273「二人が会うためには」
『ユウ』は、ユイを守りながらアルトサイドを歩き続けていた。特にアルの気配には細心の注意を払っているが、未だにしっぽは掴めていない。
悪しき想念がノイズとなるアルトサイドという世界と、悪意の塊のような存在であるアルとの親和性が高過ぎるのだ。この組み合わせでさえなければ、とっくに見つけ出してケリをつけていたのだが。
時間を与えてしまったのはまずい。ユイには悟らせないようにしているものの、『ユウ』は内心焦りを覚えていた。
先んじて黒の気剣で深いダメージを与えてやったものの、オリジナルの残滓に過ぎない今の自分が創り出した黒の気剣は不完全な代物だ。本来回復不可能な傷を与えるものだが、その性質も弱まっている。他の者には無理でも、奴ならば時間をかけて徐々に回復してしまうだろう。
既に絶対優位な状況とは言い難い。一撃で仕留められない可能性が出てきた以上、直接戦うことは避けるべきかもしれない。
まず向こうもそう考えており、結果として静かな睨み合いが続いていた。
というのも、仮に今、『ユウ』とアルが全力で戦えば、アルトサイドごとラナソール、トレヴァークのすべてを吹き飛ばしてしまう恐れが高い。意図せずともそうなるほど、二人の力はあまりにも強い。
さすがにすべてが綺麗さっぱりなくなってしまえば、アルの完全復活の拠り所はなくなる。『ユウ』としても、ユウやユイの想いを無に帰してしまうことになる。できることならば避けたい。
互いに妙なところで利害は一致していた。
それでもアルが復活するくらいならば、最後の手段として、『ユウ』は全力で世界を破壊しにかかるつもりである。
ユウもユイも、悲しむだろうが。恨むかもしれないが。
彼は必要ならやる覚悟を持っていた。かつて『世界の破壊者』を担っていた者の責務だ。
奴もそれはわかっているから、回復してきても自分との直接対決に踏み切れずにいる。だからナイトメアなどを使ってちまちまとしたことをやっている。
自分さえ隙を見せなければ、少なくとも膠着状態は続く。当面、最悪の事態は避けられる。アルの居場所が掴めない以上、『ユウ』は己を抑止力として考え始めていた。
とにかく、ようやく育ち始めた希望の芽が摘まれてしまうことだけは。それだけは何としても避けなければならない。
『ユウ』が改めて決意を固くしていると、隣のユイが彼に話しかけた。
「中々出口が見つからないね。J.C.さんと一緒にいたときは、運が良かったのかな」
「悪いな。たぶん俺のせいだ」
「そうなの?」
人のことは言えない。殺意や悪意を高めて黒の力に到達した彼も、アルトサイドとの親和性は極めて高い。彼の存在そのものが、悪夢の世界を強化する役目を果たしていた。ゆえに彼の周囲では、綻びである穴が生じることはないし、また彼がアニエスのように穴を開けることも「穏便には」不可能である。
もっとも同じ理屈で、アルの奴も「穏便には」アルトサイドから出られないのが幸いであるが。
ちなみに彼がヴィッターヴァイツに記憶を飛ばせたのは、ユウが奴の心に道を繋げたのを、既に精神体になった自分には偶然利用できたからに過ぎない。ユウの動向がわかるのも、同じ『ユウ』だからである。
その辺りは細かく説明することでもないので、『ユウ』は答えずに続けた。
「俺が離れればじきに見つかるだろう。だがここで捨て置くのもな」
「それは困っちゃうよ」
ちらりと目線を向ける『ユウ』に曖昧な笑みを返すユイ。理由なくそんなことはしないと彼女にはわかりきっていたので、やり取りも気安いものだった。
「ところで、どこへ向かって歩いているの?」
「お前にはそう見えるか」
「だって気持ちや足取りに迷いがないからね」
悪意以外でも心が読める――自分が持っていない力だなと改めてしみじみ思いながら、『ユウ』は頷いた。
「そろそろ着くはずだ」
やがて、ある地点で『ユウ』はぴたりと立ち止まった。
