エピローグ1「去り行く運命の旅人たち」

「うーん……」


 燦々と照らされる陽光に当てられて、受付のお姉さんは目を覚ました。

 呑気に伸びをして、やおら身体を起こす。


「あらま。生きてるわ」


 エルゼムの攻撃をもろに受け、あの流れではさすがに死を覚悟していたアカネであったが。

 悪夢の気配はすべて消え去り、こうして無事に生きているということは。

 答えは一つしかない。


「あの子たち、やってくれたのね」


 新たな夜明けを迎え、昇る朝日を見つめながら、アカネはしみじみと呟いた。


 さて、周りを見渡すと、中々にひどいことになっている。

 爆心地はさらに破壊が進み、最初からあったクレーターが原型をとどめないほど、凄まじい傷跡を星に残していた。

 間違いなしの、最高難度のクエストの結果である。


 そして、ヴィッターヴァイツ、J.C.、ザックス、ラミィ。


 エルゼムと半日以上に渡り死闘を繰り広げた戦士たちが、皆力を出し切って気絶している。

 ほとんどはその場の流れで合流しただけの、まさに即席パーティーであったが、そうとは思えないほど、連携は素晴らしいものがあった。

 しかもみんな自分に劣らず強い。「中々やるじゃない」というのがお姉さんの正直な感想だった。

 フェバルというものを一切知らない彼女にしてみれば、感想はそんな程度の軽いものである。

 誰も「お前が化け物」だと突っ込んでくれる者のいない幸運、そして指摘されてもたぶんまったく気にしない、底抜けな能天気さが彼女の取り柄である。


「こんな良い朝日だってのに、寝てるんじゃあねえ」


 アカネさんは受付の顔になり、一人一人を起こして回る。


「お姉さんカーツ!」


 虹色のオーラを纏ったデコピンが放たれると、謎のパワーによってフェバルたちはゆっくりと目を覚ました。

 ザックスに近づいても、さりげなく【死圏】がまったく効いていないのであるが、お姉さんは自身の異常性を最後まで知ることはない。


「うんうん。こういうときは、やっぱりこれに限るわ」


 満足に頷いたそのとき――ラナソールの、向こうにいる自分が薄れていくのをアカネは感じ取った。


 彼女だけではない。


 ラナソールのすべてが、泡のように溶けて消えていく。


 ほとんどの人々は、自分自身が夢の存在であると、結局最後まで気付かないままに。


 ――それでいい。それは……仕方ないのことなのだ。


 夢はいつか終わるもの。


 けれども、そのすべてがなくなるわけではない。意味のないことなんてない。


 夢とは、現実を生きる人々の心に残り続けて、活力を与えてくれるものだから。




 ***




「やっと終わったのか……」

「みたいね。まったく、さんざレディーを甚振ってくれたものだわ」


 ザックスはやや感傷的に呟き、ラミィは彼の肩の上、いつもの定位置に戻ってぷりぷりしていた。


「貴方、よく守ってくれたのよ」


 小さな手でパートナーの頭を撫で、労う。

 彼がいなければ、彼女は確実に命を落としていただろう。いくら不死のフェバルとはいえ、やはり死ぬのは気分が良いものではない。


「お姫様を守るのがナイトの役目だからな」

「お姫様は……まあ、今日くらいは良いかしらね」


 少し離れたところでは、J.C.がヴィットの腕に抱き着いていた。

 もうこんなことはできないかもしれないと思っていたから、余計に嬉しいのだ。


「いやー、来てくれて助かったわ。ふふふ。頑張ったねえ、ヴィット。カッコよかったぞ~」

「ええい。姉貴、寄るな。鬱陶しい……!」


 イルファンニーナもそうだが。どうしてこう、オレにお節介を焼く女はこうもうるさいのだ。

 気恥ずかしく思いながらも、力任せに振りほどかない自分に呆れてもいた。


 次はまた、いつ会えるかもわからないのだ。

 少しくらいはさせておいてやるかと、そう思っている自分がいた。


 そんな彼の顔を嬉しい気持ちで見つめ上げて、J.C.は感慨深く言う。


「うん。やっぱり今のあなた、とても良い顔してるわよ」

「知るか。オレはいつも通りだ」

「そうねえ。いつも通りよねえ」


 ニヤニヤが止まらない。

 だって、「いつも通り」のヴィットが帰ってきてくれたことが、こんなにも嬉しいのだから。


 そうして、つかの間の平和を味わっていた運命の旅人たちであったが、彼らの身体もまた徐々に薄れ始めていた。

 四人の異変に気付いたアカネは、目を細める。


「あらら。あなたたちまで消えちゃうわけですか」

「……止まっていた時間が、動き始めたらしいな」


 ヴィッターヴァイツが、驚きもなく答える。

 星脈の流れの異常によって、本来世界を渡るはずのフェバルは無理に押し留められていたのだ。

『事態』が解決すれば、また流れ行くのが必然の定め。

 世界の状態が正常に戻りつつあることの、他ならない証拠である。


「ヴィット……。せっかくまた会えたのに……もうお別れなのね……」

「そのようだな」


 別れはフェバルの必然である。だが悠久を生きる者同士、これが最後ではない可能性も高いだろう。


「姉貴。また会おう」

「あら。嬉しいこと言ってくれるじゃない。もう二度と説教なんかさせないでね」

「ふん。どうだかな」


 今の彼には、絶望に堕ちるまいという自負と……一抹ばかりの懸念があった。


 ユウの想いの力によって、【支配】という呪いを斬られたヴィッターヴァイツであるが。

