289「一つの想定内と二つの想定外」
アルは確信しつつあった。ユウに与えられた本来の【運命】が、再び効力を及ぼし始めていることを。
絆を断つ。繋がりを断つ。
ユウに親しく関わるすべての者は、等しく滅びを迎える。あの厄介な心の力を発揮できないように。本来、そう定められているはずなのだ。
それこそが、幾多の『星海 ユウ』を絶望の底へ叩き込んだ【運命】である。奴は自分の不幸よりも、孤独と他人の不幸を最も恐れる。「今回は」色々あって邪魔されたが、「今回の」ユウだけが避けられる道理はない。
残念ながら、効力はまだ完全ではないらしい。だからトレヴァークとまではいかないようだが……奴は自らの手でラナソールを消し去らなければならなくなった。余計な横槍さえ入らなければ、まずユウがその役目を負わなければならないだろう。
もしそれが実行されるならば、オリジナルの自身の完全復活は先送りとなってしまうが……まだ他に手はある。代わりにユウへ絶望の種を植えられるのならば、悪くはない交換だとアルは判断した。
何より、己の思惑よりも【運命】の顔を立てることが、彼の信条である。宇宙に下野している間は、彼にも【運命】を把握することはできない。
「だが、想定外が二つ」
アルは不愉快な顔をする。
一つは、ヴィッターヴァイツの存在である。というよりはむしろ、彼を異常生命体へ回帰させたユウの心の力か。ユウの力が花開きかけていることに、アルは強い危機感を覚えていた。
「異常」化したヴィッターヴァイツは、こともあろうにユイをユウを引き合わせようと動いている。せっかく妨害していたものをだ。その動きがわかっていても、『ユウ』が一番の注意を向けているため、手を出せずにいる。
早急に手を打たなければならないが……普通にやっていては『ユウ』を出し抜くことはできない。
一工夫がいる。そのためにも、時間を稼がなければならない。
そして、もう一つ。
思わぬところで劇的な化学反応が起こったことに、アルは少々驚いていた。
ゾルーダも一応、定義上は異常生命体である(それを言えば、ラナソールのすべての生命がそうなのだが)。だが放置しても影響のない程度の小物だと考えていた。
「小物が。小物ゆえの末路というわけか」
醜い生への執着から生じた底なしの怨嗟の念は、エルゼムの行動をねじ曲げるに十分だった。アレの行動理由は人類の抹殺と世界の破壊であるから、トレヴァークへの足を持つゾルーダはうってつけだったというわけだ。
「やはり『今回は』何事もすべて予定通りにはいかないな。まったく忌々しい」
『ユウ』とは対照的な反応を示したアルは、『ユウ』に気取られるリスクを取っても、追加的な手を打つよりないことを悟った。
エルゼムはアルトサイドにいればこそ、無限再生が可能である。万が一倒されてしまったとしても、アルトサイドにいる限りは、彼の【神の手】で復活できる。だが、現実世界に飛び出してしまえば、その無敵の再生能力にも若干の陰りが生じてしまう。
とは言え、それ自体は大した問題ではない。エルゼム自体がゾルーダとの融合によって力を上げている上、現実世界での殺戮行為は、ナイトメア勢力の強化にもなるからだ。しかも殺戮行為による歪みの増大が、そのまま自身の復活の早期化にも繋がる。
だが、ウィルやレンクスも、エルゼムを追ってトレヴァークへ飛び出してしまうのはさすがに頂けない。二人を釘付けにしておかなければ、どちらかがユウの代わりに世界の破壊を代行してしまいかねない。それでは面白くない。
エルゼムがその役目を放棄した以上は――自らが手を下すしかない。
「頃合いだな」
既に『ユウ』にくらった傷は癒えてきている。奴に遅れを取ることはないだろう。
それにどの道、自分も奴も全力では戦えないのだ。
光なき漆黒の瞳をキッと細めると、アルは瞬時にしてその場から消えた。
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