見た目は他の場所とまったく変わらない。闇ばかりであるが、どうやらそこが目的地だったらしい。
ところが着いたというのに、『ユウ』はじっと虚空を睨み、険しい顔をしている。ユイは気になり、ひょこっと上目遣いで彼の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 何があるの?」
「アルの奴め。そう簡単にはいかないか」
「またアルってやつが何かしたの?」
「ああ」
一見わからないが、この地点がトレインの潜む中枢へ繋がっている。『ユウ』はかすかな気配を頼りにこの場所を探し当てたのであるが、既にアルの手によって道が封印されていることがわかった。
しかも調べてわかったことだが、厄介なことに――ナイトメア=エルゼム――彼が相性の関係で現状唯一倒せないそいつが、封印の要となっている。
このような絡め手にかけては、奴の【神の手】の右に出るものはない。
先に探ってやることくらいはできるかとかすかな期待をしていたが、その期待は打ち砕かれた。
……やはり、ここでも「今回の」ユウに託すしかないか。
ヴィッターヴァイツを止めたあの力ならば、エルゼムを斬ることは可能だ。殺意を力と為し、ただ強引に殺すだけの黒の気剣などよりも深く、本源を断ち切るあの力ならば。
だが……奴に対して起こした奇跡を、エルゼムに対しても同じように発揮できるかは微妙なところだ。相手がユウにとって因縁深く、絶望の底にいる「人間」だったからこそ、そしてユウが奴を救いたいと心から願ったからこそ、本来以上の力が出せたのだから。
エルゼムは人外の怪物である。人の心のまったく通じない、単なる化け物だ。そんな相手では、ユウはヴィッターヴァイツを相手にするほどには想いの力を引き出せないだろう。
つまり、今のままのユウでは、まだアレを倒すことはできない。ユウが持つ想いの力だけでは、というのが正確か。
しかし可能性がないわけではない。『ユウ』自身も確信があるわけではないが、可能性へのヒントは与えておいた。今のところは順調に進んでいる。
もしすべてが上手くいき、彼の想定している方法でユウがエルゼムを倒すことができれば、中枢への道は開くだろう。
そこに何があるか。トレインがどうなっているのか。
どうすればこの『事態』は収束へ向かうのか。
『ユウ』には既にそこまで予想が付いているが……。
――まあ俺にできることは、精々お膳立てくらいだな。
自分を気にかけるユイの優しい顔を見つめて、『ユウ』は表情から険しさを緩めた。
既に舞台を降りたはずの身。主役は最後まで二人に任せるとしよう。
――たとえこいつらがどんな決断を下すことになるとしても。
『ユウ』はこの場所についてユイに軽く説明し、ここで待機すると伝えた。彼女を目印として使う旨を話すと微妙な顔を浮かべていたが、ユウとの再会の可能性を告げると納得した。
もう一つ、彼には確信できたことがあった。
ユイとユウの繋がりが切れている。このことにも間違いなくアルが関わっていると。
最も繋がりが深いはずの二人が互いを認識できず、そうでもない自分がユウを感じられるのはおかしいからだ。アルは他のことよりも優先して二人を引き合わせないようにしている。
どういうわけか、アルは彼女を異様に恐れている。下手をすれば自分よりも警戒している。繰り返しの中で初めて彼女が現れたからか――それとも自分がまだ知らないそれ以上のことがあるのか。
ともかく、エルゼムが要害の要であることは間違いない。どうにかして倒せたならば、そのときにはユイとユウは互いを認識できるようになるだろう。
二人を無事にくっつけなければならない。もし彼女が失われてしまうことがあれば、未来への可能性は閉ざされてしまう。アルの妨害の本気ぶりから、『ユウ』にはそんな気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます