296「あなたが世界を背負うなら」
アニエスに頼んで、ラナソールへ送ってもらう。そしてユイの反応を探る。
なぜかユイの存在を感じることはできないままだった。けれど、ヴィッターヴァイツの気が付与された者の存在を感じ取ることはできた。通常の意味での生命が存在しないこのラナソールでは、とてもよく目立つ反応だ。
アニエスはもう一度転移する。今度はユイのいるであろう村の前に飛んだ。
それから彼女は、申し訳なさそうに言った。
「あたしはこれから、トレヴァークのみんなを助けなくちゃいけないので。戻りますね」
「うん。みんなをよろしくね。いつもありがとう。困ったときに助けてくれて」
「いえ、あたしの方がずっと――ううん。そうですね。どういたしまして」
……彼女が何かを隠しているのは明らかだ。けれど今の俺のように、きっと善意から言わないだけなのだろう。
いつかはわかる日が来るのかもしれない。そのとき、少しでも恩を返せたらいいな。
「じゃあ。行ってくる」
「その……」
名残惜しい様子で声がかかって、振り向く。
アニエスは、切なげな声で言った。
「この先どんなことがあっても、負けないで下さいね。あたし――待ってますから」
「……約束はできないけど、頑張ってみるよ」
真実を受け止める。終わらせなくちゃいけないものを、この目でしっかりと見つめるため。そのために夢想の世界へ戻ってきたのだから。
***
ユウくんを見送った後、あたしは重苦しい溜息を吐いた。
もうすぐだ。段々近づいてきているのがわかる。
運命の分かれ目。事象の揺らぎの特異点。そのときが。
あたしの知る未来に収束するのか。【運命】が定めた未来がそのまま到来してしまうのか。
――あの化け物が、すべてを壊してしまうのか。
時空を越える力を持つあたしには視える――あらゆる可能性がぶつかって、戦っているのが。
あたし自身が『道』を繋ぎ、その地点を観測するまで、きっと戦いは終わらない。
正直何度、もうダメかと思ったかわからない。何度、未来が潰れるのを視てしまったのかわからない。
そのたびに、何度も何度もやり直して。少しずつ軌道修正して。あたし自身、何度も危ないことがあって。
そして、ようやくここまで来た。
もうあたしに残された時間は少ない。もうできることはほとんど残ってない。
頃合いを見て、この世界を去るべき時が近づいている。それから、最後の一仕事を終えれば……。
そしたら、あたしはいなくなってしまうけれど――また会えるだろうか。
「ユウくん……」
当時この世界で何があったのか。あたしは知らなかった。
ユウくんはどこか寂しそうに笑って、はっきりとしたことは何も話してくれなかったから。
でも、そっか。そうだったんだね。
「こんなにつらくて、大変なことがあったんだね……。だからユウくんは……」
あなたの力は、誰かを救えると同時に、誰かを確実に『終わらせてしまう』力。
誰よりも心優しいユウくんには、とても似つかわしくないように思えた。あまりにも残酷な力。
どうしてそんなものを振るえてしまえるのだろうって。
どうして優しい心を保ちながら、時にあんなにも厳しく、強くあれるのだろうって。
そう思っていた。
「今の」ユウくんと、過去のユウくんが、どうしても繋がらなかった。
あたしにとって、このときまでのユウくんは――はっきり言って、びっくりするほど弱かった。本当に同じユウくんなのか疑ったくらい。
いつも手をかけて守ってあげないと簡単に壊れてしまうような……そんなか弱さと危うさを秘めた存在だったから。
ねえ、知ってる? ユウくん。
あなた、放っておいたら何度も死んでたんだよ? 特にもっと小さいときはね。
それがここに来て、急速に成長している。
ヴィッターヴァイツにまで届き、ユイさんとたった二人で世界を背負うレベルにまで。
いつの間にかだけど。たぶんもう、あたしより強い。
でもそれは、急に起きたことじゃない。あたしは知ってるよ。
もっと昔から、あなたはずっとそうだった。あなたはそれこそ、ほんの小さいときから、運命に対して正面から向き合って、抗い続けてきた。
立ちはだかる運命が困難なほど、強く懸命に輝こうとするあなたがいた。
あたしはずっと見ていた。どんなに弱くて戦う姿に、ずっと励まされてきた。
だから好きになったんだ。最初から強い「ユウさん」に手ほどきを受けていたときは、そんなこと全然思わなかったのに。
でも。
今回ばっかりは、つらすぎるよ……。
あたしは泣きそうだった。あたしの方が心が折れてしまいそうだった。
「もし、最初からあたしがすべてを知っていたら……」
ここまであなたの背中を押せただろうか。とても自信がない。
……たぶんそう、なんだね。あたしの性格を見越して、あえて言わなかったんだね。
きっと泣いてしまうほど、つらくて。苦しくて。
それでもあなたは、世界を斬るだろう。もう歩みを止めることはないだろう。
ようやく確信した。やっぱりユウくんは、あたしの知る「ユウくん」に繋がっていくのだと。
きっと。もうすぐだ。そのときまで。だから。
「あたしも、もう少しだけ。頑張ってみるね」
一人でも多くの人間を助けられるなら。それが少しでもユウくんにとって助けになるなら。
あたしたちは、助け合ってここまで来た。
あなたが世界を背負うなら、あたしは時間を背負ってみせる。最後まで。
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