間話3「サークリス剣士隊の英雄 クラム・セレンバーグ」

 ユウがアリスを背負い、ヴェスターから必死に逃げている頃。

 コロシアムでは、魔法隊及び剣士隊の合同部隊と、襲撃犯たちによる激しい戦闘が行われた。

 そして、多くの一般人と幾分の隊員の犠牲の末、襲撃者のほぼ全ては死亡あるいは逮捕されるに至ったのだった。

 ただ一人、ヴェスターを除いて。

 部下の一人が、隊の指揮に当たっていたエリック・バルトンに報告する。


「制圧完了しました。ただし、主犯の男は依然逃亡中の模様。目撃情報によれば、そいつは謎の爆発魔法を使うようです。どういたしましょうか?」


 険しい顔で腕組みしながら話を聞いていたエリックは、即座に指示を飛ばした。


「直ちに捜索隊を配備しろ」

「はっ!」


 そのとき一人の男が、周りの兵にも目立つ位置へと歩み出てきた。

 彼は短く整った銀髪と、強靭に鍛え上げられた肉体を持ち、右の頬には大きな傷跡があった。年齢は中年くらいだろうか。眼光は鷹のように鋭く、背中には立派な剣がかかっている。


「その男の捜索だが――この私に任せてはくれんか?」

「おお! あなたは!」

「英雄、クラム・セレンバーグ!」

「龍殺しだ!」

「来ておられたのですね!」


 方々から、歓迎の声が上がる。

 クラム・セレンバーグ。

 剣士隊一の実力者にして、龍殺しを称される英雄の登場だった。


 数年前、サークリスの付近に巨大な黒龍が襲来したことがあった。そいつは魔法をほとんど通さぬ特殊な鱗を持っており、魔法使いたちはすべからく無力だった。

 鱗を貫くことができる剣を持つ者たちは、恐ろしく広範囲まで広がる強力な龍のブレスによって、まったく近づくことができなかった。

 誰もが絶望したそのとき、神業のような動きでブレスを回避し、一瞬にして龍の心臓を貫いたのが、このクラムという男であった。その活躍は今もなお語り草となっている。

 エリックはそんな彼にこの上ない頼もしさを感じながら、もちろん彼の提案を認めた。


「ありがたい。クラムさんになら、私も安心して任せられますよ」

「そうか。では承った。早速行くとしよう」


 クラムは数人の部下を引き連れて、堂々とした歩みでコロシアムから出ていった。


 クラムたちを見送ったエリックの元に、今度は燃えるような赤髪の青年が現れた。

 アーガスだ。先ほどまで数多くの襲撃犯を相手に大立ち回りを演じ、今はようやく一息ついていたところだった。


「お前、バルトン家のエリックだろ」

「オズバイン家の長男殿か。あなたの活躍がなければ、犠牲者はさらに増えていただろう。制圧にご協力感謝する」

「なに。礼を言われるほどのことじゃない。それより、ユウ・ホシミという子の状況はわかるか? オレの決勝での対戦相手だった子だ」


 エリックは部下の報告をまとめた紙を見ながら、あくまで公人として事務的に言った。


「手元の情報によれば、混乱の最中で行方不明になったとのことだ」

「行方不明だと」


 ショックを隠せない様子の彼を認めたエリックは、個人としての顔を滲ませる。


「私は彼女の担任をやっていてね。真面目な良い子だよ。無事だといいのだけど……」

「そうだな……。教えてくれてありがとよ」

「ああ」


 エリックから離れたアーガスは、心配を顔に浮かべながらぽつりと呟いた。


「ユウの奴、上手く逃げられてればいいんだが……」

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