 もしや、星脈に入ることによって再びフェバルとしての調整が施され、再度能力を貼り付けられてしまうかもしれない。

 彼には、その予感があったのだ。

【運命】の力は。あの呪いは、たった一度の奇跡で超えられるような、そんな生易しいものではない。

 だが。

 ホシミ ユウが持つ、想いの力。

 あれにはまだおそらく――先がある。

 あの力がいつか真の完成を見たとき、【運命】の壁すらも超えるだろうと彼は確信している。

 そうだ。希望はあるのだ。

 あいつがいる限り、己はもう二度と絶望することはないだろう。


「次はどんなところかしらね」

「今度は楽な旅だといいがな……」


【いつもいっしょ】な二人には、J.C.ヴィット姉弟のようなセンチメンタルは不要である。

 最も弱いが、最も幸せな能力かもしれなかった。


「あなたたちの正体も細かい事情もよくわからないけど、ありがとね。みんな。ナイスファイトだったわよ!」

「「あんたが一番よくわからないよ(ぞ)(わよ)!」」

「え、私? ふっ。何言ってるんですか。この仕事服を見てもわかりませんか? 私は、この世界とみんなが大好きな――ただの受付のお姉さんですよ」


 総突っ込みを受けてもまったく動じないアカネに、行く先での幸運を祈られ、見送られながら、フェバルたちはトレヴァークを旅立っていった。




 ***




「やったな。ユウ」


 深青なる剣。

 自分がついに完成させることのできなかった、《センクレイズ》のその先を見せてくれたことに、ジルフは感慨深い気持ちを抱いていた。


 もちろん、まだまだ甘いところはある。だがそれもユウの良さなのだと、彼はよく知っている。


 今のところ、世界中の人々から力を借り受け、さらにラナソールやラナの協力という理想的な条件がなければ、使えないという制約はあるが。


 最愛のイネアが認めた弟子のあいつなら――いつかきっと、完全にモノにしてくれることだろう。


「俺もまだまだ、若いのには負けてられんな」


 気持ちを新たにして。愛する孫弟子への期待と負けず嫌いを胸に、ジルフは次の世界へ向かっていった。




 ***




「終わったのね……」


 晴れ渡る空を黄昏つつ眺めていたエーナは、やがて自分の身体が薄れていくのに気付いた。


『事態』を解決するためにやってきたこの世界。こんな大変なことになるとは思っていなかったけれど。

 でも、ユウやユイちゃんという希望を見ることができた。悪くない気分だった。


 そのまま良い気分でいられたらよかったのに。彼女はふと致命的な事実に気付いてしまい、愕然となる。


「そう言えば私、最後までぼっちじゃない……!」


 エルゼムと戦っていた他のフェバルは、互いに苦労を労い、温かい空気の中で別れを告げたことだろう。

 自分のことなど、きっとまったく気にもされていないに違いなく。

 ジルフはまったく気にしないが、フェバルに仲間意識のある「新人教育係」のエーナは、かなり気にするタイプだった。


「やっちまったわ。カッコつけて黄昏てたら、乗り損ねた……」


 しくしくと泣き出すエーナ。


 ええそうよ。寂しいわよ!


 こういう星の下に生まれてしまったものかと、自分の不甲斐なさを呪っていた彼女であったが。


 そこへ、優しい声がかかる。


「やあ。エーナさん」

「え、ハルちゃん……?」


 既に全身から力が抜けていたハルは、車椅子を押してエーナの前に現れた。

 ハルは、エーナの事情を知る数少ない者の一人である。だから彼女を探していた。


「フェバルだから、きっと事態を解決したらいなくなってしまうだろうと思ってね。間に合ってよかった」


 女の子なのに、病弱なのに。

 ほっとして言う彼女は、エーナさんには物凄くイケメンに見えた。


「ハルちゃ~~~ん!」

「わっ! びっくりするなあ、もう」


 嬉しさに泣き縋るエーナを、ハルは優しくあやしていた。ユウくんにもよくこうやって甘えていたなと思いながら。

 人の温かみに触れ、満足して落ち着いた彼女に、ハルは改めて別れを告げる。


「さようなら。エーナさん。旅先でユウくんに出会ったら、よろしく言っておいて下さい。ボクは元気にやってるからって」

「ええ。承ったわ。まったく、とんだ女泣かせよね。あの子も」

「はい。違いないです」


 和やかに笑い合う二人。その間にもエーナの身体はどんどん薄れていき、いよいよ本当に消えてしまうときが来た。

 ハルは遠くを想い、そしてエーナに告げる。


「それから……。ボクの恋のライバルのこと、どうか忘れないであげて下さい」


 ハルも、エーナも。

 夢幻と消えたもう一人の掃除係をよく覚えている、数少ない人間の一人なのだ。

 そして、人の寿命しか持たないハルに対して。

 永き時を生きるフェバルなら、ずっと彼女の生きていたことを覚えていてもらえる。

 だからこそのお願いだった。


「ええ。わかったわ。もちろん、あなたのこともね」

「ありがとうございます」


 こんなことは、よくあることだって。つらいことがたくさんあったエーナは、どうしても思ってしまうけれど……。


 それでもこの世界は――みんなは、特別だった。


「絶対に忘れない。楽しかったわよ。ありがとう……ハルちゃん。そして――ミティ」


 最後の呟きは朝の空に溶けて。エーナもまた次の世界へと旅立っていった。

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