、こっちに向かって走ってくるんだもの。
「え、ユウ!?」
「まさか!? あれから一体どうやって抜け出したの!?」
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